15.魔女の過去 ――三人の旅路
『移動ロール』を使ってサブルフェード帝国に連れて来られたスティーナは、帝都近くで暴れていた巨大な魔物と対峙した。
ブラエの手筈通りに、なるべく派手で目立つ魔法を使って一撃で倒す。
凶悪な魔物を瞬殺した女魔道士の噂は一気に帝都内に駆け巡り、それが皇帝の耳に入るのは時間の問題だった。
そして順調に事は進み、スティーナは無事に勇者の仲間として迎え入れられる事になった。
それから数日後、トゥディルム神殿の謁見室で、スティーナは初めて勇者と対面した。
「スティーナ・ウェントル、だったな? 初めましてだな、オレはラルス・フォルティマ。年は二十四だ。よろしくな」
長身で引き締まった体躯。癖っ毛の短い金髪に、澄んだ大空のように鮮やかな蒼色の瞳。ニッと笑う顔は無邪気な少年のようで。
勇者と言えば、もっと偉そうで高飛車なイメージを持っていたスティーナは面食らってしまった。
「は、はい……。よろしくお願いします……」
「タメ口でいいぜ? その方がオレも気が楽だし。年上だからって気にすんなよ?」
「は……う、うん……」
「よし、素直でいい子だ。で、こっちにいるのが、イグナート・エレシュム。オレの幼馴染で友人の、もう一人の仲間だ。えーと、歳は確か二十一……だっけ?」
「忘れるなよ……。どれだけ一緒にいると思ってんだ」
「ははっ、悪ぃ悪ぃ」
からからと笑うラルスの隣で仏頂面を見せているのが、アクア色の髪を後ろで一つに束ね、パープルの神秘的な瞳を持つ美青年、イグナートだった。
(仲、良いんだな……。私も勇者と仲良くなれるかな……。でももしなれたとしても、最後は殺さなきゃいけないし……。……やれるかな……。――ううん、やらなきゃ。もう一度、私の家族と一緒に暮らす為に)
「……スティーナ? そんなに見つめられると、流石のオレも照れちゃうぜ?」
「あっ……ご、ごめんなさい」
「いや? こんな可愛い子に見つめられて、男冥利に尽きるってな」
「またお前は軽々しくそういう事を言う……」
「お前が堅っ苦しいだけだろ〜。もっと柔らかくなんなきゃ女の子にモテないぞ? 折角カッコイイのに勿体無いぜ?」
「空の広さより大きなお世話だ」
くだらない言い争いを始めた二人が可笑しくて、スティーナは思わずクスリと笑ってしまう。
二人はそれを見てお互いに顔を見合わせ、また彼女の方を向いた。
「……お前、そういう顔も出来るんだな」
「すっげぇ可愛かったよな?」
「え? ……え?」
「いや、そんな顔をこれからもっと見せてくれって事で、今後ともよろしくな!」
こうして三人は常に共にいるようになった。
魔界へ行く為の『移動ロール』を作成するのに月日が必要との事で、完成を待つ間、ラルスの希望で、魔物で困っている人達を助ける為にあちこち旅をした。
一緒に旅をして分かった事は、ラルスは本当にお人好しで、困っている人が目の前にいたら放っておけず、例え急ぐ用があっても助けるのだ。
イグナートはそんな彼に文句を言いながらも補助をする。気心の知れた仲のようで、お互いを大切に想い合っている事が伝わってきた。
(……そっか、この二人は多分――)
もう一つ分かったのは、ラルスは自分の力を過信していない。時間を見つけて修練している姿や、イグナートを相手に剣を交えている姿を何度も目にしている。
勇者という肩書きに驕る事もなく、素直にすごいな、とスティーナは思った。
ラルスは気さくな性格で、スティーナにも気軽に話し掛けてきた。
人間界は魔界と生活が似ている所があるが、節々で違う点もある。
スティーナは度々とんでもない間違いをし、ラルスには笑われ、イグナートには呆れられていた。
今まで周りに接点を持たず、家族だけで暮らしてきた事も、スティーナの世間知らずを助長していた。
「箱入り娘だったのか、お前? よくそんな知識で生活出来てたな〜。ある意味尊敬するわ」
と、ラルスにも感心(?)されたほどだ。
けれどそういう軽口を叩きつつも、スティーナが失敗をする度、ラルスはいつも優しく教えてくれた。
イグナートは、突然仲間になった彼女を訝しんでいるのか、暫くは堅苦しい態度のままだった。
この前、イグナートが魔物との戦闘で負傷してしまった事があった。スティーナがすぐに駆け付け回復魔法で治した時、
「……助かった」
とぶっきらぼうに言われ、顔を見ると目を逸らしているが少し頬が赤くなっており、照れていると分かってクスリと笑ってしまった。
「……何で笑うんだよ」
「ううん。また怪我したらすぐに呼んでね。痛いのは、とても……辛いでしょう?」
そう言ってスティーナはふわりと微笑むと、イグナートは顔を赤くし、ビキッと固まってしまった。
「……どうしたの?」
「…………いや、何でもない」
「うん……?」
その日から、イグナートの態度が少し緩和したように感じたのは、彼女の気の所為だっただろうか。
エメラルド色の子供ドラゴン、エルドと出会ったのもこの頃だ。
凶暴で屈強な魔物に襲われ、大怪我して横たわっていたのをスティーナが回復魔法で治したのだ。魔物はラルスとイグナートによって倒された。
それがキッカケで子供ドラゴンがスティーナに懐き、彼女も楽しげにドラゴンとお喋りしていた。
ラルスとイグナートは、スティーナが一方的にドラゴンに話し掛けてると思っていたが、実際は普通に一人と一匹で会話していた。
スティーナはドラゴンの言葉が分かるのだ。魔族には、稀に魔獣やドラゴンと話せる者がいるのだが、彼女がそれに当てはまった。
子供ドラゴンは、親がどこかに行ったまま戻ってこない、まだ名前が無いと言うので、スティーナは名付けについて二人に訊いてみる事にした。
「この子の名前を付けたいんだけど、どんな名前がいいかな?」
「名前ねぇ……。んー……そうだなぁ、『ドラ坊』なんてどうだ?」
「ドラゴンを略して『ドン』でいいだろ」
『やだーっ! どれもやだーっ!!』
「……わ、私が決めていいかな……? エメラルド色から取って、『エルド』はどう?」
『カッコイイ! それがいいーっ!』
「……オレ達の時は怒ってたのに、めっちゃ喜んでるな……。何だよ、『ドラ坊』かわいいじゃん〜」
「『ドン』、言いやすいのにな……」
「あはは……」
エルドは『スティについてく!』と言ったが、子供ドラゴンは魔物に襲われやすく、ラルス達は強力な魔物達を日々相手にしている。
一緒に行くのは危険だと判断した三人は、ここで別れる事にした。
「じゃあね、エルド。自分の棲み家にちゃんと帰るんだよ? もしかしたらお父さんやお母さんが戻ってくるかもしれないから。大きな魔物が出てきたら、すぐ逃げる事! もし困ってる人がいたら守ってあげてね? また会いに来るから」
『……うん、分かった。ボク、スティが会いに来るのずっと待ってるね!』
エルドと別れた後、寂しそうにしていたスティーナの頭を優しく撫でてきたラルス。
スティーナは、彼に少しずつ心を許している自分を感じていた。
それと比例して、心の重苦しさがどんどんと増していく。
(……いずれラルスを殺さなきゃいけないのに……。私は、どうしてこんな――)
スティーナは、「離さずに付けていなさい」とブラエから渡された腕輪に目を落とす。
赤い色の、何の飾り気もない簡素な腕輪だ。
本当は今すぐにでも投げ捨てたかったが、家族の命が掛かっている為、無闇な行動は出来ない。
その腕輪が、ずっしりと岩のように重たく感じた……。




