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2.勇者の最期






 帰路の途中、ティナは町医者の下に立ち寄り問題箇所を診て貰った。

 ぶつけた箇所が腫れているだけで頭自体は問題なしとの診断で、腫れに効く塗り薬を処方して貰う。

 そして、町の外れへと足を進めた。



 ティナの住み家は、ドルシラの家族――ヴェネオ家が所有している、狩りの為寝泊まり用に作られた小屋だ。なので町から少し離れた、狩りが出来る森の手前にある。

 ヴェネオ家の人達は「一緒に住まないか」と言ってくれたが、家族の中に他人が入るのは申し訳ないし、気を遣わせるのは悪いと思って丁重に断らせて貰った。

 そして、今は誰も使っていないその小屋を、ドルシラの経営する食堂を手伝う代わりに使わせて貰う事にしたのだ。


 何故ティナとヴェネオ家に接点があるかと言えば、彼女は半年前にヴェネオ家に拾われた過去があるからだ。

 ドルシラ曰く、家族と近くの川沿いを散歩していたら、黒色の斑模様に汚れた棺がどんぶらこっこと流れてきたらしい。

 その棺を家族全員で協力して引き上げ、開けるか開けないかの押し問答を家族で繰り広げ、結局全員好奇心には勝てず思い切って開けてみたところ――


 銀色の髪の女が何事も無かったかのようにスヤスヤ眠っていたのを見た時は心底驚いたよ、とドルシラは後でティナに語った。

 冗談に聞こえるが、本当の話だと。



 揺すっても叩いても全然起きないので、業を煮やしたドルシラは、


「いい加減起きな、この寝坊助がッッ!!」


 と声を張り上げたところ、


「ごめんなさいお母さん、今起きますっ。だから朝ご飯抜きは止めてっ!」


 彼女はそう叫び、慌てて起き上がったらしい。

 その反応に家族全員大笑いだったさ、とドルシラがニヤニヤしながらティナに教えてくれた時は恥ずかしくて顔から火が噴き出しそうだった。


(そして、私の目の色を見て更にビックリしたって言ってたな……)


 ティナは小屋に到着すると、鍵を開けて「ただいま」とぽつりと呟き、流しで手を洗い中に入った。

 簡易ベッドと小さなテーブル、そして物を入れる箪笥が置かれており、飾り気も無いが綺麗に整頓されている。生活に必要な道具も一通り揃えたし、ティナには十分過ぎるほど快適な部屋だ。

 奥にシャワーとトイレが付いているのも有り難い。


 ティナは箪笥の中から手鏡を取り出すと、自分の顔を映す。

 彼女はレンズの分厚い、顔の上半分が隠れる程の丸い眼鏡をしていた。ドルシラに言われ眼鏡屋で作って貰ったもので、これを掛けると相手から自分の目が見えにくくなる。

 その代わり少し視界が悪くなるので、ガラの悪い客が差し出した足も見えなかったのだ。


「銀髪は珍しいけど、まぁいないわけじゃない。けど、アンタの目の色は……。勇者様を殺害した、あの極悪魔女の瞳みたいだねぇ」


 ドルシラの言葉が脳裏に蘇る。


「眠る前の記憶が思い出せないって言ったね。アンタはあの魔女に瓜二つだけど、ヤツじゃない事は確かさ。一年前、今の帝国魔道士団団長様が脱獄した魔女を処刑したからね。それは、その場にいた憲兵や衛兵が全員証明してる。だからあの魔女が生きてるわけないんだ。運悪く、アンタはあの魔女に似ちまったんだね。その容姿だとアンタに危害を加えるヤツが現れるかもしれないから、せめて目は隠しな」


 そう言われ、反対する理由も無かったティナは眼鏡を掛ける事にしたのだ。

 魔女は髪を下ろしていたそうなので、それならばと結い上げ魔女のイメージとは離れたものにした。



「頭を打った時に見たあれは、忘れてた私の記憶……よね。私が魔女に瓜二つじゃなくて、私自身が魔女スティーナだったんだ」



 『ティナ』という名前は、目覚めた彼女にドルシラが「アンタ、名前は?」と尋ねた際、


「ㇲ……ティ……ナ」

「ティナ? アンタ、ティナって名前かい」


 彼女の声が小さ過ぎて聞き取れなかったドルシラが、そう解釈して付けてくれたものだ。

 彼女も、覚えていたその言葉が名前かどうか分からなかったので、ドルシラが付けてくれた名前を名乗る事にしたのだった。



「私は、スティーナ……。――そうだ、私の名前は『スティーナ・ウェントル』だ」



 眼鏡を外すと、ピンクとエメラルドグリーンのグラデーションの瞳が、鏡越しにこちらをじっと見つめている。

 昼間見たあの映像が強烈過ぎて現実との区別が曖昧になっていたけれど、深呼吸を何度かし心を落ち着かせると、現在の自分の環境が思い出されてきた。


 ティナ改めスティーナは、考えをまとめる為に声を出して自分の状況を整理し始める。


「私は飛び降りて死んだ筈なのに、こうして生きてる。あの高さだと絶対に助からない筈。どうして私は生きてるの? 生まれ変わり……? ううん、違う。私がおかみさんの食堂で働き始めたのは半年前だから、おかみさんの言う事が確かなら、飛び降りたのは一年半前だ。生まれ変わりなら赤ちゃんからだろうし、計算が合わないもの」


 スティーナはそこで言葉を切り、おもむろに服を全部脱いだ。自分の身体をくまなく確認する。


「風の魔法で切り裂かれた傷は……本当に微かだけど痕が残ってる。という事は、生き返ったか……まだ死んでなかった……? あんな絶望的な状態でどうやって……あれ?」


 スティーナは、お尻の上辺りの肌が周囲と違った色な事に気が付いた。


「何だろ? 真ん丸な形で、かさぶたが剥けたような……。昔、お尻をぶって怪我でもしたのかな? やっぱり全然思い出せない……。折角服を脱いだんだし、シャワー浴びて頭冷やしてこよう」


 考え過ぎてクラクラしてきたスティーナは、気分転換がてらシャワーを浴びに行く事にした。

 頭と身体を洗い、部屋着に着替えてサッパリした彼女は、ドルシラからおすそ分けして貰った食堂特製サンドイッチで夕食を済ませる。

 片付けを終えるとゴロンとベッドの上に寝転んだ。

 そして、再び思考に耽っていく。

 

「私、棺に入っていたんだよね。という事は、海に浮かんでいた私を死体だと思って、誰かが親切に棺に入れて海に返してくれたのかな? それが河口に入って流されてきた、とか? でもそうなると傷が治っている説明がつかないよね。死ぬ決意をした私が自分で治すわけないし……」


 ちなみにスティーナが入っていた棺は木製だったので、解体してヴェネオ家の薪として立派に役に立ったらしい。


「そうだ、一番分からない事。どうして私は勇者様を殺したの? あの時の私は、深く絶望していた。……私の、家族……。私の家族はきっと、もうここには……。だから生きていたくないって思ったのかな……。また頭を強く打ったら、続き見られるかな……」


 物騒な考えが頭をよぎったが、ドルシラ達にこれ以上心配を掛けたくないので実行は止めた。


「それか、眠ったら見られるかな……。せめて勇者様を殺した理由が知りたい……。――あ、そうだ」


 スティーナは上半身を起こすと、箪笥の引き出しから小さな巾着袋を取り出した。

 これは、棺に入っていた彼女の手に握られていたものらしい。


「大事な物だといけないし、アンタに返しとくよ」


 とドルシラが手渡してくれたのだ。

 中を見ると、緑色の小さな丸い種みたいなものが幾つか入っていた。用途が分からないのでそのままにしてある。

 けれどこれを持つと、懐かしいような、切ないような、悲しいような――何とも不思議な気持ちになるのだ。

 スティーナはこれを持って眠る事にした。

 何となく、そうする事によって自分が望んだ夢を見られるような気がしたのだ。

 巾着袋を手に握り、再びベッドの布団に身体を沈める。



「勇者様を殺した理由を知って、それで……私のこれからを……。生きるか、また死ぬか……――」



 目を瞑りながら思考していたのと、お腹が膨れているのも相まって、急激に睡魔が襲ってきた。



 スティーナはそれに抗う事なく、眠りの世界へと誘われていき――





「スティーナッ!!」





 ハッと気が付くと、自分の身体が誰かに抱きしめられていた。

 風の音がゴウゴウと劈くように鳴り響き、スティーナは涙で濡れた瞳を上に向ける。

 翠玉色の風が、自分の周りを激しく渦巻き取り囲んでいた。

 そして、急速に減っていく自分の魔力。


(魔力の暴走――!!)


 暴走は、自分では止められない。

 それは、自分の周りを跡形も無く破壊し尽くすのだ。魔力が尽きるまで。

 魔力が空になると、待っているのは――自分の“死”だ。


(私が死ぬのはいい。だけど――)


 スティーナは、自分を抱きしめている者に向かって、何とか言葉を紡ぐ。


「に……逃げて……。遠くに……お願い――」

「お前を置いて逃げるわけねぇだろうがッ!!」


 自分の背中に回された両腕に、更に力が込められた事を感じたスティーナは、クシャクシャの顔で相手を見上げる。

 短い癖っ毛の金髪に、澄んだ蒼色の強い意志を持つ瞳。



 帝国の勇者、『ラルス・フォルティマ』――



 ラルスはスティーナの耳元に唇を寄せ、彼女しか聞こえない声で言葉を出した。


「いいか、よく聞けスティーナ。オレはヤツに分からないように、自分で自分を刺す。それが現状を突破出来る打開策だ。お前の暴走もそれで止まる筈だ。時間が無いからそれしか思いつかねぇ」

「……っ! ラルス――」

「心配すんな。オレがオレの“聖剣”で刺されて死んだ場合、生き返られるんだとよ。よく分かんねぇが、神が与えた勇者特権の救済措置らしい。だからお前は何も気にすんな。……生きろよ。お前を待つ家族の為にも……な」

「ら、ラルス……。だめ、駄目だよ……。もし生き返らなかったら、私……。だったら、わ……私が死ぬから……」


 ラルスは、ボロボロと涙を零すスティーナを安心させるように笑うと、彼女の後頭部をそっと撫でる。



「スティーナ、約束だ。絶対に死ぬな。オレはお前に会いに行くから。生き返るのがいつになるか分かんねぇが、必ずだ。だから、オレに会うまで絶対に生きろよッ!!」



 ラルスはスティーナを抱きしめたまま、己の持つ“聖剣”を逆手に持ち、躊躇なく自分の左胸にそれを突き刺した。

 周囲から見たら、スティーナがラルスを刺したと勘違いされる構図だ。

 ラルスの口から、ぐぼ、と血が噴き出し、力を失った彼の身体がスティーナに重く伸し掛かる。



「い……いやああぁぁーーーっっ!!」



 スティーナの慟哭が、虚しく大空に響いた――






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