第5話 1997年①
わたしは高校を卒業して、ある女子大に進んだ。
パパが勧めた大学で、複筒の学生が多かった。単筒が圧倒的多数の世の中で、わたしが肩身の狭い思いをしているとパパは思っていたのだ。
それは全く的外れな心配だったけど、わたしはその大学を喜んで目指した。女子大には珍しく、保育や家政とかでなく学術的な専攻科が多いのが気に入った。
社会学を専攻できる学部を、わたしは選んだ。新聞や雑誌でニュースを読むのが好きな自分には、きっと合っていると思ったのだ。
でも大学生活は、しっくり来なかった。
1年生のゼミは30人ほどで、全くまとまりがなかった。派手な雰囲気の子とそうでない子に分かれ、派手な子は皆似たようなミニスカートを穿き、似たようなプラダの黒いショルダーバッグを持って、気だるそうに教室に陣取っていた。
ゼミリーダーになったのは、サトウさんという複筒の学生だった。いつも地味なチノパンを穿いて、おしゃれとは程遠い人だった。
しかし彼女は、そんなことまったく気にしないとでもいうように、いつも声がよく通り自信満々だった。似た雰囲気をした彼女のシンパが2,3人おり、彼女らはいつもゼミで声高に発言をしていた。
派手なプラダさん達は、それをいつも冷ややかに見下した。他の地味な学生たちは、おどおどと見守っていた。わたしはどこにも属せなかった。
可愛らしくてスパイシーな、高校の親友のサヤカのような子はどこにも見当たらなかった。
入学から3か月ほど経ったある日。ゼミで、何かテーマを決めてディスカッションするように、という課題が出た。
「女性下衣選択法と、女性の権利について」
提案したのは、もちろんサトウさんだ。
ディスカッションが始まり、彼女は声高らかに話し始めた。
「私達が中学生の頃、女性下衣選択法が施行されました。皆さんはどういう動機で、単筒もしくは複筒を選択しましたか?」
そこまで言ってサトウさんは、まるで法廷の弁護士のように教室を見回した。
教室は「プラダさん達」を中心に、冷ややかでシラッとした雰囲気になった。ものともせず、サトウさんはつづけた。
「私は当時この法律に、女性はすべからく単筒を選択し、女性らしく振る舞うべし、という、非常に恣意的なものを感じました! そして反発の意思表示として、複筒を選択しました!」
身振り手振りと抑揚をまじえ朗々と語り、最後に、抑えた芝居がかったトーンで付け足した。
「皆さんはいかがでしょうか? ……単筒、複筒。それぞれのお立場から、忌憚のないご意見をお聞かせください」
サトウさんシンパから、拍手が起こった。
シンパの1人が挙手をして、発言をし始めた。
「ええっと、私もサトウさんと全く同じ動機で、複筒を選択しました。私も単筒を選択するべきだという、ええっと、見えない圧力を感じたのです。若干補足して言うなら、ええっと、ジェ、ジェンダーロールの強要です。女性は単筒を選択し、女性らしくふるまい、男性に付属する存在であれという、ええっと、圧力です」
早口で「ええっと」を連発するので、聞きづらい。そして彼女は、最後にこう付け足した。
「単筒を選択した方々は、どのような動機で選択されたか、ええっと、お聞かせ願いたいです!」
これで、教室はざわついた。クラスの学生の半分以上は単筒なのだ。
すると1人が、弱々しく挙手した。おとなしそうな子だ。
「私は、両親の勧めで単筒を選択しました」
声が震えている。
「両親には、将来配偶者を見つけ家庭を築くには、この選択がベストなんだということを言い聞かせられました。お2人が今言ったような、女性らしくふるまうとか、男性に付属するという意味があったと思います。でも中学生の当時はそこまで思いがいたらず、両親の意向に従うしかありませんでした……」
そこまで言って、その子は泣き出してしまった。見ると、同じようにすすり泣いている子が何人かいる。
なんなんだ、これは。
わたしは呆然として、どうか発言を求められませんように、と願った。お気に入りのジーンズを穿きたくて複筒にしました、などと言ったら、どんなつるし上げを食らうかわからない。