第1話 1992年①
栗色の髪をしたモデルは、褪せたブルーのジーンズを穿いている。
「リネンのシャツに、ウォッシュ加工されたワンサイズ上のリーバイス501。メンズサイズをルーズにまとうことで、強く女性を感じさせます」
わたしはベッドに寝転がって、雑誌のその写真を眺めた。
「リーバイス501」は、少しルーズに、でもまっすぐに彼女の脚をつつんでいる。そしてお腹のくびれの少し下に、ウエスト部分がやんわり引っかかる。素敵。
リビングではパパとママが、ニュースをみながら何か話している。わたしは部屋のドアを少し開けて、聞き耳をたてた。
「華にだって、意思があるだろう。意見くらい聞かなくてはね。最終的にこちらが決めるにしても」
「あなたは甘いのよ。もしあっちを選んだりしたら、華の将来がどうなってしまうかわかってるの」
最近テレビでは、「女性カイ・センタクホウ」という言葉をよく聞く。なんのことか、わたしにはさっぱり。
この間はニュースで、国会で、人がわぁわぁ詰めかけて大変なことになっていた。おじさん議員が「カケツします!」とか言って、赤や白や黄色のスーツを着た女の人の議員が、それに詰め寄って乱闘になっていた。よくあるやつ。
でもわたしにも何か関係がありそうな、嫌な予感がしていた。
わたしは、こっそり持ち出した数日前の新聞を広げた。
「女性下衣選択法」が、X日可決された。Y月Z日法案が提出され、わずか5日でのスピード可決となった。
「女性下衣選択法」は、14歳以上の女性が単筒型下衣(俗に言うスカート、以下単筒)か複筒型下衣(俗に言うズボン、以下複筒)のいずれかを選択し、生涯に渡り選択したもののみの着用を義務付けるもの。
「幸福追求権」等をうたった憲法13条に抵触するおそれがあり、女性の権利の侵害にあたるとして野党が猛反発したが、議論が深まったとはいえず、強行採決にいたった。
(1992年Y月Y日 毎朝新聞 社説(抜粋))
うーん、なんだかむずかしい。わたしは新聞をとじてため息をついた。
そうだ、パパの雑誌に載っているかもしれない。
パパの鞄には、いつもおじさん向けの週刊誌が入っている。それなら、もっとわかりやすく書いているかもしれない。わたしは忍び足で玄関に行って、パパの鞄からそっと週刊誌を抜き取って部屋に持ち込む。開くと早速、記事を見つけた。
【平成の大悪法!「女性下衣選択法」ってナンだ?】
「女性下衣選択法」が可決された。簡単にいうと「オンナは一生、スカートかズボンかどちらかしかはくべからず」という珍法律だ。
読者諸兄の、奥方や娘さんはどうだろうか。生涯スカートだけ?ズボンだけ?どちらかしか選べないなら、スカートを選んでほしいと思うのは、男のサガ。「ワタシは、ズボンを選ぶのよ!」と高らかに宣言され、右往左往する貴方、ご愁傷様です。
法律は、今秋に施行の予定。街でスカートの女性が増えるかな?なんてご期待の諸兄も多いのでは。何かと意図の不明なこの法律、もしかしたら、議員のオジサン達の願望の具現化だったりして!?
(「週刊ポスタル」1992年Y月X日号)
次のページをめくると、知らない女優が素っ裸でポーズを取っている。
ふーん、これがヘアヌードなんだ。わたしは2秒だけじっと眺めて、雑誌を閉じた。おじさん週刊誌って、どうしてこう、すみからすみまで気持ち悪いんだろう。
でも、とってもわかりやすかった。おかげでいろいろなことがわかった。
お口直し、とつぶやきながら、わたしはまたさっきの雑誌の、リーバイスを穿いたモデルのページを広げた。
写真の下には「ジーンズ ¥8,900(mer bleue)」と書いてある。商品の値段と、売っているお店の名前だ。
巻末の「掲載商品お問い合わせ」のページを探すと「mer bleue 」と書かれた横に、住所と電話番号がある。東京23区ではないその住所と電話番号で、わたしはピンときた。中央線に乗ってあの駅で降りれば、多分ここに行ける。