メイド達の春祭り
メイド達の花祭りの楽しみ方
「アンヌ、明日はお休みだから花祭りに行くわよ!」
その日、業務を終えたサラが、同じく業務を終えて部屋に戻ったアンヌに告げた。
「休み……?」
髪を解く間もなくサラに話しかけられたアンヌが首を傾げた。
同室の二人は就寝時間が少しずれるが、それなりに上手い距離感で生活をしていた。
いつもなら先に寝ているサラが起きているのでアンヌはそれを不思議に思っていた。
「そう、明日は町で花祭りなの。お祭りの時は当主様の計らいで殆どお休みなのよ!お嬢様も初めての花祭りだから、イアン様が二人きりでの外出をネリル様にお願いしていたらしいわ。アンヌも花祭りは初めてでしょ?一緒に回りましょう!」
人懐っこいサラは子爵家でも顔が広く、情報が自然と集まるようだった。
子爵家に来てもうすぐ一年、初めてのイベントにアンヌは素直に頷いたのだった。
「屋台が沢山でるから当主様が特別手当をくださるのよ、端から回りましょうね」
サラは浮ついた様子で翌日に着るワンピースの手入れを始めた。
アンヌもいつもの無表情ながら、鞄の奥に閉まっていたワンピースをいそいそと取り出したのだった。
ワンピースから微かに漂う清涼な香りは薄くなり、子爵家での時間が確かに経過していることを告げていた。
「……タッジーマッジーも売っているかしら」
「もちろん、素敵な出会いがあるといいわね」
アンヌの呟きに応えたサラは、無表情ながら楽しそうな雰囲気のアンヌの様子に笑みを浮かべた。
♦♦♦
賑やかな通りを肩を並べて歩く二人は、所狭しと並んでいる屋台を流し見ている。
時折サラは持参している木製のゴブレットでエールを楽しんでいた。
「やっと雪が溶けて春になって、新しい季節の始まりをここでは大切にしているのよ」
物珍しそうに視線を向けるアンヌにサラは説明していた。
「ここは冬の間雪が凄いでしょ?だから余計に春が待ち遠しくなるのよ」
穏やかな日差しの中でサラはアンヌに微笑んだ。
サラの緩く波打つ淡い金髪と、芽吹いたばかりの若葉のような瞳がサラをいつもより幼く見せているが、サラが手にしている木のゴブレットが似合わないな、とアンヌは密かに思っていた。
「冬の間に仕込んでいたエールが飲み頃になって、それぞれ個性があって飲み比べが楽しいのよね。当主様のお陰でお財布の心配はないし、じっくり楽しみましょう」
楽しそうに笑うサラにアンヌは手にしていた串焼きに視線を落とした。
サラがエールを買う店では牛や羊、鳥の串焼きが売っていた。
エールにも違いがあるように、串焼きもそれぞれの店で味付けが異なりアンヌはそれを楽しんでいた。
屋台が途切れた広場の隅で、サラは一枚の貼り紙の前で足を止めてアンヌにその日一番の笑顔を見せた。
「ねぇ、この先で飲み比べをやるんですって。優勝者には賞金がでるみたいよ!」
既に何杯も飲み干しているとは思えない様子で目を輝かせたサラに、苦笑いを見せるアンヌはサラの背を追うように会場へと足を向けたのだった。
会場が近付くにつれ、少し強いアルコールの香りが風にのって漂ってきた。
アンヌは自分より頭一つ低いサラを横目で見やり、その顔が満面の笑みを浮かべていることを改めて確認していた。
「あそこね!参加料金は、あら、無料参加でいいの?」
目を丸くして酒樽の準備をしている恰幅のいい酒場の主にサラが親し気に声をかけた。
「ああ!当主様が今年はたらふく飲んで騒げってんで今日の酒手は当主様持ちよ!」
リンドが初めて参加する花祭りを盛り上げようとしているカイルの心遣いなのだろう、とアンヌは思った。
酒場に集めてしまえば道端で酔い潰れる者も少なくなるだろう、と考えたのかもしれないが、サラは純粋にカイルの気前の良さに感動していた。
酒場の店主が樽を叩き、しゃがれた声を張り上げた。
「さあ!今日はこの樽を空にするまで帰れねえぞ!ルールは単純、最後まで立ってた奴が優勝だ!優勝者には銀貨十枚、ゴブレットはこっちで用意したやつだからズルはなしだ!皆、酒は持ったか?」
店主の後ろには小さな樽が多く積まれている。
アンヌはサラがその樽を見て舌なめずりをした瞬間を見逃さなかった。
「……足りないかも」
アンヌの呟きが誰に聞かれることもなく、ゴブレットを手にした人々の乾杯の声にかき消されていた。
「おじさん、もう一杯!」
一杯飲むとゴブレットの下から線を引かれ、その線の数で杯数が分かるようになっていた。
サラのゴブレットは既に飲み口の近くまで線が引かれており、重ねた杯数の多さを物語っていた。
「嬢ちゃんよく飲むな……そろそろ線を引く場所がねぇや」
「このゴブレット小さいのよね、ねえ、もっと大きいのないの?」
酒屋の店主が頭を抱える横でサラは顔色一つ変えずにゴブレットの中身を飲み干していた。
その時点でサラより飲んでいる者はおらず、酔い潰れた人々が床に伸びていた。
「もう嬢ちゃんの優勝だなぁ。後ろの樽そのまま飲むか?」
「いいの?!アンヌ、好きに食べてて、奢っちゃうわ!」
呆れたような店主が冗談交じりで言うがサラの視線は開始当初より少なくなった樽から動かない。
店主は『しまったな』と内心思っていたがもう遅かった。
「アンヌ!ちょっとこの樽持ち上げられる?」
「おいおいおい、無茶言うなよ!どんだけ重てえと思ってんだ!」
周りが止める中アンヌは『やれやれ』といった様子で樽を軽々と持ち上げた。
「どこに注ぐの?」
「あ、あのピッチャー借りていいかしら?」
「……おおもう好きに飲んでくれや。あの大きさなら一杯でゴブレット五杯分だがな……」
ピッチャーを三台いそいそと並べたサラと、その中にエールを注いでいくアンヌに周囲の者は目を擦っていた。
「あ、私はお酒を飲めないのでミントを煎じたものをお願いします。後串焼き追加で五十本」
「……五十本?食えるか?」
店主は思わず聞き返した。
飲み比べが始まってから二時間、アンヌは黙々と串焼きを食べていた。
既に五十本は食べている形跡があるがアンヌは涼しい顔で追加の注文をした。
サラの酒量に驚いていたはずの酔い客たちが、今度はアンヌの方へ一斉に視線を向ける。
「ええ。サラが奢ってくれると言ってくれたのですが、ちょっと遠慮して五十本で大丈夫です」
アンヌは淡々と答え、空になったピッチャーにお代わりを注いでいった。
その動作があまりにも軽々としていて、周囲の男たちは思わず口を開けたまま固まった。
「あの嬢ちゃんよく食うな……」
「いや、食ってる量もおかしいけどよ……樽持ち上げたのが一番おかしいだろ……。あの樽よぉ、俺転がして運ぶもんだと思ってたんだよ……」
「俺はさ、当主様の弟君達が担いでんの見たことあるんだがよ、あの嬢ちゃんの細腕で持ち上げられるんだな……」
運ばれてきた串焼きを黙々と口に運びながら、アンヌは合間にピッチャーにエールを注いでいく。
「アンヌ、その串焼きに別でスパイスかけたらもっと美味しいんじゃない?」
「……!サラ、追加していいですか」
「もちろん、おじさん、串焼きのお代は賞金から差っ引いてね!」
その日、酒場からは酒と肉がなくなった。
酒場には空の樽と大量の串が残され、店主は疲労困憊で店の床に寝転んでいた。
翌日、サラは元気に厨房を駆け回り、アンヌはリンドから花祭りの感想を聞いていた。
「そう言えばね、広場が凄く盛り上がっていたのだけどイアン様が行かせてくれなかったの。お酒を提供する場所だから甘いお菓子は売っていないのですって」
「そうですね、お肉だけでお腹一杯にしたいならいいかもしれませんが、花祭りで売られるハニーケーキの方がリンド様のお口には合うと思います」
「ハニーケーキも食べたかったのだけど、焼きりんごを先に食べたらお腹一杯になっちゃって。来年食べられたらいいなって思っているの」
リンドは焼きりんごの味を思い出しうっとりと頬に手を当てていた。
甘い香りのハニーケーキを食べる余裕がなくて残念だったが、とても楽しい時間だったとアンヌに嬉しそうに語っている。
「リンド様、本日のおやつはハニーケーキです。昨日サラと選んできたので是非お召し上がりください」
「まぁ!ありがとう、アンヌ!サラにもお礼を言いに行くわ!」
小走りで厨房に向かうリンドの背を、アンヌは優しく見つめていた。
終
おまけ
「おいコンラッド。昨日、酒場が壊滅したらしいぞ」
「兄さんも聞いたんだ。……酒場から酒と肉が消えたらしいね。しかも樽持ち上げた女の子がいるって」
「アンヌか」
「樽って持ち上げられるんだね」
樽の重さは小さいので55kg、バレルで180kgっぽいので、子爵家ツインズはいけますよね。
アンヌが持ち上げたのはどちらでしょうか笑




