森の美少年
フギン、ムニンとのリンクを再接続。偵察を再開。
さほどしないうちに人影を発見。
敵影、補足しました! 脳内アラートを鳴り響かせ、フギンを近くに飛ばす。
オーク……ではなく人だ。木にもたれて休んでいる。
ハイキングか? こんな山奥で?
フギンに様子を見るよう命じる。眠っているようだ。服はぼろぼろ、ところどころ出血している。
「けが人かよ」
「どうした?」
「人倒れてる」
「女の子?」
最初に聞くのがそれかよ。
「……そう、だな。女っぽい。よし、無視しよう」
「なんで!? 助けよ! 恩感じて付き合ってくれるかも!」
「セクハラで訴えられんのがオチだよ」
「トラウマでもあんの?」
「生涯未婚の覚悟だ」
「かわいそ。じゃあ僕ひとりでやるから、近くまで連れてって」
「まあ、それだけなら……」
馬の脚なら5分もかからない。フギムニを待機させ、肉眼に切り替える。馬上の景色が戻り、前方に女が見えた。
ぼろをまとった、中等部くらいの年頃の女。
迷子だろうか。なんでもいいか、俺は関わらんし。
馬をとめるやアッカズが飛び降り、女を抱き起した。
ぴたり、とアッカズが止まる。
「どうした?」
「……男だった!」
うへえ、と嫌な顔をしてけが人を下ろす。なんてやつだ。
「男抱いちまった」
「気にすんな。どいてろ、治療するから」
「性差別すごいな」
「お互いにな」
少年は荒く息をしている。
服はすり切れているが、上等な品。波打つ金髪は繊細でやわらかく、目鼻筋の通った美貌は少女と見まがうほど。線は細いが確かに男。
少年に手を振れ、分析魔法で軽く診断。臓器の損傷はない。たぶん。自信はないが。
回復魔法は特殊なジャンルだ。学園でも医療科のみで教えられる。近代魔法科の俺は授業を受けていない。
だが興味はあるので医療科の先輩に教えてもらった。まさかこんなところで役に立つとは。
「ていうか、女だったらどうやって直すつもりだったんだ?」
「人工呼吸とおっぱいマッサージ」
「じゃあセクハラで訴えられることはないな。死ぬから」
「なにい!? 僕の愛のこもったマッサージやぞ!」
「俺、お前の前でだけは倒れたくない」
回復魔法により少年の傷は癒え、苦悶の表情も和らいでいく。
水分を口に含ませると、むせながらも飲み込んだ。意識はあるっぽいな。
「おい、立てるか? 名前は?」
瞼が開いた。俺の顔を見て、ついでアッカズを見て、顔を恐怖に染める。
弱弱しく手足をばたつかせた。パニックになってるな。
「落ち着け、俺たちは敵じゃない。お前を助けようとしてる。名前は?」
「助、け……?」
「そうだ。俺はクロア。こいつはアッカズ。お前の名前は?」
「ユウ……ユウ・リンドバーグ」
「そうか、ユウ。今、痛いところはあるか? 息苦しかったり」
ユウは首を横にふる。
「そうか。どこから来た? この辺りに知り合いはいるか?」
ユウは悲し気に目を伏せた。再び首を横に振る。
「脱獄囚?」
「この変に刑務所なんてねえよ。家出した貴族か、まあ、とりあえず街までおくろう」
それでいいな、とユウを見た時だ。
フギンとムニンが、一斉に騒ぎ出した。
視線を上げる。アッカズも森の奥へ視線を向けた。
腕の中で、ユウの体がこわばる。不安げに俺の服を強く握る。
「逃げて」
ユウのつぶやき。
俺とアッカズの反応は早かった。
アッカズは馬に飛び乗る。俺はリュックをひっつかみ、ユウを抱っこしたまま後ろに乗った。馬が走り出す。
フギンとムニンの視界へ移る。敵は、巨大だった。
黒い亡霊。ボロいローブでもまとったかのようなシルエット。足はなく、空を飛んでいる。顔も人間のものではなく、中央に光点が一つあるだけ。
フギムニの目には魔力も見える。そいつの魔力は巨体からあふれ出し、周囲を黒く染めていた。強大な力に背筋が凍る。
「魔力生命体! レベル11以上。かっ飛ばせ!」
「おう!」
馬は加速。後ろに体が引っ張られる。
林道へ出ると、視界が開ける。敵もまた、森から飛び出した。
平坦な道になったことで馬はさらに速度を上げる。このまま学園まで逃げきれれば……。
腕の中で、ユウが体を動かした。カラスの視界につないでいるせいでわからないが、体を起こそうとしている。
「危ない、落ちるぞ」
「なんとかする!」
「なんとかって」
ユウの決意は固い。俺の体をよじ登り、後ろに身を乗り出した。
とんでもない魔力のふくらみ。
亡霊ではない。俺とアッカズの間、ユウだ。
フギンを振り返らせると、ユウの手のひらが太陽のごとく光っていた。
「ちょ、おま、考えろ!」
警告むなしく、ユウは魔力を解き放つ。
光の奔流が亡霊を、そしてフギンとムニンを飲み込む。俺の愛しいカラスたちは蒸発し、視界が肉体へと戻る。
地面は沸騰し、木々へと燃え移る。やば、これじゃ山火事。
だがそんなことを考えてる場合じゃない。亡霊は、無傷だった。
「なんで!?」
「100パー霊体系のやつだろ! 光魔法か神聖魔法は?」
「使え、ない……」
「だったらじっとしてろ!」
ありったけの魔力で水を作り、後ろにまいた。鎮火し、ついでに若干だがジオングの視界を邪魔する。
どっと疲れた。俺の魔力は、平均以下。今ので使い果たした。
「ああ、くそ!」
「どうしたの?」
「魔力切れだ」
「え、なんで?」
「なんでって、水出したからだよ! 誰でも彼でもお前みたいなバカ魔力じゃねえの!」
さっきのレーザーの出力から見るに、こいつの魔力はレベル13以上。ひょっとしたらもっと上からもしれない。
対する俺はレベル7。平均以下だ。まともにやって勝ち目はない。
リュックに手を突っ込んだ。魔石を掴んで口に放り込む。魔素の結晶、飲み心地はただの石。クソ高価。なけなしの魔石だが、命には代えられない。
「ちょ、クロア、やばい!」
「なん!?」
敵はすぐ後ろまで迫っていた。
「ぬおおおおおおお!」
アッカズが飛び降りる。
雄叫びとともに巨体を殴りつける。魔力をまとった拳は霊体を捉え、巨大な亡霊は動きをとめる。
しかし、
「うわー、丈夫な体」
アッカズは手を痺れさせていた。
亡霊がビンタする。アッカズの体は簡単に吹き飛ばされた。
狙いを俺たちに定め、一気に飛び掛かる。
胴体が裂け、巨大な口になる。俺とユウが乗った馬ごと飲み込む。
動きを止めた。一拍置き、全身を痙攣させてのたうち回る。
本物の俺はアッカズを拾うと、林へ突っ込んだ。斜面を下り、一直線に街を目指す。
「今のは!?」
「聖水食らわせてやった! リュックに常備しといて正解だったぜ!」
「じゃなくて、あれ、幻覚?」
「そうだよ。見てわからんか」
「すごい、あの精度を一瞬で……」
「魔力が乏しいもんでね」
幻覚と召喚魔法には共通した特徴がある。
魔力効率のよさ、術式の複雑さ、発動時間の遅さだ。魔力の多い人間なら元素魔法でぶっぱしたほうが早い。
だが俺は小賢しい真似に定評のあるクロアくんだ。持ち味を活かして戦うぜ。
亡霊を置き去りに馬を疾駆。森を駆け抜けた。




