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8.魔女はドラゴンを追う






 スティーナは現在、隣町に向かう馬車に揺られて景色を眺めていた。

 馬車には魔物除けの香水が掛けられている為、魔物との遭遇は心配する必要は無く、こうして移りゆく風景を楽しめている。


 勇者ラルスを捜す決意をしたのはいいが、どこの教会で彼が復活するのか検討も付かず、情報も圧倒的に足りない。

 なので、困った時のおかみさん――ドルシラに相談する事にした。



「勇者様が復活しそうな教会だって? アンタ、勇者様を一目見たいのかい? まぁ気持ちは分かるけど、そればっかりはアタシ達庶民には分からないよ。神託は大司教様以上の階級にならないと受けられないからねぇ。けど、勇者様が産まれた村なら知ってるよ。そこにも小さな教会があったはずだ。まぁ形だけの教会だから、そこでの復活は期待出来ないけどね」



 ドルシラはそう言ったが、他に行く宛も無かったし、ほんの少しの可能性を求め、スティーナはラルスが産まれた村に行く事にしたのだった。

 その村に行くには馬車を何度か乗り継いで行く必要がある為、ここから大体一ヶ月弱は掛かるらしい。


「本当に行くのかい? アンタ、しっかりしてるようで世間知らずで抜けてるとこあるから心配になってくるねぇ。分からない事があったら、町や村の神父様や衛兵に訊きな。魔物が現れたらすぐに逃げる! いいね? ちゃんと無事に帰って来ないと承知しないよ!」


 そう言って、ドルシラは特製サンドイッチをスティーナに手渡し、見送ってくれた。


(おかみさん、やっぱりとっても優しい……。好き……)


 念の為、自分の行き先は誰にも伝えないで欲しいとドルシラにお願いしておいた。イグナートが再びトーテの町を訪れた時の為だ。

 早速鞄からサンドイッチを取り出し、パクリと頬張り舌鼓を打つ。


(それにしても、馬車の移動は時間が掛かるなぁ。風魔法で飛んでいけたら楽なんだけど、結構魔力を消費する魔法はイグナートに居場所がバレちゃうから……)


 不便になるが、なるべく魔法を使わないようにするしかない。


 馬車は休憩と野宿を挟みつつのんびりと進み、四日間掛けて隣の町に到着した。



「ここがネークスの町ね……」



 規模はトーテの町と同じくらいだろうか。

 だけど、町の雰囲気が何だか暗い。町人達の顔も皆、心無しか沈んでるような――



「またドラゴンが来たぞーーッ!! 外にいる者達は全員家に避難しろッッ!!」


 

 その時だった。衛兵の怒声が辺りに響き渡り、周りにいた町人達が一目散に自分の家へと飛び込んでいく。


「ドラゴン……?」


 空を見上げると、山の方から黒い物体がどんどんと近付いて来るのが見えた。

 それは巨大なブラックドラゴンだった。口を大きく開け涎を垂らしながら、不愉快な咆哮を上げている。


(何だか様子がおかしい……? 我を失っているような――)


 そしてスティーナは、ブラックドラゴンの背後から、もう一匹ドラゴンが飛んで来ているのが目に入った。

 エメラルド色の鱗が、太陽の光を浴びてキラキラと輝いている。

 それを見た時、スティーナの脳裏にある記憶の蓋がまた少し開いた。



(……あのドラゴン、どこかで……? ――あっ! 思い出した、“あの子”だっ!)



 そのエメラルド色のドラゴンはブラックドラゴンに追いつくと、自分の尻尾で相手の胴体を力強く叩いた。

 ブラックドラゴンは動きを止め、そのドラゴンを唸りながら睨みつける。

 エメラルド色のドラゴンは誘うように尻尾を左右に振ると、山へと踵を返した。ブラックドラゴンも不快な唸り声を上げながら方向転換し、そのドラゴンを追い掛けていく。



「……あのっ」



 スティーナは急いで衛兵達に駆け寄った。


「ん……? 何だお嬢ちゃん、まだ外にいたのかい? 危機は去ったけど、念の為家の中へ避難しなさい」

「すみません、あのドラゴン達は……?」

「あぁ、あれらは最近出るようになったんだよ。ブラックドラゴンは縄張りから滅多に出ないのに、ある日突然この町に飛んできて炎を吹き出そうとしたんだ。もう駄目だと思った時、あの緑ドラゴンが現れてそれを阻止し、山へ誘導してくれたんだよ。それからそういう事が何度も続いてて、今回もそうだ。あの緑ドラゴンがいなかったら、この町はとっくに焼き尽くされてるな……」

「あの子が町を……」

「帝国に討伐要請を出してるんだけど、忙しいのか未だに討伐隊が来てくれないんだ。町人は皆怯えてるし、早く対処して欲しいんだが……っと、お嬢ちゃんにこんな愚痴を言っても仕方ないな。お嬢ちゃん、この町に来たばかりだろ? またいつドラゴンに襲われるか分からないし、安全を考えるなら、早々にこの町を出た方がいい」

「……分かりました。教えて下さってありがとうございました」


 スティーナはペコリとお辞儀をすると、町の外へ駆け出す。誰もいない場所まで来ると、小さく息をついた。


「鞄は邪魔になるから、この木陰に隠しておいて……。眼鏡も落とすと大変だからこの中に入れておこう。魔法を使ったら彼に居場所がバレちゃうけど……今は気にしていられないわ。早くあの子の所へ行かなきゃ! 『風よ、我に纏い空を舞う翼となれ』」


 瞬間、スティーナの身体が宙に浮かび、山に向かって飛び上がる。



「――いた!」



 高速で進んでいくと、開けた丘の上で、先程のドラゴン達が次々と鋭い爪や太い尻尾を繰り出し戦っていた。

 エメラルド色のドラゴンは、ブラックドラゴンより身体が一回り小さい為、苦戦しているのが分かる。身体も傷だらけで血が滲んでいる。

 ブラックドラゴンが町に下りないように、ずっと戦っていてくれたのだろう。

 町に向かったら、すぐに追い掛けて山に誘導して、被害が及ばないように。



「エルドッ!!」



 スティーナが叫び、最大級の回復魔法をエメラルド色のドラゴンに掛けた。

 淡いピンクの光がドラゴンを包み込み、傷がたちまち治っていく。



『……その声は……スティ? スティなのっ!?』



 元気を取り戻したエルドと呼ばれたドラゴンは、キョロキョロと辺りを見回し、空に浮かぶスティーナを発見すると喜びの咆哮を上げた。


『やっぱりスティだ!! すごく会いたかったよスティ!! ボクの傷はスティが治してくれたの? ありがとう! ちょっと危なかったんだ』

「私も会いたかった、エルド。こちらこそ町を守ってくれてありがとう。お蔭で町の人達全員無事よ」

『エヘへッ。スティの「人を守って」って約束、ずっと覚えていたよ』

「そう……。ありがとう、エルド。あなたはとっても格好良いドラゴンだわ」


 スティーナはエルドの傍まで飛んで来ると、頭を優しく撫でた。エルドは気持ち良さそうに目を瞑る。


『ねぇスティ、このブラックドラゴン、誰かに操られてて自我を無くしてるんだ。可哀想で殺さないように戦ってきたけど、どうにか出来ないかなぁ?』

「操られてる……?」


 グルルと唸り声を響かせながらこちらを睨みつけてくるブラックドラゴンをよく観察すると、首元に紙らしきものが貼ってあるのに気が付いた。


「あれかな……。呪詛の御札……のようね。何か禍々しい魔力を感じる。一体誰がこんな……ううん、それを考えるのは後だわ。まずはあれをどうにかしないと。試しに――」


 風を起こし、その紙が剥がれないか試したがびくともしない。



「やっぱり少量の魔力じゃ駄目か……。エルド、危ないからちょっと離れててね。『風よ、彼の者を竜巻にて閉じ込めよ』」



 吐いてくる業火の炎をサッと避け、スティーナは風魔法を発動させた。

 ブラックドラゴンの巨大な身体を、更に巨大な竜巻が包み込んで締め上げる。


 身動きが取れなくなったブラックドラゴンの前まで来て、スティーナは首元にある紙に、自分の魔力を塊にしてぶつけた。

 瞬間、紙はバラバラに破け、地面へと落ちていく。

 ブラックドラゴンが一際大きい咆哮を上げ、やがて大人しくなったので、スティーナは竜巻を解除した。


「もう大丈夫?」

「グルル……」


 スティーナが訊くと、ブラックドラゴンが項垂れたように頭を下げる。苦笑した彼女は、彼にも回復魔法を掛けてあげた。


「操られてたから仕方ないわ。あなたほどのドラゴンが油断してた? これからは用心してね。あなたの棲み家に帰って、ゆっくり身体を休めてね」

「グルルルッ」


 ブラックドラゴンは大きく頷くと、自分の縄張りへと飛び立っていった。



『やっと終わったー! ありがとうスティ! 漸く元の大きさに戻れるよー』



 エルドが大きく伸びをすると、みるみるその身体が縮んでいき、鷹ぐらいの大きさになった。


「町で見た時、とんでもなく大きくなってたからビックリしたわ。身体の大きさも変えられるのね? すごい!」

『へへっ。大きくなるとすぐお腹減っちゃうから、危ない! って時にしかしないけどね~』

「あ、じゃあお腹空いてるよね。サンドイッチあるの。鞄置いてきちゃったから後であげるね。すごく美味しいんだよ」

『わぁいっ! 食べる食べるっ!!』

「うん。その前に……隠れようっ!」

『えっ!?』


 スティーナはエルドを胸に抱きしめると、丘に降り立ち近くの茂みに転がり込む。


『どうしたの、スティ? コソコソして?』

「ちょっと見つかりたくない人がいて……。エルド、暫く喋らずに大人しくしててね。気配も消せる?」

『うん、出来るよ! 動かないでじっとしてるね!』


 エルドはスティーナの腕から抜け出すと、地面に身体を伏せ、微動だにしなくなった。


「ありがとう。本当は今すぐにここを離れたいけど、魔力が殆ど残ってなくて遠くに飛べる魔法が使えないの。もうすぐここに来るだろうから、隠れてやり過ごして――」



「――捕まえた」



 聞き覚えのある低い声がすぐ耳元で聞こえたかと思うと、スティーナの身体が後ろから強く抱き竦められていた。






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