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25.魔女は英雄に宣言する






「……魔王様? 私は今忙しいので、御自分のお部屋に戻っていて下さいね」



 互いに頷き合い、二人で魔王の間の扉を開け放つと、玉座の方からブラエの声が飛んでくる。



「おや、貴方達は……。いつの間にここに来たのでしょう? しかも貴女、スティーナ・ウェントルですね。処刑されたと聞いていたのに、しぶとく生きていたのですか」



 玉座の裏から姿を現したブラエは、スティーナを見て目を見開いた。


「それに、帝国の魔道士殿も御一緒ですか。人間にとって、こんな毒まみれな所にお越し下さるなんて嬉しいですよ。苦しんで逝く姿が見られるのですから。ヒャハハッ」

「……ラルスも人間だろ。毒が効いていないのか?」

「勇者には洗脳の為に私の魔力が注がれています。なので洗脳されている間は毒は効かないのですよ。安心しました? なら貴方も洗脳して差し上げましょうか?」

「はっ、死んでもゴメンだな」

「つれないですねぇ。ま、私の洗脳魔法に対する防御壁を貴方達が張っているのは分かってますから、そんな無駄な事はしませんけどね。貴方達、勇者を連れ戻しに来たんでしょう? 丁度明日の為の鎧を着させた所だったのですよ。早速肩慣らしして頂きましょうかね。さぁ勇者よ、この者達を殺してしまいなさい」


 ブラエが声高々に命令を下すと、一人の男が玉座の陰からゆっくりと出てきた。

 全身漆黒の鎧を身に纏った勇者――ラルス・フォルティマだ。紅い虚ろな瞳を二人に向け、無表情で手に持つ巨大な剣を構える。



「……その鎧、全ッ然似合わねぇな、ラルス。さっさと脱いじまえよ」



 イグナートが苦々しくそう吐き捨てる。

 分かってはいたが、ラルスからの返事はない。


「……スティーナ、作戦通りだ。ラルスに構わずブラエの野郎を攻撃するぞ」

「分かった」


 スティーナが頷いたと同時にラルスが俊敏に動いた。二人はその重い一振りを避けると、ブラエに狙いを定める。



「『風よ、鋭利の刃となりて彼の者を切り刻め』っ!」

「『水よ、氷結の氷柱となりて彼の者を貫け』ッ!!」



 二人の上級攻撃魔法が轟音と共にブラエに襲い掛かる。

 だが、彼は全く慌てようともせず、嫌らしい笑みを浮かべその場から動こうとしない。


 魔法がブラエに当たると思った瞬間、黒い影が彼の前に飛び込んできた。



「ラルスッ!?」



 ラルスは両手で剣を持ち、二人の魔法をそれで受け止めた。

 剣と魔法が爆音を立て激しくぶつかり合う。だがラルスは一歩も引かず、踏み留まった。

 やがて衝撃に耐え切れず、剣が粉々に砕け散る。

 ラルスは両手に切り傷を負ったが、ブラエに怪我一つ無かった。


「あーぁ、剣を駄目にしてしまいましたね。かなりの高級品で頑丈なものだったのですが……まぁいいでしょう。代わりの剣を差し上げますよ。この調子で、私が攻撃を受けそうになったら身を挺して守って下さい。いいですね?」

「…………!! そういう事かよ……」



 ブラエは予めラルスにそう命令していたのだ。

 そうなると、ブラエを攻撃しても、必ずラルスが前に来て彼を守ってしまう。ラルスの意識を無くさないと、ブラエに攻撃を与えられないのだ。

 ラルスは頑丈な身体を持っている。一寸やそっとの攻撃では気絶しないだろう。


 しかも今の攻撃でラルスは軽傷だが怪我を負った。

 何度もそれを繰り返すと、最悪の場合彼の“死”が待っている。


 もう“復活”はしない、彼の本当の“死”が――



「くそっ、どうすればいいんだ……!?」

「……くない」



 イグナートが血の滲む力で唇を噛み締めた時、スティーナがボソリと何かを呟いた。

 イグナートはスティーナの方を向く。彼女は俯き、身体を震わせていた。



「私、ラルスと戦いたくない。だって、ラルスは私と私の家族を命と引き換えに助けようとしてくれたんだよ!? そんな優しい彼と、私戦いたくない!!」

「スティーナ……」



 顔を上げ叫ぶスティーナの両目に涙が溢れている。

 イグナートは、その切実な表情に何も言えなくなった。


「……だから、ごめんね? イグナート」

「スティーナ……?」


 スティーナは目に涙を溜めたまま微笑むと、ふわりと宙を飛ぶ。

 そして、玉座の近くにいるラルスの前にトン、と降り立つとこう言った。



「ラルスを攻撃するくらいなら、私は魔族側になる。……あなたを倒すわ、イグナート」



 スティーナのグラデーションの瞳が、本気を物語るように光明と輝いた――






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