28.魔女の願い、今ここに
「……さて、ブラエの件は済んだけど、ここって魔王の城だよな? 肝心の魔王は放っておいていいのか? ついでに倒しに行くか?」
勇者にとって、尤も至極な質問をしてきたラルスに、スティーナ達は先程の魔王テオシウスとの出来事を話した。
「へぇ、そりゃ良かった。戦わなくていいのはオレにとっても願ったり叶ったりだ。じゃあ後は魔王に任せて、オレらは帝国に帰ろうぜ」
「あ、ちょっと待って貰えるかな? 会いたい人達がいるの」
『会いたい人達?』
ラルスとイグナートが同時にスティーナに訊いた時、魔王の間の扉がバン!! と豪快に開いた。
――そして。
「お姉ちゃ〜〜〜んっ!!」
甲高い声が魔王の間中に響き渡り、一人の少女が両手を広げて駆けてきた。
その勢いでスティーナに思いっ切り抱きつく。
「お姉ちゃんっ、無事で本当に……本当に良かったよぉ〜〜っ! わたし、わたしっ、気が気じゃなくてぇ……ぅわ〜〜〜んっっ!!」
ブラウン色の髪と瞳の可愛らしい少女は、そう言うと豪快に泣き始めた。
「アグネも、無事で本当に良かった。また会えてすごく嬉しいよ。見ない間に大人っぽくなったね。美人になった」
「そっ、それはお姉ちゃんだってえぇ〜〜〜っっ」
スティーナは泣き喚くアグネの背中を優しくポンポンと叩く。
「……スティーナ」
後ろから聞こえたその懐かしい声に、スティーナはハッと振り向く。
「無事で良かった、はこっちの台詞さ。アンタ、色々と苦労したんだってね……。大変だったろうに、よく頑張ったね。流石アタシ達の自慢の娘さ」
「お父さん達の為に、沢山辛い思いをさせてしまったね。本当にすまなかった、スティーナ。そして本当にありがとう」
懐かしい二人の姿に、スティーナの我慢していた涙腺が崩壊した。
「……お父さんっ、お母さん……っっ!!」
大声で泣く姉妹を、ペトロとエンリが優しく抱きしめる。
感動の再会の光景を、イグナートとラルスが夢見心地に口をポカンと開けて見ていた。
「……なぁ、スティーナの家族ってブラエに殺されたはずだろ? これは幻の光景か?」
「あぁ……って、何でお前がその事知ってるんだ? お前が死んだ後の話なのに……」
「オレが復活する前、神様からオレが死んだ後の出来事をある程度聞いたんだよ。だから、お前がスティーナを助けてくれたのも知ってる。ありがとな」
「……ふん、お前に礼を言われる筋合いはないな。……しかし、スティーナの家族は生きていたのか? あのブラエがそんな嘘をつく筈が無い――」
「我が幻影魔法を使ったのだ」
『――うわっ!?』
突然真後ろから低く通る声がし、二人は驚いて飛び上がる。
振り向くと、そこには魔王が腕を組んで立っていた。至近距離で。
「――まっ、魔王っ!? 気配消して現れるなよっ!? 驚くじゃないか!」
「何っ、お前が魔王か?」
「あぁ。我はテオシウス・レギ・フィーリウだ。以後お見知りおきを」
「おぅ。オレはラルス・フォルティマだ。一応勇者をやってる。今後ともよろしくな」
二人は挨拶を交わすと、極自然に握手も交わした。
(勇者と魔王がお互いによろしく言って握手してる……。因縁の戦う相手なのに)
イグナートが心の中でツッコミを入れる。
「なぁ、さっき言った『幻影魔法』ってどういう事だ?」
「我が使える、相手に幻影を見せる闇魔法だ。ブラエがアグネ達を殺す計画を立てていたので、その前日、奴が眠っている間に彼女達そっくりの幻を作り出した。殺害時の感触も本物のようにしてな。幻の死体を処理するまで幻影は解けないようにした。助け出した彼女達は、代々魔王だけに伝わる秘密部屋に匿った。奴が眠る数時間の間に食事やシャワーを済ませて貰い、今まで過ごしてきたのだ。そして、彼女達を逃がす機会をずっと探っていた……」
「……じゃあお前と話してる時、スティーナが泣いたのは……」
「我が一足先に彼女の家族が無事な事を伝えた。しかしブラエが生きている内は、それが知られてしまったら家族に危険が迫るので、全て終わるまで誰にも言わないよう彼女に口止めをしておいたのだ」
「そうか、あれは嬉し涙だったのか……」
「やるじゃねぇか、テオシウス」
ラルスが褒めると、テオシウスは目を閉じ、首を横に振った。
「いや……、我が臆病だったからブラエの所業を止められなかったのだ。我にもっと力と勇気があれば……。貴殿にも多大な迷惑を掛けてしまい、申し訳なかった。我は魔王失格だ……」
「何言ってんだよ。これから力と勇気を付けていけばいいんだよ。お前まだ若いじゃん。全然遅くないって」
ラルスの予想外の言葉に、テオシウスは面食らったように瞼を開けた。
ラルスがニッと笑い、テオシウスの肩を軽く小突く。
「それに、お前には大切な人がいるんだろ? その人の為にも今よりうんと強くならなきゃな。身体的にも、精神的にもさ」
「……そう……、そうだな。我は彼女を守りたい。そして生涯共に生きたいと考えている。その為にも我は……。ありがとう勇者ラルス。貴殿のお蔭で光が見えてきた気がする」
「なぁに、いいってことよ。お互い肩書きには苦労するけど、頑張ってこうぜ」
「……あぁ」
「ねぇお姉ちゃん、見て見て! テオ様と勇者が何だか穏やかに談笑してるよ! 巷では『魔王と勇者、因縁の対決!』ってなってるのに、これって珍しい光景だよね?」
ひとしきり泣いたアグネは、ラルスとテオシウスの方を見て嬉しそうに笑った。
「テオ様……? ――なるほど、魔王様の“とても大切な人”ってアグネだったのね?」
「えっ? テオ様ってば、私の事そう言ってたの? えへへっ、嬉しいなぁ」
「魔王様は特にアグネの事を気に掛けてくれてたもんねぇ。魔城に連れてこられてから、魔王様は毎日数時間母さん達の様子を見に来てくれてたんだけど、日に日にアグネに対する態度が変わっていって、こりゃ絶対惚れてるなって思ってたんだよ。結婚式はやっぱり魔城で盛大にやるんかねぇ?」
「お父さんは少し……いやかなり寂しいけど、魔王様ならアグネの事を任せられるよ。幸せにおなり、アグネ」
「お母さんってば! お父さんも気が早いよ〜もう!」
そう言うアグネは満更でもなさそうに照れている。
「スティーナは? 人間界でいい人は出来たのかい?」
「えっ、私?」
「お父さん的にはあの二人のどちらかだと思うなぁ」
「確かにどっちもカッコいいね〜! テオ様と三人並ぶと最高の眼福って感じ! でも一番カッコいいのはテオ様だけどね!」
「アグネったら……。あの二人は私の大切な仲間だよ?」
「仲間、ねぇ……。アタシの見解では、あの二人はアンタと考えが違うかもしれないねぇ……。ま、アンタは昔からめちゃくちゃ鈍いからさ。そういう風に育てちまったアタシらも悪いんだけど、あの二人には頑張ってもらいたいねぇ」
「頑張る……?」
「お父さんはどんな人を選んでも、スティーナが幸せになるならそれでいいよ」
「お父さん……」
「お姉ちゃん、恋人が出来たら絶対教えてね! 二人で夜通し恋話しよう! テオ様の事、お姉ちゃんに沢山聞いて貰いたいんだ!」
「ふふっ、アグネが幸せそうで良かった」
「うん! お姉ちゃんも今まで辛かった分、これから沢山、たーっくさん幸せになるんだからね! そうならなかったら許さないんだから!!」
そう言って、再び泣いてしまったアグネの頭を、スティーナは優しく撫でた。
「うん。ありがとう、アグネ……」
「ね、お姉ちゃん。全部終わったんだよね? また家族で一緒に暮らせるんだよね?」
スティーナは妹のその問いに、微笑んで答えた。
「私は――」




