第六話 吸血鬼の痛み、運命
ふと目を覚ました。
側には彼の姿はなくただ闇が広がっていた。
もう既に人間の体ではなくなっているはずだが、そうは感じずいつも通りな気がした。
しかし、一つだけ明らかに変わっている事がある。
「……」
そう、俺の左腕が生えてきていた。
もう会うことはないと思っていた左腕との再会を喜ばしく思うとともにどう生えてきたのか恐怖も覚えた。
「さてと、」
進むとしよう。
この洞窟の出口まで。
彼がこの洞窟にいたという事は俺が落ちてきたところ以外にも穴があるかもしれない。
まずはそこを目指すのが良いだろう。
俺はゆっくりと立ち上がり歩みを進めた。
しばらくした後、先刻対峙したカエルを見つけた。
先程完膚なきまでにやられたからか恐怖心があった。
しかし、前は苦戦を強いられたが、恐らくこの体ならいけるかもしれない。
そう思うと不思議と自信が湧いてくる。
俺は奴へ向かって飛び出す。
「うぇっ!?」
しかし俺はあのカエルの真横を通り過ぎ、壁に激突する。
壁に激突した鋭い痛みがやってきたが刹那、その痛みは消えていた。
吸血鬼の回復能力に対し驚きを覚えた。
「くそっ! 力、強くなりすぎだろ」
吸血鬼になったことによって人間であった頃からは計り知れないほどの力が出るようになっていた。
ふとカエルを見ると口を大きく開けていた。
するとカエルの口の中からピンクの下が伸びてくる。
しかし、その動きは先刻と比べはるかに遅い。
俺は容易に見切り右手に持つ剣で切り落とした。
自分の舌が切られたかことに驚いたような素振りを見せながら奴はこちらに飛び込んできた。
飛び込んでくるカエルに対し左足を一歩踏み出し、一刀両断にした。
「ふぅ、」
これが吸血鬼の力か、
つい先程と比べ圧倒的に強くなっている。
今ならなんでもできるような気がする。
そして俺はこの洞窟の中を進んだ。
途中、巨大な蛇のような魔物や人型の牛のような魔物がいたが、なんら苦戦はしなかった。
先程の自分とは違い、それら全てを一太刀で一刀両断できたからだ。
歩を進めていると、何かが唸るような声が聞こえる。
前方には岩の壁があり、そこは分かれ道になっていた。
唸るような声は右から聞こえてくる。
勇人は何も考えずに、いやなんら恐怖などせずに右を向く。
その先には見覚えのある存在がいた。
そいつは勇人を絶命寸前まで追い込み、勇人のことを食べようとさえしていた。
そう、あの巨大な狼のような魔物がいた。
今、狼と勇人は目を合わせ向き合っている。
そして、勇人と狼はほとんど同時に飛び出す。
他の魔物と同じように狼も切り伏せようと、剣を振るったがその剣は空を切った。
代わりに勇人の右の脇腹あたりが抉られる。
「ぐぁぁぁぁぁ!」
見れば狼の手、爪には血が付着している。
勇人の脇腹からは大量の血が流れ落ち、腸もずるりと落ちている。
しかしその傷は瞬きの間に治癒していた。
が、治っているはずの脇腹から相変わらず痛みが続く。
心臓の鼓動は激しくなり、失血で目眩が起きた。
脳がうまく機能せず何が起きたのかわからなかったが、傷が治っているのに痛みが続くことに苦悶の表情を浮かべる。
背後で地面を蹴る音が聞こえ急いで振り返る。
狼の口が目と鼻の先まで迫ってきていた。
その口は大きく開いていて涎の滴る口内が見えるほどだった。
一口で勇人の身体の上半身を噛み切る。
僅かな牙の間から自分の下半身が見えた刹那、闇に包まれた。
その後、狼は咀嚼を始める。
生々しい音とともに勇人の身体が噛み砕かれる。
「ぅぎゃぁぁぁぁぁああああ!!!」
まるで赤子のような叫び声をあげる。
勇人の身体は噛まれ、再生噛まれ、再生を繰り返す。
幾度となく勇人の身体はボロボロとなり、再生される。
何度も何度も何度も何度も。
勇人は己の身体が咀嚼される音を聞きながら絶叫する。
それは果てしなく続く痛みに対してでもあり、己の身体が咀嚼されることによる気持ち悪さでもあった。
最後には勇人の頭が噛み砕かれる。
勇人の意識はなくなり、永遠の闇が訪れる筈だった。
直後勇人の意識は覚醒した。
今勇人はあの狼の目の前にいる。
下半身から再生したのだと勇人は瞬時に理解した。
狼の口から大量の血が流れ出ている。
勇人は狼の口内へダメージを与えていない、つまりあの血は全て勇人のものだと思うと背筋に悪寒が走った。
そして、勇人の脳裏に先程の光景がよぎる。
勇人は嗚咽し胃から何かが込み上げてくるのを感じた。
勇人は込み上げてきたものを押さえ込み、叫ぶ。
「クソッ! クソッ! クソがぁぁぁぁぁぁぁ!! このまま、このままで、いられると思うなよ! このクソ狼が!」
あの狼に一矢報いようと駆け出す。
地面が抉れるほど強く、強く蹴った。
あまりの速度に景色が歪み、狼の喉に一太刀を入れた……筈だった。
勇人の剣が狼の喉に達しようとした刹那、狼が信じられない速度で後退した。
そして狼は勇人が作った一瞬の隙を逃さなかった。
瞬きの間に狼は距離を詰める。
間一髪で勇人は身を捻って躱したが躱しきれず狼の爪によって左腕が切り落とされてしまう。
しかし、左腕は骨格、筋肉、血管、皮膚の順番で再生される。
だがその速度は先程よりもはるかに遅く見えた。
「ってことは、時間制限付きってわけか……、困ったなこれは」
そう言って勇人は立ち上がる。
勇人の目は焦点があっていない。
目眩が起き、微かに冷や汗をかいているのを感じた。
明らかに失血の症状である。
不死身だと思っていた吸血鬼の身体、その身に死が迫ってきていることをはっきりと理解した。
そのことに焦りを感じた勇人は思考する。
この状況を打開する方法を。
そして勇人は一つの可能性を見出した。
しかし、それは博打のような行為であるが、今この状況ではとやかく言っている暇はない、そう思った。
勇人は思い切り地面を蹴る。
「風よ蹴散らせ【風の衝撃】」
勇人の左手の掌に風が発生する。
勇人はその手を地面に向ける。
掌と地面との間に強い衝撃波が発生する。
その衝撃波はロケットのエンジンのように勇人を飛ばす。
周りの景色が認識できなくなるほどの速度の中、勇人の目は確かに一点を捉えていた。
「ここだぁぁぁぁぁぁぁ!!」
勇人の持つ剣が狼の腹を突く。
そのままの勢いでなぞるように尾の方まで切り裂いた。
大量の出血、狼がふらついているように見える。
終わったと思ったその時だった。
狼の白い毛が逆立ち、紫色に変わった。
刹那、右手に握った剣と共に破壊された。
「は?」
勇人は思わずそんな声を漏らす。
意味がわからない、何が起きたのかすら。
周囲では何かが飛び交っている。
否、一体だけなのだがそのように見えた。
ここからどのようにこの狼への対策を練るか、勇人の思考はすでに切り替わっていた。
既に右腕は再生している。
きっとこの状況を打開する手立てが必ずあるだろう。
———左腕が切り落とされ、再生する。
足が無くなる、再生。頭が食いちぎられる、再生。上半身が抉られる、再生。右腕が無くなる、再生。身体が3枚に裂かれる、再生。両足が無くなる、再生。身体がバラバラになる、再生。足が、再生。身体が、再生。腕、再生、下半、再生。再生再生再生再生再生再生再生再生再生再生再生再再生再生再生再生。
数多の破壊と再生の中、完全に勇人の思考は止まる。
そんな勇人に対し、狼は眼前まで迫ってきていた。 狼の爪が勇人に到達……することはなかった。
直前で身体を捻り、避ける。
勇人は獣のような雄叫びをあげ、攻撃の際にできた一瞬の隙を逃すまいと、走った。
狼の喉を手で一突き。
怯んだところへ、何度も、何度も何度も何度も突いた。
時に、右手、左手、そして両手でも。
そして狼はその場に倒れた。
瞳孔は開き、心音もしていない。
確実に絶命していた。
勇人は虚な意識の中、何かが聞こえた。
その空気が抜けるような音は己の腹から聞こえたものだ。
腹が、空いた、
そうして勇人は辺りを見回す。
しかし、何もない。
だが、その中で芳醇な匂いのするものがあった。
その匂いはどこから漂うものなのか探す。
ふと、己の掌を見やる。
そう、この匂いはここからしているものだった。
勇人の手は今、真紅で綺麗な液体で染められている。
勇人はその液体を舐めてみる。
するとどうだろう、今まで食したことのない味がした。
美味い、そう思った勇人は一心不乱にに己の手を舐め回す。
ものの数秒で液体は無くなってしまった。
だが、まだ芳醇な香りは漂っている。
足元にあの液体が、真紅の液体が流れてきた。
目の前には真紅の液体がかかっている美味そうなご馳走があった。
勇人はそれにかぶりつく。
先程の液体よりもはるかに美味い。
その美味さに、勇人は感動した。
この馳走を用意したのは母か? いや関係ない。
今はただ馳走を食うことしか考えていなかった。
生肉の繊維を噛み切り、血を啜る。
なんとも生々しい音が洞窟に、木霊していた。
読んでくださりありがとございます。
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