願い事を約束に
約束を考えたとき―。
「願い事を書き出して」の続きのような話
薄い水色のカードに文字を綴る。
あの床下に置いてきた願い事を、リンドは全て覚えていた。
あの時は、手触りのよくないカードに書いた。今は、するりと馴染むカードに書いている。
インクを走らせ、願いを積み上げる。
ライティングデスクの片隅に置かれたカード。
力強く歪な文字で書かれた自分の名前を見つめリンドは口元を緩めた。
アンヌに文字を教えた頃に、頼んで書いて貰ったカードは宝物だった。
お世辞にも達筆とは言えないが、アンヌの性格を表現しているような力強い文字だった。
『温室でお茶をする』
『ガゼボでお茶をする』
『タルトタタンを食べに行く』
『庭を一緒に歩く』
『星座の話をする』
『お兄様と呼ぶ』
『お父様と呼ぶ』
『お母様と呼ぶ』
デスクの上に置いた、侯爵家の床下に置いてきた瓶より小さなガラス瓶に折ったカードを重ねていく。
ペンを置いて立ち上がると、窓際に置いた瓶の蓋をずらして中を覗き込んだ。
デスクの上の瓶より大きな瓶は、半分ほどが既に満たされていた。
瓶の中から、一枚取り出す。
『パンケーキを三枚重ねて作って貰う』
初めて、朝食のリクエストをした昨日を思い出す。
「あの、パンケーキなんですけど……できれば、小さいのを三枚重ねて、それぞれ違うジャムで食べたいです。……重ねるのが難しかったりジャムの用意がもうしてあれば、大丈夫です」
朝食のパンケーキをどう食べるかを確認された時、いつもは大きさの指定はしない。
枚数だけを伝え、ジャムも一種類を選ぶのみだった。
その日は、思い切って枚数と大きさ、ジャムの希望を口にした。
カイルの時が止まり、リンドは願いを取り下げるように最後を小さな声で付け足した。
「料理長の腕を信じろ!すぐに頼んで……アンヌは足が速いな、もういない」
「ブラックベリーとグーズベリー、プラムもいいわね、ハチミツにあうから一緒に持って来られるかしら?ああ、もちろんリンドの好きなブルーベリーもちゃんと用意して」
図々しいかと耳を赤くして俯くリンドだったが、カイルが大きな声で給仕に指示を出している最中にアンヌが走り、ネリルがジャムの用意を指示している姿に目を丸くしていた。
「食欲があるのはいいことだわ。リクエストの内容では難しい時もあるかもしれないけれど、毎日パンケーキを食べているんだもの。きっとまだ焼く前よ」
ネリルが笑いティーカップを傾ける。
「リンド様、ご希望通り三段重ねでお持ちしました」
「ありがとう、早かったのね」
アンヌが持つトレーからリンドの目の前に置かれた皿には、可愛らしいサイズのパンケーキが段になっていた。
周りには小さな器に少しずつジャムが用意されており、三枚のパンケーキでちょうど食べきれそうな量だった。
「……美味しそう、ありがとう、と皆にも伝えておいてね」
頭を下げるアンヌはリンドの後ろに戻った。
朝食を終え、小さな瓶から大きな瓶にカードを移した。
それが、昨日の出来事だった。
更に一枚、カードを取り出す。
『イアン様と庭園でお茶を飲む』
イアンは仕事の合間にリンドを訪ねていた。
ガゼボでお茶を飲む日も、並んで庭園を歩く日もあった。
毎回、イアンは帰る前にリンドにカードを渡していた。
『教会にラベンダーが咲きました。急ですが明日ご一緒しませんか』
『明後日はマドレーヌを食べに行きましょう』
『来週はマリーゴールドが咲く公園に行きましょう』
最初はすぐに叶う事。少し日が経ち、また少し日が経ってからの誘いはリンドに少しの戸惑いと喜びを与えていた。
「……約束、よね」
希望を書こうとアンヌが言ってくれた。
今、イアンは小さな誘いを何度も叶えてくれている。
イアンは決して約束とは言わない。
それでも、その誘いを反故にされたことはない。
リンドが約束が苦手なことを、イアンはどう知ったのか。
アンヌに聞いてみたがアンヌは首を傾げていた。
『イアン様がお見えの際は私はリンド様の後ろにおりますので、個人的な会話はございません。瓶の事は私は誰にも話したことはございませんし、不思議な事です』
「不思議だわ……」
カードを戻し、蓋も元に戻して新しいカードを用意した。
椅子に座りペンを走らせる。
『イアン様と約束をする』
それが来月でも、来年でも、きっと叶えられるだろう。
リンドはそっとカードをガラス瓶に重ねた。
終
ご覧いただきありがとうございました。
約束って軽いけど重いですよね。




