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着物屋の小さなお客

作者: 佐倉曇哉

 ある日、とても可愛らしい10歳くらいの少女が一人で私の店にやってきた。春の今によく似合う白い帽子を被り、薄ピンクのワンピースを着た女の子だった。

 着物を扱う小さな店に幼い子が一人で来るなんて珍しく、キョロキョロと何かを探しているようだったから、思わず声をかけた。

 

「お探しの物がございましたら、お手伝いいたしますのでお声がけください」

 

 すると彼女はビクッとして、私の方を振り向いた。

 

「えっと、あの……」

 

 顔に玉のような汗を浮かべ、しどろもどろになりながらも彼女は袴を見たい、と言った。

 

「袴ですね。こちらにございます」

 

 置いてある場所へ案内すると、彼女はパッと明るい笑顔で見回し始めた。卒業シーズンが過ぎ、買う人やレンタルする人が減ったため店の奥に寄せていた。だが、店頭から下げなくて良かったと、彼女の笑顔を見て内心思う。

 

「あの、こちらってレンタルとか出来ますか」

 

 しばらくすると、一枚の袴セットを持って彼女が話しかけてきた。私が密かに推していたセットだった。

 

「レンタル可能でございます」

 

 そう伝えると、彼女は肩掛けバッグから小さな財布を取り出し、お金を数え始めた。

 

「お値段って、いくらですか」

 

 恐る恐るといった口調で尋ねた。

 

「袴の種類によりますが、大まかな値段はこちらでございます」

 

 と、言いながら値段表を渡すと彼女はそれを穴があくほど見つめ、しょんぼりした表情で小さく呟いた。

 

「お金が足りない……」

 

 ありがとうございました、と言って値段表を私に返すと、彼女は袴セットを元の場所へ戻し、トボトボと店の入り口へと向かった。

 

「お、お客様!」

 

 その背中があまりにも放っておけず。一人の客に踏み込みすぎるのは良くないと分かっていたが、それより先に声をかけてしまった。

 

「その、お客様はどうして袴を見に来たのですか?」

「え?」

 

 明らかに一線を越えた質問に彼女は戸惑い、目を泳がせる。慌てて頭を下げて謝罪すると、彼女は笑って許してくれた。

 

「恥ずかしい話なのですが……」

 

 彼女の話はこうだった。

 以前買い物をしにこの辺りへ来た際、歩いていると鮮やかで華やかな和服をたくさん見かけた。名前が分からず、その衣服を着ていた女性たちに話を聞いたところ、それが袴だと分かった。

 当時は大学の卒業式シーズンで、近くに大きな大学があったから着ている人が多いと後から知った。

 

「それを見て良いなー、あたしも着てみたいな、と思って。でも買えるお金はなくて。自分で再現してみようとも頑張ったけど上手くいかなくて。だから直接見に来ました」

「そしたら実物はとっても綺麗で! これは買うか、もしくはレンタルして着るしかない、って思ったんです」

 

 結局お金が足りなくてダメでしたけど、と彼女は呟いた。

 

「(なるほどね……ん? 再現しようとした?)」

 

 彼女の言葉に引っかかって、彼女の顔をよくよく見ると、帽子から覗く耳の形が独特だった。

 それは狐の耳だった。ふさふさで黄金色の、小さな耳。同時に私は気付いてしまった。

 

「(彼女はきっと、計り知れないほどの勇気を振り絞ってここまで来たんだ)」

 

 化け狐の噂は聞いている。決して相手にするなとも、町から言われている。お金が本物か区別がつかない以上、本来なら退店を促すべきなのだろう。

 

「確かにお金をいただけないなら売れませんしレンタルも不可能です。しかし、」 

 

 それでも私は、一人の少女が袴に興味を持ってくれた事が嬉しかったのだ。

 

「試着でしたら、可能ですがいかがでしょうか?」

 

 彼女は満面の笑みを浮かべ、大きく頷いた。

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