繋
ズ・グーはレベル8の魔力生命体。物理耐性が高く、浮遊能力を持つ。
その代わりに知能は低い。個体差はほとんどないため、数を運用する上では扱いやすい。
視野は広いが視力は弱い。索敵は魔力探知による。
知ってさえいれば、対策は簡単だ。
魔力迷彩を施し、敵から姿を隠す。
フギンとムニンを飛ばした。迷彩のせいで視覚の同期と、リアルタイムの指示は不可能。
しかし、カラスの見た目だけあってこいつらは頭がいい。
ユウはすぐに見つかった。
膨大な魔力を隠すため、地脈に沿って移動していたらしい。怪我はしていない。
「ユウ!」
瞳には不安の色。夜の森なんてただでさえ恐ろしい。追手までいるのだから、その心境は推して余りある。
「クロア……どうして」
目が合った。黒曜石の瞳はどこまでも深く、意識が吸い込まれる。そこに先ほどまであった不安はなく、困惑と、驚きと、そしてわずかな期待があった。
「ああ、俺で悪かったな。弱いのが来て」
「そんなこと! そうじゃなくて……怒ったんじゃないの?」
「機嫌が悪かったのは認めるが、それで追い出すほど狭量じゃないし、急に消えて心配しないほど酷薄でもない」
「そ……か。そうだよね、クロア、優しいもんね」
それきり、言葉が途絶える。
冷えた空気が肌をなでた。
「俺は」
「お父さんもお母さんも」
言葉が衝突事故を起こし、二人とも遠慮する。ユウは手で先を促してくるが、俺は顎をしゃくって話せと示す。
ユウは「じゃあ」と切り出した。
「お父さんもお母さんも、妹も……みんな、食べられて、ひとりになって、さみしくて……追いつかれそうになったときも、みんなのところに行けるって思った。けど、クロアが助けてくれた。クロアは強くて優しくて、だれよりもがんばってるから、……クロアが、助けに来てくれて、本当にうれしい、よ」
否定の言葉が飛び出そうとする。
黒馬のいななきが、空気を変えた。
その意味は、すぐにわかった。ユウを抱えて飛び乗る。
「え、え?」
馬の腹を蹴る。
薄暗い森を、一筋の光がよぎった。
馬の脚が消し飛ぶ。俺たちは道端に放り出される。
受け身を取って立ち上がり、ユウを掴んで木の裏に隠れた。
二発目が背後の地面を焦がす。
カラスの視界が、敵を捉えた。ビームの後ろからこちらに突っ込んで来る。
一見すると細身のズ・グー。だがパワーもスピードも、各段に上。
腕の中で、ユウが震えていた。
「あ、うあ……あいつ、あいつは」
あいにく、なだめる時間はない。相手の特性をズ・グーの上位互換と仮定。召喚符を広げる。
呪文を唱える傍らで、ユウのつぶやいた。
「お母さん……」
一筋の涙が伝う。
ユウは言っていた。自分たちは特殊な家系で、代々魔力が高い。
人に魔力を渡すことができ、そして、悪魔に食われると、その悪魔が強化される。
ハイ・ズ・グーとでもいうべきそいつは、もうすぐそこまで来ている。
召喚が間に合わない!
カラスに捨て身の特攻を命じた。数秒、時間を稼ぐ。
「従属規定22章、配列指定、バラク・フサル・メサ!」
常よりも長い詠唱。
俺の手持ちで最強のカード、レベル10の使い魔の部分召喚。
悪魔の姿はない。しかし、その力は顕現する。
世界が、1メートル四方のキューブに分割され、シャッフルされ、空間の秩序が破綻する。
近かったものは遠くへ、遠かったものは近くへ。
まっすぐなものは曲がり、曲がっていたものはさらに歪に。
小動物はぴたりと停止し、木々と星々が目まぐるしく動く。
ハイ・ズ・グーの姿は遠く霞み、木々と暗闇のキューブで囲まれる。
手を繋いでいたユウは隣にいるまま。
「……どう、なってるの?」
「おいかっけっこ無双用の結界だ」
言って、崩れ落ちた。もう魔力がない。
ポケットに手を入れる。石はない。くそ、サマル相手に消耗しすぎた。
「ユウ、悪魔の使役権を渡す。逃げ道もわかるはずだ。さっさと逃げろ」
「え、そんな……クロアは?」
「さあ。まあ、なんとかするさ。こいつら、俺には興味ないみたいだしな。……悪かったな、一番情けないのが来て。俺じゃ勝てんわ」
「そんな、こと……僕にとっては、クロアが一番……」
励まされたってしょうがない。実際、サマルあたりなら、この程度の魔物に後れを取ることはないだろう。
俺は弱い。それが事実だ。
「ねえ、クロア……」
「んだよ、いい加減、魔物受け取ってくれないとキツいんだが?」
「魔力、使ってよ」
魔力の譲渡。ユウの一族だけが持つ力。
他人の力。まがいものの、借り物。
「この局面を脱するためだけ、一度だけ、お願いだから、使ってよ。僕は魔力なんてあってもどうしようもない。けど、クロアなら違うでしょ? クロアなら、あんなやつ倒せるでしょ?」
否定の言葉が喉まで出る。
だけど、ここでだだをこねるのは、あまりにガキすぎる。
「わあったよ」
術式は魔力で構成され、魔力を流すことで魔法が発動する。
氷で作った経路に水を流すイメージだ。経路は形の正しさと強度が必要。水流が強すぎると、壊れてしまう。
だから、ユウの魔力量、厳密にはmps(時間あたり単位魔力)について知る必要がある。
「えむ、ぴー……なにそれ?」
「マジか……」
えー、そんなことある?
ユウの魔力を受け入れた時点で、俺の魔力で召喚された使い魔との契約はキャンセルになる。その瞬間、敵は襲って来るだろう。
先手をうつためには、結界内ですべての準備を整える必要がある。
だというのに、肝心の術式強度がわからない。
「クロア、これ、まずい?」
不安な視線を向けられる。
頭を回す。考えろ。一瞬だけ時間を稼げればいい。
召喚、幻術は使えない。発動に時間がかかりすぎる。
敵の視力は悪い。勝機があるならそこか。
考えている間にもタイムリミットは迫る。使い魔を維持するための魔力が尽きる。
「ユウ、魔力の譲渡にかかる時間は?」
「それは一瞬、だと思う」
「あいまいだな」
「やったことないし……」
「大丈夫なんだろうな、それ」
「た、たぶん! クロアなら!!」
「信頼おっも……」
まあ、なんとかするさ。
こちとは小細工には定評のあるクロアさんだぞ。
結界が消失した。
正常な世界が戻る。
ハイ・ズ・グーは目前。
「頼む!」
「うん!」
手を握られた。
爆発した。
一瞬で右手の感覚がなくなった。怪我をしたわけじゃない。規格外の魔力で痺れただけ。
ユウの手から伝わる魔力は体中をめぐり、炸裂する。
痛い。体の内側からはじけ飛びそうだ。
視界が明滅する。それでも、制御しろ。じゃなきゃ死ぬだけだ。
ハイ・ズ・グーはすでに、魔法の準備を終えていた。
光線が闇を貫く。俺たちは影も残さず消滅する。
魔力の残滓を食らうため、ズ・グーたちがユウのいた場所に群がる。
無数の牙はしかし、虚空を噛んだ。
光線がやむと、そこには先ほどと変わらぬ光景。
木々は焼けず、草花は夜風に揺れるだけ。
蜃気楼。
風魔法で生み出した、空気の鏡。
こざかしい手で稼いだ、刹那の時間。
身の内に暴れる魔力を御し、極めて単純で、それゆえ強度の高い術式を構築。
魔力すべてを光に変えて、打ち出した。
夜が白く染まる。魔物たちが聖魔法の光に呑まれる。
―――――――――
二人、草むらでぶっ倒れた。
破壊の痕跡は色濃く残り、木々の焼ける匂いと、大量の残留魔力で吐き気がする。
それでも動く気力がない。
「……きれーだね」
「魔物の死骸か?」
「星」
「……ああ、そうだな」
今くらい、ひねくれはやめよう。
柔らかい草むらに身を沈め、はるかな空を仰いた。




