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第7話 1997年③

「我々日本人はなんだかんだ言っても、お上には黙って従うじゃない。でも革命の国おフランスで育ったレオには、それが信じられなかったみたい」


 PUFFYの亜美ちゃんみたいな耀子さんが、淡々と「お上」「おフランス」なんて言うのがおかしくて、わたしは現実の話を聞いている気がしなかった。


 でもたしかに、現実の話らしかった。

 レオさんは、どうして皆黙って従うんだ、日本人は狂ってる、と憤り、「署名を集めたり、デモの計画を立てたり」自分なりに活動を始めた。次第に仲間が増えてきた。


「でも、この仲間が曲者だったんだよねえ」

 最初はわからなかったが、仲間の一部は、とある犯罪グループとつながった組織の者だった。手を切ろうとしたが、彼らはレオさんの周囲をうろうろするようになった。


 ついに、レオさんはフランスへの帰国を決めた。


 娘がいたんだよね、と耀子さんはふいに言い、わたしは驚いた。

 一緒に暮らし始めまもなく、2人は赤ちゃんを授かっていた。生まれたのは女の子で、アリスと名づけられた。


「レオは、こんな国にアリスをおいて行けない、フランスむこうで3人で一緒に暮らそう、って。でも、あたしはここに残るって言った。離れたいなんて思ったことないもん。日本を、というか東京を」


 子どもはお母さんが育てるもの、というイメージがあったわたしは、少し驚いた。どう伝えていいかわからなくて、寂しくなかったですか、と耀子さんに聞いた。


「寂しかったけど、アリスもむこうで暮らしたほうが幸せかなって思ったの。だって養育能力ないんだもん、あたしには」

 運動神経ないんだもん、とでもいうような軽い調子で、耀子さんは言った。


「レオとの間もぎくしゃくしてきて、それでアリスのお世話もお店もあって。あたしも疲れてたの。全部もういい、ってなっちゃったんだよね。あたしには母親もきょうだいもいなくて、頼れる人がいない。仕事やりながら1人でアリスを育てるなんて、できっこない。あっちに帰ればレオのママとかきょうだいとか、支えてくれる人がたくさんいるもの。アリスのためにもその方が絶対いい、って」


 耀子さんは手帳を取り出し、中にはさまった写真を見せてくれた。

「年に1回会いに行くんだよ。買いつけついでにね。これは昨年の写真」

 そこには耀子さんと、頬を寄せた5歳くらいの美しい少女が写っていた。横にはわたしの記憶にもあるヒゲのレオさんが、よちよち歩きくらいの子を抱きよせ座っている。

 この子は? とわたしが聞くと耀子さんは、ああ、レオの今の奥さんとの子、とあっさり答えた。

「あっちに帰ってすぐ、一緒になったみたいよ。フランス人ってそんなものなのよ」


 奥さんはルイーズっていってね、この写真撮ってるのも彼女だよ。行くと皆で、ヨーコ!!って大歓迎してくれるよ。アリスだってヨーコって呼ぶもんね。苦笑しながら耀子さんは言った。わたしはなんだかわけがわからなくなってきた。Ace of Baseの「All That She Wants」がまた頭から始まる。


 あっ、同じ曲リピートにしてたあ、話に夢中で全然気がつかなかった、と急に耀子さんは立ち上がって、CDラジカセのボタンを押した。ラジカセは、ふう、と一息つくみたいにキュルキュル音を立てて、アルバムの1曲目を奏ではじめた。


「ありがとうね聞いてくれて。この話をしたの久しぶり。レオを知ってる人に会うのが、久しぶりなんだもん」


 今は1人ぼっちだけどすごく幸せなの、と耀子さんは言った。

 レオから譲り受けたこの店で、好きな服に囲まれて。この店があるし友達もたくさんいるし、東京にいて本当によかった。

 耀子さんは、バックヤードから誰もいない売り場をしみじみ眺めて、そんなことをつぶやいた。




 いつでも遊びに来てね、と言われたのを真に受け、わたしはしょっちゅうmer bleueに顔を出すようになった。アルバイトとして耀子さんを手伝い始めるまで、そんなに時間はかからなかった。


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