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17/30

17.魔女の過去 ――希望と絶望






 啜り泣きが小さくなってきた頃、ラルスはスティーナにそっと声を掛けた。


「……もう、大丈夫か?」

「う、うん……。ごめんなさい……。ラルスの服、私の涙と鼻水でグシャグシャ……」

「ははっ、オレも身体動かして汗でビショビショだったから気にしねぇよ。鍛練する時汗かくから、いつも着替え持ってきてんだ。ちょっと待ってな」


 ラルスはスティーナを優しく離すと、素早く着替え始めた。


「これで良し、と。そうだ、オレ汗臭かったよな。ゴメン、女の子にはキツかったな」

「ううん……私、ラルスの匂い好き。優しくて、落ち着く匂い……」


 スティーナはそう言うと目を閉じ、ラルスの胸にコツンと額を当てる。直後、彼の身体がピシッと固まった。


「……スティーナ? そういう台詞とそういう行動は、無闇矢鱈に男にするもんじゃないぞ?」

「? ラルスにしかしないよ?」


 こてんと首を傾げて、先程泣いて潤んだ瞳でラルスを見上げてくるスティーナ。

 彼は天を仰ぎ顔を掌で覆った。


「……あーー……。参ったなぁ……」

「?」

「……よしっ。じゃあ、お前の好きなオレの匂いを存分に嗅ぐがいいっ!」


 ラルスはスティーナを覆うように抱きしめ、自分の胸にギュッと押し付ける。


「ラルス……苦しい……」

「ははっ」


 ラルスはひとしきり笑うと、スティーナの顔を優しく覗き込んだ。



「……話せそうか?」

「……っ」



 スティーナの表情が硬く強張る。



(もう何もかも話してしまいたい。けれど、話したらラルスに嫌われてしまう。私に失望してしまう……。それは、やだ……)



「……大丈夫だ、スティーナ。オレはお前の話がどんな内容だろうと、お前を嫌わない。お前はオレの大切な仲間だし、何か理由があるって分かってるからな。オレの顔を見ながら話すのが辛いってなら、そうだな……」


 ラルスはドカッとその場に腰を下ろして胡座をかく。すぐさまスティーナの腕を引っ張り、自分の胡座の上に向かい合わせに乗せた。

 そして落ちないようスティーナの腰に腕を回し、彼女の頭に手を置くと、己の肩にその顔を優しく押し付ける。


「ずっと立ってるのも疲れるだろ。これで顔が見えねぇし、好きな時に話してくれ」


 かなり密着していて、心臓の音もラルスに聞こえてしまいそうなくらいだが、自分を不安にさせない為だろうし、スティーナは彼の沢山の気遣いが嬉しかった。


(ラルスの心臓の音も聞こえる……)


 少し早めに刻まれるその鼓動に、酷く安心感を感じる。

 ふとラルスの表情が気になり、顔を僅かにずらして横を見ると、彼は真顔で前を向いていたが、心なし顔が赤くなっているように見えたのは気の所為だろうか。


 頭を優しく撫でてくれる心地良さも後押しし、彼女は全てを彼に話した。

 拙いながらも、一生懸命に。



 話し終わった後、自分の髪を梳いてくれていた指が止まり、暫くしてラルスの身体が震え始める。


「…………?」


 不思議に思ってそっと横を向くと、ラルスが思いっ切り夜叉の顔になっていた。



「ひゃっ!?」

「……んだよ、ソイツ……。魔王の側近、ブラエ・ノービスだっけ? クソ野郎……ゴミ、カス野郎だ!! 地獄の業火に焼かれて完全消滅しろッ!!」



 勇者らしかぬ言葉を羅列するラルスを、スティーナは口をあんぐりと開けて見つめる。

 ラルスはひとしきりブラエに悪態をついた後、スティーナの身体を強く抱きしめた。



「すごく辛かったよな、スティーナ。気付けなくてゴメンな?」

「…………っ」



 耳元で聞こえた優しい言葉に再び涙腺が緩み、スティーナは慌ててラルスの肩に顔を押し付けた。

 彼は情に満ちた手でスティーナの背中をポンポン叩くと、ゆっくりと立ち上がる。



「よし、じゃあ今から魔界に行ってソイツブッ殺してくるわ」

「へっ!?」



 予想外の台詞に、スティーナは素っ頓狂な声を上げてしまった。

 “倒す”じゃなくて“ブッ殺す”――心優しいラルスが如何にキレてるか分かる表現だ。


「魔界と人間界の時差は無いだろ? ならこっちから奇襲をかける。夜だからさすがにソイツも寝てるだろ。そしてヤツがお前の家族を殺す前にこっちがヤツを仕留める。ヤツは生かしといても百害あって一利なし、だ。で、お前の家族を救出する」

「で、でも、『移動ロール』は魔力を使うから、それでブラエが気付くかも……」

「この『移動ロール』は、細かい場所の指定を魔力で書き込み出来るんだ。お前、魔城にある魔王の間の場所分かるだろ? それを書き込んでくれ。直接そこに飛べば、魔都に張ってある結界なんて関係ねぇし、ヤツが気付いた時にはもう敵の懐ん中だ。あっという間に終わらせてやる。ついでに魔王も倒してくるわ」

「…………!」


 ラルスは本気で言っている。魔王をついで扱いするのも彼らしい。

 月の光に力強く照らされニッと笑う彼は、とても頼もしく見えた。



 この人なら出来る。――そんな希望まで湧いてくる。



「ここにいたのか。こんな時間になっても宿屋に帰ってきてないから心配したぞ」



 二人のよく知っている声がし、振り返るとイグナートが町の方から歩いてきた。


「丁度良かった、イグナート。スティーナを頼む。オレ、これからちょっくら魔界に行ってくるわ」

「……はぁっ!? 今から!? 突然何言ってんだお前は!?」

「事情が変わった。早く魔界に――」


 その瞬間、彼は強力な魔力を察し、やにわにスティーナを抱き寄せ身を伏せた。


「ぐはッ!!」


 刹那、イグナートが物凄い速さでふっ飛ばされる。



「イグナートッ!!」



 ラルスは咄嗟にイグナートに向けて魔法を飛ばした。

 イグナートの身体がドガッと大きな音を立てて木に激突する。ぶつかった箇所が強い衝撃で真横に裂け、木がズシンと倒れた。

 イグナートは地面に叩きつけられ、そのまま動かなくなる。


「イグナートっ!?」

「大丈夫だ、イグナートは無事だ。ぶつかる前に防御魔法を掛けたから、ただ気絶してるだけだ。けど、魔法を掛けなかったら危なかったな……」


 ラルスはスティーナを守るように腕の中に閉じ込め、辺りを見回す。



「貴方なら避けると思っていましたよ、勇者殿」



 不意に聞こえたその声に、スティーナの顔色がサーッと青くなる。

 彼女の小刻みに震える肌を感じ取り、ラルスはその声の人物に大きく舌打ちをした。






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