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26.魔女と英雄の攻防






「ヒャ……ヒャハッ、ヒャハハハハッッ!!」



 一部始終を見ていたブラエは、盛大に嗤い声を辺りに響かした。


「寝返りですか、スティーナ・ウェントル!? いいでしょう、貴女にあの男を始末する機会を与えましょう。上手くいった暁には、またこの魔界に戻る事を許して差し上げますよ」


 スティーナは、嗤い声が止まらないブラエをキッと睨みつける。


「私はあなたの為にこうするんじゃない。ラルスの為にするのよ」

「どちらでもいいですよ。早くやっておしまいなさい。毒で苦しんで死ぬ姿を見るより、こちらの方が余程面白い。ヒャハハハッ」

「…………」


 スティーナは嗤い続けるブラエに溜め息をつくと、ちらりとラルスを横目で見る。

 彼は変わらず無表情でスティーナを見ていた。


「…………」


 スティーナはおもむろにラルスの両手をそっと握ると、ブラエに気付かれないように微弱の回復魔法を何度か掛けた。

 仄かに淡い光に包まれ、手の傷が無くなっていく。

 彼の手がピクリと動いたような気がしたが、表情には何の変化もなかった。


「……何をしているのです、スティーナ・ウェントル? 余計な真似は死を早めますよ」

「ちゃんと生きてるか確認しただけ。あなたなら死人をも洗脳して動かしそうだもの」

「ヒャハハッ、言いますねぇ。ご覧の通り勇者殿はちゃんと息をしているので御安心を」

「……それは良かったわ」

 

 彼女は瞼を伏せてラルスに背を向け、イグナートと向き合う。


 彼は信じられないものを見るかのように目を見開き、ただスティーナを見つめていた。



「私は本気でいく。あなたも死にたくなかったら本気を出した方がいいよ」

「スティーナ、お前……」

「……じゃあ、いくね。『風よ、鋭利の剣となりて我の掌に現れよ』」



 術を唱えた瞬間、スティーナの右手が翠玉色に光り、風で出来た細身の長剣が出現する。


「はぁっ!!」


 鋭い掛け声と共に剣を振り上げ、スティーナが飛び掛かってきた。


「くっ……! 『水よ、氷結の剣となりて我の掌に現れよ』!」


 水で出来た幅のある剣で、イグナートはスティーナの剣を既の所で受け止める。

 スティーナは一緒に旅をしている間に、ラルスから剣を習っていた。当時は正直お遊び半分かと思っていたので、これほど器用に扱えるようになるとは予想外だった。

 イグナートも剣は多少扱えるが、得意と言えば体術の方になる。

 しかし、体術はリーチの長い剣と分が悪い。


 結果、剣を使うスティーナには同じ剣で対抗するしかなかった。



(剣で攻撃……? それにコイツ、剣を振る時は……。何だ? 何か違和感が……。くそっ、考えてぇのにコイツの攻撃を防ぐので手一杯だ……!)



 キィン! と、二人の剣のせめぎ合う音が何度も聞こえる。

 両者は一歩も引かないが、イグナートは終始防戦一方だった。


「イグナート、どうして攻撃してこないの? 本気出して。死んじゃうよ?」


 スティーナの挑発がイグナートに飛ぶ。



「俺がお前を傷付けられるとでも!? そんなの出来る訳がねぇよッ!!」



 イグナートの切実な叫びにスティーナは大きく両目を見開くと、その瞳にみるみると涙が溢れてくる。



「私も……あなたを傷付けたくなんてない……っ」



 微かに囁くような声音だったが、イグナートにはハッキリと聞こえていた。


「スティーナ……」


 イグナートの中で、違和感が更に大きくなる。

 動きを一瞬止め、グッと唇を噛み締めたスティーナは、何かを振り払うように首を左右に振った。



「……それでも私は、あなたを倒すっ!」



 叫び、再度スティーナは剣を構えた。

 流れる涙を拭いもせずに。


「スティーナ……ッ!」


 スティーナは葛藤し、苦しみながら自分と対峙している。



(くそっ! 俺に何か出来る事は無いのか……!? このままスティーナと戦い続けるなんて俺には出来ない!! 畜生、ラルスの馬鹿野郎がッ!!)



 イグナートは、違和感の正体が掴めないもどかしさと、この状況に焦っていた。

 焦りは必ず隙を生んでしまう。


 通常時の彼なら絶対に犯さないミスも発生してしまう――



「……ヒャハハハッ! どうです勇者よ、貴方の仲間達が殺し合いをしている姿は。可笑しくて堪らないでしょう?」



 上機嫌でブラエはラルスに話し掛ける。彼はピクリとも動かず二人の戦いをただじっと見ていた。


「……ふむ。洗脳魔法は何でも言う事を聞くのはいいのですが、喋れないのが欠点ですねぇ。一方的に話し掛けてもつまらないですし。話も出来て、私に絶対的な忠誠を誓う洗脳魔法に改良出来たら一番いいのですが……」



 ブラエがブツブツと独り言を呟いている間にも、スティーナとイグナートの死闘が続いていた。


「はっ!」 


 スティーナはイグナートの脚に向けて剣を薙ぎ払う。


「くっ……!」


 イグナートはそれを避ける為に後ろに跳んだが、足元を意識していなかった為、一瞬体勢が崩れてしまう。

 いつもの彼なら有り得ない事だったが、それをスティーナは見逃さなかった。


「はぁっ!!」


 風の剣を真っ直ぐに突き出し、イグナートの持つ剣の柄に思いきり当てる。


「…………ッ!!」


 衝撃で水の剣が弾き飛ばされ、それは床でクルクルと円を描きながらラルスの側の元まで転がる。

 持ち主から離れた水の剣は、ジュッと蒸発してしまった。


「しまっ――」

「やあぁっ!!」


 無防備状態のイグナートに、スティーナは大きく掛け声を上げ、無情にも剣を振り下ろし――




「何やってんだこのバカッ!!」




 怒声と共にキィンッと音がし、スティーナの剣が誰かの剣によって大きく弾き飛ばされていた。



「仲間を傷付ける為に、オレはお前を助けた訳じゃねぇぞ!! 悪い子には後でお説教だッ!!」



 二人にとって聞き慣れた声が響く――



「ラ……ラルスッ!?」



 イグナートの素っ頓狂な声が魔王の間に木霊する。




 それは、黒き鎧を着た勇者、『ラルス・フォルティマ』だった――






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