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第8話 2000年

 わたしは大学4年生になった。1年生からずっとmer bleueでのアルバイトに夢中で、大学は相変わらずだった。あの店でバイトしているんだね、と声をかけてくれる人は多かったが、大学はわたしにとって、ただ淡々と授業やゼミをこなす場所だった。それでよかった。


 mer bleueでわたしが店番をする間、耀子さんは仕入れたフランスの古着をせっせとリメイクした。専門学校で洋裁やデザインを学んだ耀子さんは、リメイクが上手だった。日本人の体型や今の流行に合わせたリメイクをすることで、ポップで鮮やかな60~80年代の古着はいっそう輝いた。雑誌にもたびたび掲載され評判を呼ぶようになった。

 わたしは新しくネット販売に着手し、そちらも好調だった。mer bleueファンは地方にも広がって行った。


 一方で私は、もう就職を決めなくてはいけない時期だった。3年生の冬から就活をしていたが、世の中はどん底の就職氷河期だった。第一志望の大手や中堅のアパレル、両親に勧められた大手や中堅の商社、メーカーを受けても、かすりもしなかった。周りも似たようなもので、名の知れた会社から内定をもらえる子は、1人もいなかった。


 「持ち駒」がひと通り出尽くして、わたしはどうしようかと考えていた。あまり世間知があるとは思えないママが当てずっぽうに「ここを受けてみたら」などと言うが、見込みはなさそうだった。もう少しあてになりそうなパパや指導教授さえも、「こんなに厳しいとは思わなかったな」などと言うばかりで、これといった妙案もアドバイスも持ちあわせていないのだった。




「ねえ、ここで働いてもらうのはダメかな。来年からもずっと」

 わたしは驚いて、耀子さんの顔を見た。アルバイト中、いつものように就活のことを愚痴っていたときだ。

 思わず、いいの? と口をついて出た。

「もちろん。本当は、華がいなくなったらどうしようって思ってたの。今みたいにリメイクもできなくなるかもしれないし、ネット販売も」


 あと、新しく募集して変な人が来たら嫌だよ、と耀子さんらしいとぼけた言い草がおかしくて、わたしは笑ってしまった。そして耀子さんは、バイトじゃなくなるんだからこっちもちゃんとしないとね、と親指と人差し指でマルを作ってみせたりするのだった。


「ありがとう、耀子さん」


 わたしは思わず、耀子さんの手を取って言った。

 就職が決まった安堵もあったが、耀子さんの気持ちが何よりうれしかったのだ。



 思いがけず急に、来年からの「社会人生活」が形になった。わたしはただそのことに、ワクワクしていた。


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