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27.魔女は決着を見届ける






 ラルスの空のように澄んだ蒼色の瞳が、強い意志を持って煌めいている。



「お、お前……元に戻った……? 洗脳は解けた……のか……?」

「あぁ。お前達が本気で戦ってるのを見て、止めなきゃって思いが大爆発してさ。気付いたら解けてたわ。オレはこの通り――って、うわっと!」



 自分に向かって思い切り飛び込んでくるスティーナを、ラルスは咄嗟に剣を投げ捨て抱き留めた。



「良かった、ラルス……。元に戻って、本当に良かったよぉ……っ」



 涙をボロボロと流しながら、自分の背中に腕を回してくるスティーナを、ラルスはギュッと強く抱きしめた。


「見ない内に更に美人になったな、スティーナ。オレから会いに行くって言ったのに行けなくてゴメンな? 色々心配も掛けちまって……。オレはこの通り、正気に戻った! ――ってな!」

「はあぁっ!? ふざけんなこの馬鹿! 簡単に洗脳されてんじゃねぇよこの馬鹿野郎ッ! 俺達がどんな思いをしたと思ってんだこの大馬鹿野郎ッ!!」

「そんなに馬鹿馬鹿大馬鹿言うなよ! ホントに馬鹿になっちまうだろ!?」

「なっちまえ大大馬鹿野郎ッッ!!」

「……ふふっ。やっぱり仲良いなぁ」


 ラルスとイグナートのやり取りに、スティーナは泣きながらも思わず笑ってしまう。


「イグナートと戦うのは本当に辛かったけど、試してみて良かった……。きっとラルスなら大丈夫だと思ったの」

「……試してみて……? スティーナ、もしかして今までのは、芝居……だったのか……?」

「うん、イグナートにも本気になって戦って貰わなきゃいけなかったから、何も伝えずに始めちゃってごめんね。あなたにすごく辛い思いをさせちゃった……」

「いや、それはお前だって……。――あぁ、だから『剣』だったのか。お前だったら、俺を竜巻に閉じ込めて即戦闘不能にする事が出来るからな。敢えてラルスの意識が向く『剣』を使ったわけか。それにお前、剣を振る時はいつも無言だったよな。更に意識を向ける為にわざと掛け声出してたんだな。違和感の正体が漸く分かった」


 さり気なくスティーナの手を引っ張りラルスから引き離したイグナートは、疑問に思った事を彼女に訊いてみた。


「俺とお前が戦って、どうしてラルスが洗脳から解けると思ったんだ?」

「だって二人は恋人同士でしょう? 二人と一緒に旅をしている時に気付いたの。だから、大切な人が命の危険に晒されるのを目の前で見たら、ラルスなら洗脳を吹き飛ばして止めに来るんじゃないかって。やっぱりその通りになったから、二人は想い合って強い絆で結ばれているんだね。素敵だね……憧れるなぁ」

「………………ん?」


 ラルスとイグナートが、自然と互いの顔を見合わせる。


「……スティーナ……? ちょっと確認するが、誰と誰が恋人同士、だって……?」

「え? もちろんラルスとイグナートだよ。お互い想い合ってて、息もピッタリで、喧嘩もするけどすごく仲良い二人は恋人か夫婦だってお母さん言ってた。二人は結婚の証の指輪を付けてなかったから、夫婦じゃなくて恋人同士かなって」



『はあぁーーーっっ!?』



 ここに来て最大音量の二人の声が重なる。


「おっ……お前っ、何でそんな考えになるんだ!? とんでもなく盛大な勘違いをしているぞ! 俺達は恋人同士なんかじゃないっ!」

「えっ? だって条件が全て当て嵌まってる――」

「条件が当て嵌まっても断じて違うッ!! いいかよく聞けスティーナ。俺が好きなのは――!」

「――イグナート。今はそれを言う時じゃないだろ?」


 イグナートの勢いに任せた告白をラルスが制止する。その声音は少し怒っているようだった。

 その威圧感に、ぐ、とイグナートは言葉を呑み込む。


「まぁともかく、スティーナのとんでも誤解と機転でオレは洗脳から抜け出せたんだ。ありがとな、助かった」


 ラルスはスティーナの頭を撫でながら笑う。いつもの太陽のような眩しい笑顔だ。

 スティーナが涙の残った頬を上げて笑い返す。

 ラルスは人差し指で彼女の目尻に残った涙を拭き取ると、後ろを振り返った。


 そしてこの状況が信じられず思考が停止し固まっているブラエを、怒りの込めた眼差しで見る。


「……あ、そうだ! ラルス、これ早く飲んで。魔界の毒を中和する薬なの。調合師のお母さんが作ったものだから、効果は問題ないはず……。イグナート、体調はどう?」

「あぁ、今の所苦しみも辛さも全く無いぜ。お前のお袋さん、ホント大したもんだよ」

「ふふっ、ありがとう」


 母を褒められて嬉しいスティーナは、イグナートにニコリと笑みを返す。

 その笑顔に思わず抱きしめたくなったイグナートだったがぐっと我慢し、代わりに掴んだままだった彼女の手をギュッと握り締めた。


「…………」


 その様子を見ていたラルスは、ニッと笑うとスティーナに言った。


「すげぇな、お前のお母さんそんなもん作れたのか。ありがとな、でも大丈夫だ。お母さんの形見だろ? 大事にして、ここぞという時に使いな。けどもしオレが毒でやられちまったら、お前がオレに飲ませてくれ。……口移しで、な?」

「? うん……?」

「……お前いっぺん死んで脳ミソ丸ごと洗ってこい」

「いっぺん死んでるけどなー?」


 ラルスは噛みつきそうな勢いのイグナートにカラカラと笑うと、漆黒の鎧を乱暴に脱ぎ捨て、シャツとズボンだけになった。


「こんな超ダセェ鎧を着させやがって。スティーナの事とオレにした事。テメェだけは絶ッ対に許せねぇ」


 ラルスはゆっくりと右腕を前に突き出し、拳を握る。



「オレは勇者『ラルス・フォルティマ』。神の代理人として人々を救う為、“聖剣”を強く求める者だ」



 刹那、ラルスの拳が黄金色に眩く輝く。

 その光が徐々に消えると、彼の右手に“聖剣”が握られていた。同時に、“聖剣”の加護が彼に宿る。


「これで魔界の毒も洗脳魔法も効かねぇ。覚悟するんだな、ブラエ・ノービス」

「……どうして……どうしてだ……。洗脳は完璧だったのに! どうして!! それに何故あの魔道士は毒で死なない!? 何故まだ平気な顔で生きてるんだッ!! どうして! どうしてッ!! 何故だぁッッ!!?」


 ブラエが醜く顔を歪め、唾を飛ばしながら喚き散らしている。彼にとって予想外の出来事だらけに、頭が追いつかないようだ。

 勝利への確信に満ちた計画が打ち壊された事に、彼の自信が雪崩のように崩れていく。



「人の絆と強き想いを理解出来ないのがテメェの敗因だよ。――スティーナ」

「は、はいっ?」



 黄金色に光る“聖剣”の神々しさに見惚れていたスティーナは、肩を跳ねさせながら返事をした。


「ブラエ・ノービスはオレが殺してもいいか? コイツはお前の家族の仇だ。お前がやるか……?」

「…………」


 スティーナは何も言わずラルスの隣まで来ると、頭を両手で抑え蹲るブラエに問い掛けた。



「あなたは、人間界の帝国を侵攻して何がしたかったの?」



 その問いに、ブラエは横目だけをスティーナに向けて口を開く。


「……何を言うかと思えば……。愚問ですね、スティーナ・ウェントル。私は帝国だけでなく、人間界全てを征服するつもりでした。私はこの世に生きる者全てから敬い崇拝されるべき存在なのですよ。謂わば私が“神”なのです」

「……狂ってるなコイツ……」


 話を聞いていたイグナートがボソリと吐き捨てた。


「……それで皆から崇拝されて、自分の話を聞いて欲しかったの? お喋り相手になって欲しかった?」

「…………は?」

「あなたはとても……とても寂しい人。お喋りなのも独り言が出てしまうのも、寂しくて皆に構って欲しいからでしょう?」

「…………違う。違う違う違うぅッッ!!」 


 激しく否定するブラエに、スティーナは哀れみの瞳を向ける。


「魔王様なら、あなたの話を真摯に聞いてくれたのに。ちゃんと向き合ってくれたのに。……でも、あなたは再び同じ事を繰り返すんでしょう? 少しでも意見が違う人がいれば殺すか洗脳して、自分の思う通りに動かすんでしょう? 肯定だけを求めるんでしょう?」

「……はぁ? 当たり前じゃないですか。私の世界に、私に少しでも相反する者など一切必要ないのですよ。皆が絶対的な“神”である私の言う事だけを聞くんです。結局貴女は何を言いたいんです?」


 スティーナは、理解不能といったように眉間を寄せたブラエに、悲しそうに目を伏せた。



「ラルス。もう……いい。お願いできる? ……ごめんね」

「お前が謝る必要なんてねぇよ」



 ラルスがゆっくりと“聖剣”をブラエに向ける。



「……哀れだな、ブラエ・ノービス。本当に……哀れだ。テメェをズタズタに切り裂きたかったが、情けを掛けてやる。一瞬で殺してやるよ」

「ヒャハ、ヒャハハッ! いいでしょう、私を殺しなさい。そして私は肉体という狭い器から開放され、本当の“神”になる。貴方達の頂点に君臨する“神”にね!! その時は貴方達に真の地獄を見せてあげますよ、ヒャハハハッ!!」



 ガバッと立ち上がると、胸を張り両手を広げて嗤い狂うブラエを、ラルスはただ静かに見上げる。



「地獄に行くのはテメェだ、ブラエ・ノービス。そこでオレ達が幸せに暮らすのを、テメェは()()()()()()()()()、指を咥えてずっと見てろよ」

「ハ……」



 “孤独”という言葉に、ブラエの嗤いが止まった。

 彼の顔つきが大きく歪み始める。

 ラルスはそんなブラエの様子に表情を動かす事もなく、“聖剣”を横向きに構え、一直線に彼の心臓を突き刺した。

 ブラエがドサリ、と床にうつ伏せで倒れ、痙攣していた身体がやがて完全に動かなくなる。


 シン……と、辺りは静寂に包まれる。




 全てが終わった瞬間だった――






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