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【第一話『ミジュクジャク』】

主人公:名前はリゲル。太陽双子座、月魚座。孔雀のような雰囲気を持つ少年。

    この世界の外側の異形と関わり合う職業のアバター使いを進路に志望。

    戦術家だが感情に流されやすい。

少女:他校の生徒。太陽山羊座、月天秤座。

    リゲルを圧倒して負かしてしまった。

【第一話『ミジュクジャク』】

◆孔雀は空を舞わない。狙って、落ちる。


 もう何もかもが手遅れになった、真っ暗な世界で、赤黒いものが、塔を這い上がってくる。

 気泡のように震える粘性体。塔の外壁に染みついたそれが、重力も摩擦も無視して蠢いていた。


 リゲルは、塔の中腹に浮かぶ孔雀の雰囲気を纏った人型の騎体――その操縦席からそれを見上げていた。

 両肩には展開型のビットユニット。背部には、美しい羽のようなエネルギー片が、ゆらりと舞う。


(……またか。あのスライム。どうして毎回こっちを狙うんだ)


 塔の上層――展望区画のガラスが、内側から破壊される。

 何かが、飛び出してきた。


 獣じみた咆哮とともに、赤黒い流体が空を裂いた。

 その瞬間、リゲルの体が“強制的に”動いた。


 左腕が上がる。照準が走る。

 そして――


「……制御、不能?」


 ビットが動かない。剣が伸びない。

 何度目かの、敗北の感触。


 巨大な粘液が塔を抱きこむようにして覆い、リゲルの視界が、赤と黒の奔流で塗りつぶされていく。

 振動が始まる。塔が、騎体が、世界そのものが軋み始める。


 ――何度、繰り返しても。

 ――ここまでは、同じなんだ。



「中規模地震まで、あと10秒。各ユニットは最終確認を」


 機械音声が、鼓膜を直接叩くように響く。

 視界が、ゆっくりと白く――


 ――そして、リゲルは目を覚ました。


 照明は常夜灯。ベッドの上。

 揺れているのは、自分の胸か、それとも床か。


「……また、か」


 額に手をやる。熱はない。汗もかいていない。

 ただ、呼吸だけがやけに浅い。


 そして、何より気持ちが悪いのは――

(夢だって、わかってるのに)

(あれが“終わってない”って、思ってる自分がいる)


「調整振動まで、あと1分」


 もう一度、アナウンスが響く。

 音声はなめらかで、人間味がなく、何もかもが“予定通り”に進んでいるようだった。


 ベッドのわきに置かれた通信端末が、点滅している。

 いつも通り、ぴーちゃんの未読メッセージが溜まっているのだろう。

 見ようとして、やめた。

 この夢の直後は、いつもそうだ。


 リゲルはシャツの襟元をつかみ、息を吐いた。

 起きようとして――その瞬間だった。


 ドゥン――という、腹の底に響くような振動。

 天井の照明が、一瞬だけ揺れる。


 だが、誰も騒がない。

 目覚ましも鳴らない。外も静か。

 つまり、“これ”が日常だということだ。


「調整完了。安定まで、あと九十秒」


 そう言われても、何が“安定”なのかは分からない。

 ただ、試合が近いのは確かだった。

 ぴーちゃんに何を言われるか、想像すると気が重くなる。


「……早く、行かないと」




◆静かな控室


 目を覚ましてから、どれだけの時間が経ったのか。リゲルはすでに試合ユニットへ移動していた。


 振動はとっくに収まり、地上全体が何事もなかったような顔をしている。だが、心のどこかには、夢の残滓がまだ滓のように沈んでいた。


 今、リゲルがいるのは、対抗戦用の中央控室。


 壁面には前試合のリプレイが流れている。モニターの中、知らないチームの一人が光弾を回避し、強化盾を展開して仲間を庇った。


 観客席のざわめきは聞こえない。音声は常にミュート。

 無音のまま、人が倒れ、勝敗が決まる。


 リゲルはそれを横目に見ながら、膝に肘をのせて椅子にもたれていた。


 戦場に出る前に集中する者。

 目を閉じて気配を殺す者。

 壁にもたれて眠る者。


 この控室にはさまざまな「試合前」があった。

 だが、自分の「静けさ」だけが、何か別物のように思える。


「……ねえ、リゲル。これ、俺たち最初の本戦ってことで合ってるよね?」


 すぐ隣で、ハクが軽い声をかけてきた。

 彼の声は緊張というより、むしろ高揚に満ちていた。


 リゲルはわずかに頷いたが、顔は上げなかった。


「いやさ、別に緊張してるとかじゃないんだけど。やっぱ空気、違うよね。控室にこんなに人がいるの、初めてだし」


 たしかにそうだ、とリゲルは思う。


 これまでの模擬戦は、あくまで校内のものでしかなかった。

 観客も少ない。控室も簡素で、時間も自由だった。


 だが今は違う。ここには他校のチームも集っていて、空気がどこか“本物”だった。


「それにしても……敵、強いのかなあ」


 ハクがモニターを指さす。映っていたのは、次の対戦カード。

 対戦相手の名前は表示されているが、装備構成も戦術傾向も、こちらには共有されていない。


 ただ、エントリーナンバーの末尾に、小さく【別校】とある。


「……たしか、他校代表の選抜テストで勝ち残ったチームだって」


「うげ。つまり、ガチ中のガチじゃん。なのに、こっちの登録って仮エントリのままだったよね?」


 リゲルは頷く。

 そのことも、重くのしかかっていた。


「……あれってさ、俺たちにとってチャンスなのかな。脅威なのかな」


 ハクの問いに、リゲルはすぐ答えなかった。

 控室のドアが、静かに開いたのが見えたからだ。


 ――モニター越しに彼女は、そこにいた。


 制服の上に戦闘用の軽装を羽織り、身なりはきちんと整っていた。

 ただ、その表情だけが、妙に無表情だった。


 長い前髪の奥からこちらを見る瞳に、敵意はない。だが、仲間意識もなかった。


 彼女は一礼し、近くの席に静かに腰を下ろした。

 敬語で、誰にも挨拶をしなかった。

 名前も名乗らなかった。


 その無言の圧が、リゲルの心に、じわじわと染み込んでいく。


 試合前ブースの扉が開いた。

 待機ラインの向こう、対戦相手が現れる。


 年下の、女の子。

 センター分けの髪と、特徴的なデザインの制服。

 きっちりと着こなしながらも、腕章が片方だけ捲れている。


 その制服には、見慣れない校章がついていた。

 彼女が他校の生徒であることを示す、ただそれだけの違い。


 けれど、最初から雰囲気が違った。


 彼女は、モニターの前で静かに立ち止まり、律儀に頭を下げた。


「よろしくお願いします」


 小さな声。けれど、凛としていた。


 リゲルはどこかで、油断した。

 年下、それも女の子。

 自分はここまで訓練を重ねてきたし、模擬戦の経験もある。

 戦術構築や初動の最適化は得意なはずだった。


 だが――


 アバターが展開された瞬間、空気が変わった。


 ダビーの身体を、猛禽のような金属翼と、しなやかな筋肉を持った獣の肢体が覆う。

 脚部には高出力のスラスター、腕部には伸縮機構付きのランスユニットが格納されている。


 どこか無機質で、そして圧倒的に洗練されていた。


(本人の印象と、ぜんぜん違う……)


 リゲルは喉を鳴らし、ゆっくりと剣を構える。


 孔雀の模様のように展開したビットが、静かに光を放ち、円を描くように周囲を漂う。


 フィールドは、立体的な構造物の少ない半密閉空間。

 障害物は少なく、純粋な機動と戦術構築で決まるシンプルな設計。

 最初に攻め手を握った方が有利になる。


(スピード勝負になるな……)


 軽く肩をまわす。戦闘用スーツの駆動音が、わずかに耳元で響いた。


「……年下相手に、慎重すぎるくらいでいいか」


 呟いたリゲルの視線が、対面にいる少女と交錯する。


 ダビーは、こちらを見ていた。感情の読めない、ガラスのような視線で。



◆戦闘開始


 リゲルはアバター展開用の待機ブースで、制服の袖を整えながら思った。


「初めての、他校試合か……緊張するな」


 これは、他校との合同模擬戦――いわば“実践”に近い仮想戦闘演習だ。

 自分の強みを“外”に証明できる初の舞台に、唇を噛む。


 控室のモニターに、自分の名前を見つけたときは、少しだけ心臓が跳ねた。

 けれど今は落ち着いている。いや、落ち着いて“いられるようにしている”、が正しい。


 アバター展開。制服をベースにした戦闘用スーツが身体を包み、

 手には孔雀の尾のようにしなる剣が一振り。


 肩から放たれた光の粒――孔雀模様のビットが、ゆるやかに周囲を巡回する。


「さすがに年下相手に負けるのはないよね」


 軽く笑い、喉を鳴らす。

 リゲルは双子属性の知恵とスピードを信じていた。

 甘さが出る前に、仕留めればいい。それだけの話だった。


 相手――ダビーは、静かにフィールド中央に現れた。

 センター分けの髪、眼鏡、アンバランスな制服。

 「よろしくお願いします」と丁寧にお辞儀をするその姿は、ただの生徒に見えた。


 だが――


 アバターが展開された瞬間、空気が変わった。


 獣のような筋肉、鳥のような羽根。しなやかで美しいフォルム。

 足にはスラスター、腕にはランスの基部が収納されている。


「本人に似合わず近接か……」


 軽口を叩きながら、リゲルは警戒を深める。

 ビットを起動。孔雀の目のような小型光源が空間に展開される。


 右肩後方から放たれた光が、扇状に広がり、正面に複数の威圧的な“目”を向ける。


「多分、大丈夫」


 リゲルが滑るように動き出す。

 地を蹴り、回り込み、ビットの射線を重ねて制圧する。

 だが――ダビーは、ほとんど動かない。ただ、構えている。


 違和感。


 先手を取った瞬間、ダビーが“消えた”。

 いや、見失ったのだ。


 次の瞬間――真上からの急襲。

 空気を裂く音。背後から走る衝撃。左肩が裂かれる。


「は……? 速っ……」


 ビットを再構成。剣で牽制し、距離を取る。

 だがダビーの動きは立体的。縦に空間を裂き、死角をすり抜ける。


「この……!」


 リゲルが焦るなか、彼女は静かに口を開いた。


「自分の得意分野で年下の女の子に負けて、恥ずかしくないんですか?」


 まるで、決着が見えているような声だった。


 ――その一言が、リゲルの内部を破った。


 苛立ち。悔しさ。羞恥。そして、自己否定。


 相手が何者かも知らずに、軽く見ていた。

 自分は、もっとできるはずだった。


 ビットを再展開し、フルスペックで戦術を再構成。

 斜線の調整、間合いの再計算――完璧なはず。


「負けるか……こんなところで……!」


 剣がしなり、刃が火花を散らす。


 だが――ダビーはすでに動いていた。

 正面から突っ込んでくる。


「読み通り。来い……!」


 だが動きがズレた。ランスの角度が、低い?

 一瞬、考えが止まる。


「違う、これは――」


 リゲルが回避に移ろうとしたその瞬間。

 囮にしたビットに目を逸らした――その一瞬。


 視界が閃光に染まる。


 仮面――アバターの顔部分が、砕けた。


 リゲルの中で、何かが崩れた。


 生身に戻る直前、彼は呟いた。


「……最悪だ」


◆敗北


 控室。アバター化装置に腰掛けたリゲルは、仰向けになって天井を見ていた。


 真っ白で、何もない天井。ただそれだけの空間が、やけに重かった。


 周囲の声が耳に届く。


「ダメージの通りから見て……相手、山羊座だったろ」

「そりゃ双子じゃ勝てないって、運が悪かったね」


 理屈では、たしかにそうだ。

 でも――リゲルの感情は、それだけでは済まなかった。


 アバター戦。それは、自分が将来を賭けていた分野。

 だからこそ、「最悪」の意味は重い。


 誰にも見られたくなかった。

 ただ、黙って天井を見つめた。


 彼女は、リゲルが信じてきた“戦術・分析・読み”のすべてで勝った。

 年下の、無機質な物言いをする少女が。


 自分が、このままずっと負け続けるのではないか?

 本当に、自分が信じてきたものは通用するのか?


 そんな不安が、喉元に絡みつく。


 制服の襟が少しきつく感じた。

 指先がじんじんしている。何かを掴もうとして、何も掴めなかった感触。


 ――学校、行きたくないな。


 そんなことを思ったのは、いつ以来だっただろう。


 リゲルは、何も言わなかった。

 天井を見つめたまま、静かにひとつ、息を吐いた。


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