愚者
体育館、敷き詰められたマットの上サマルとアッカズが向かい合っている。
アッカズがタックルを仕掛けた。サマルはそれをかわしざま、ジャブを入れる。体を入れながらフック、膝蹴りと連打を繋げる。
アッカズはにやりと笑った。
腹に突き刺さる膝を抱え込み、地面に倒れてサマルを抑える。サマルは返そうとあがくが、肉の巌は動じない。
横隔膜を締められ、サマルの顔が青ざめる。そんな状態でも諦めず、パウンドを繰り返す。
何度目かのパウンド。ついにアッカズの体が揺らいだ。隙間に足をねじ込んで体を離す。
電光石火の早業で関節を決める。アッカズが降参し、試合は終わった。
歓声に包まれる。男たちは雄たけびをあげ、女子どもは黄色い声援を、主にサマルに捧げる。
数人の女子生徒がタオルと水筒を持ってサマルにかけつけた。試合のあとに関わらず、サマルはさわやかに礼を言っている。
うらやましいことだ。
学年一位の秀才、眉目秀麗、文武両道。ついでに公爵家の長男で父は宰相。
欠けることなきは満月のごとく。
完璧な自信があればこそ、あのモテ力にもつながるのだろう。
あるいはモテるからこその自信か。
実際、男なんて単純な生き物だ。他が多少優れていても、女に袖にされたら自信なんてなくなる。自信のない男は態度もひがみ、さらにモテない負のスパイラル。
ちなみに俺は初戦でアッカズとあたってぼっこぼこにされた。
体育の授業が終わり、更衣室。
「お前ほんま格闘センスないな」
アッカズの第一声がそれだった。
「うっせー。知ってる」
「組んだ瞬間わかるもん。こいつ、力の使い方わかってないなって」
「そうだよ。運動神経ゴミカス底辺やのにむしろがんばってんの。えらいだろ」
「よっわ」
うっざーーーー。
殴りたい。だが殴ったら負けだ。道徳的な意味じゃなくて戦闘力的な意味で負け。
まあ、実際弱いしな。
天賦の才の体現者はウホウホ言いながら更衣室を出ていった。
午後の座学はぜんぜん頭に入らなかった。アッカズの煽り文句が頭から離れない。
どうやったら勝てるだろう。そればかり考えてしまう。
もちろん、力では勝てない。なら、別の手段によるしかない。
放課後、図書室へ向かう。
向かうのは召喚魔法のコーナー。「魔力生命体 目録」「召喚頻度別使い魔図鑑」他、数冊の本を選んだ。適当な机に座る。
使い魔、魔力生命体、どちらも同じ意味だ。悪魔や神と呼ぶ者もいる。
魔界に生息する、物質界の生物とは別種の存在。
人間や動物は、肉の体を持ち、脳と背骨で動く。
魔力生命体は、魔力の体を持ち、生体術式で動く。
近接戦闘の弱さを補える悪魔を探していると、肩を叩かれた。
「こんにちは」
ユウだった。「何してるの?」と本を覗き込んで来る。
「熱心だねえ」
「別に。なんか用かよ」
「暇なんだもん」
命を狙われているとは思えない余裕っぷり。大物だ。
「クロアは何してるの? 勉強?」
「まあ、そんなとこだ」
「アッカズから聞いたんだけど、みんなで戦ったんでしょ? どうだった?」
「負けたよ、ボロ負けだ」
言うと、ユウはあっけにとられた顔をする。
「こんなにがんばってるのに?」
それは何気ない一言だったのだろう。
そりゃそうだ。そう見えるに決まっている。
朝から走ったり練習したりして、放課後は図書館に通って。
さぞかし強いんだろう、実力があるんだろうと思って当然だ。
才能という定数がゼロに近ければ、努力を大きくしたところで、結果は変わらない。
沈黙をどうとったのか、ユウは「えーっと」と視線をさまよわせる。
両手の指を合わせ、喉までつかえた言葉を吐き出すか悩み、そして、そっと耳打ちしてきた。
「魔力、あげられるって言ったらどうする?」
子供がとっておきの秘密を打ち明けるような、無邪気に期待した声。
「は?」
「僕の家系、変わってるって言ったでしょ? 悪魔が食べると、強化される。それだけじゃなくて、人間にも、魔力をあげられる」
「……そうか。本当に、特殊だな」
「うん。まあ、いろいろ条件はあるっていうか、だれにでもってわけじゃないんだけど……クロアなら、いいかなって」
だからさ、と言葉を区切る。
「そしたら、こんなに頑張らなくていいと思う。魔力があれば、鍛えたり、勉強したりしなくても、強くなれるよ。そんなに頑張らなくても、さ」
ユウが言葉を発するたび、胸の奥に押し込んでいたものが刺激される。
頑張らなくていい、努力しなくていい。無駄だから。
知っているはずだ。そうとわかりながら、諦めず、無様にあがいてきたのだから。
願ってもない提案だ。喉から手が出るほど欲しかった強さを、人様が与えてくれるというのは。
本当に、くそったれだ。
「バカにしてんのか」
押しとどめられなかった。口から漏れ出してしまった。
「え、いや、そんな、つもりは」
「わかってる。わっかてるんだ。安心してくれ、お前が悪いなんてちっとも思ってない」
声が震えていた。感情が制御できていない。くそ、これじゃあ八つ当たりだ。
「お前は善意で言ってくれてるんだよな、わかってるよ」
そうだ。魔力に恵まれ、特別な存在として育ったこいつが、格下の俺を憐れんでくれているだけだ。
反発する俺が、バカなだけだ。
「けどまあ、……遠慮させてもらうわ」
本をまとめて席を立つ。
ユウは、追いかけてこなかった。




