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14.魔女の過去 ――最悪の始まり






 スティーナの人生が狂わされたのは、今から三年前、彼女が十八歳の時。

 高い魔力を持っていると露呈してしまったからだ。


 魔王の側近である、ブラエ・ノービスに。




 スティーナは元々魔界の住人だった。

 父エンリ・ウェントルと、母ペトロ・ウェントル、彼女の妹アグネ・ウェントルの四人家族で、魔都から離れた森の中で自給自足をし、他の魔族達とはほぼ会わずにひっそりと暮らしていた。


 何故そんな生活をしていたのか。それは、母ペトロが人間だったからだ。

 どこからか魔界に迷い込んできたペトロをエンリが発見したのが二人の馴れ初めだ。


 ここ魔界では、人間が入り込んできたら、発見次第問答無用で殺さなくてはならない。それは、今代魔王の統治から制定されたものだった。

 優しい心を持ち、争い事が嫌いなエンリは、ペトロを見殺しには出来ずに彼が一人で住む家に匿った。

 ペトロに最初から魔界の毒が効いていなかったのも、二人がここで長く一緒にいられるきっかけとなる。


 活発で豪快なペトロと、いつも穏やかで優しいエンリは相性が良く、極自然に二人は友人から恋人へ、恋人から夫婦へと形を変えていった。



 そして程なくして、髪の色がエンリ似の、エメラルドグリーンの瞳を持ったスティーナが産まれ、それから二年後に、ブラウンの髪と瞳の色がペトロに似たアグネが誕生した。



 自給自足の生活は不便な事もあったが、ペトロが人間界では調合師をしていた為、魔界の薬草で熱冷ましや風邪薬を調合出来たのも生活に大いに役に立った。

 スティーナが十二歳の頃、風魔法を使用出来る事が分かり、彼女は家族の為に沢山勉強して様々な風魔法を習得した。


 何より四人はとても仲が良く、スティーナはこの幸せな生活がずっと続きますようにといつも祈っていたのだった。




 その生活が一変したのは、エンリが一人で狩りに出掛けた際に野獣に襲われ、重症を負ってしまった時だった。

 傷が深く、もう助からない程の大怪我で、エンリの命の灯火が徐々に小さくなっていくのが分かった。

 しかし、ペトロとアグネが泣きながら父の名を呼んでいる隣で、スティーナは彼の命を諦めていなかった。



(嫌だ……こんなの……。絶対に嫌だっ! お父さんを必ず助けるんだからっ!! お願い、どうか私に力を下さいっ!!)



 スティーナはありったけの力を両手に込める。

 すると両手が淡いピンク色に包まれ、それがエンリの身体全体を覆う。眩い輝きと共に、みるみる怪我が治っていったのだ。

 傷も消え、すっかり元気になったエンリに三人は抱きつき、安心感からワンワン声を出して号泣する。


「お父さんの先祖に、二系統の魔法が使える偉大な魔道士がいたそうなんだ。もしかしたら、スティーナは先祖返りをしたのかもしれないね。ありがとう、スティーナ」


 三人をしっかりと抱き留め、エンリはスティーナの頭を撫でながらそう言った。

 その時に、スティーナの瞳はピンクとエメラルドグリーンのグラデーションに変わったのだった。




 そして、またいつもの生活が始まると思っていた翌日の朝。

 ウェントル家に魔城の兵士達がぞろぞろとやってきて、有無を言わさず四人を捕らえ、城へと連行されてしまった。


 スティーナは家族と無理矢理離れ離れにされ、魔力測定装置で魔力を測られる。

 彼女はその間もずっと家族の事を想っていた。



(お母さん、人間だって気付かれてないかな……。念の為に、いつも偽物の角を付けてるから大丈夫だと思うけど……。早く皆に会いたいな……)



 その後魔王の間に一人で連れて来られたスティーナは、重々しい玉座に二十歳前後の男が座っているのを見た。

 短い黒髪に白目部分が褐色、瞳の色が光の無い深紅に染まったその美青年は、今代の魔王、テオシウス・レギ・フィーリウだ。背中に漆黒の立派な翼が生えている。


 その隣に立っていたのが、身長二メートル強の、長い白髪で肌が黒く、頭の両端に大きなツノが生えている細身の男だった。

 白目の部分は黒く染まり、瞳は血のような禍々しい赤い色だ。ゆったりとした黒のローブを着ている。


 魔力がかなり高い事が雰囲気でも分かり、スティーナは我知らず大きく身震いをした。



「初めまして、お嬢さん。私は魔王様の側近の、ブラエ・ノービスと申します。貴女の魔力を感知して、こちらに登城して頂きました。先程魔力を測らせて頂きましたが、大変素晴らしい。他の者には無い逸材です。早速ですが、貴女を見込んでお願いがあるのです。宜しければ聞いて頂けますか?」



 言葉では下手に言っているが、有無を言わさない圧力を感じる。

 それでも嫌な予感しかなく、返事に迷っていたスティーナに、ブラエはふぅと息を漏らした。



「言い方を変えましょうか。貴女の家族の命は私が握っています。お願いを聞き入れて頂けないのなら、今すぐにでも貴女の家族を殺して参りましょう」

「……なっ!? 待って……下さいっ!!」



 言い終わった途端魔王の間を出ようとするブラエを、スティーナが慌てて止める。



(雰囲気で分かる……。この人は、殺すと決めたら絶対に殺す非情な人だ。私の家族は私が守らなきゃ……! けど、私はこの人より弱い。今もこの人から出ている魔力に押し潰されそうだもの……。歯向かったら即座に殺される。……この人には逆らえない……)



 ブラエは口の端を持ち上げ、唇を噛んでいる彼女の方を向いた。

 

「……お願い、聞いて頂けますか?」

「…………は、い」

「良かった。そう言うと信じていましたよ」

「…………」

「では早速お伝えしますね。貴女には人間界に行ってもらい、そこで帝国の勇者の仲間となり、彼と親しくなった後殺して欲しいのです。簡単でしょう?」



 子供にお使いを頼むような軽い口調でとんでもない事を言うブラエを、スティーナは思わず見返してしまった。



「…………え?」

「ふむ、貴女の魔族の証はその尻尾だけですね。通常はもっとあるのですが……。貴女は実に運が良い」

「…………」



 魔族には角や尻尾、目の色や羽等、魔族特有の証が幾つか付いているのだが、スティーナの身体は人間の母に似たのか、お尻の上に尻尾が一つ付いているだけだった。



「帝都には魔族と魔物が入れない結界が張ってあるそうです。恐らく我等の証に反応するのでしょう。なので、人間界に行く前にそれは切って貰います。複数無くて良かったですねぇ。切り落とす数が増す毎に、苦しみと激痛で死ぬ確率が多くなりますから。だから間諜として帝都に送り込もうとしても、皆さん証を切ってる途中で死ぬので困るんですよねぇ」

「こ、これ……は……」


 父エンリとお揃いで、スティーナ自身も気に入っていた尻尾だった。


「魔族の証が無くなる事によって、貴女は魔族ではなくなり、人間界に漂う毒も効かなくなる筈です。あぁ、魔界の空気に関しては心配ないですよ。貴女は産まれた時からここに住んでいるので、耐性が付いている筈ですから、魔界でも普通に過ごせます。家族とまた一緒に暮らしたいでしょう? 勇者を殺せば、今まで通りの生活に戻れますよ」

「…………」

「帝都近くに強力な魔物を放ちます。それを貴女が魔法で派手に目立って倒して下さい。帝国では魔道士不足らしいので、その腕を買われ勇者の仲間になる事が出来るでしょう。そして勇者と親交を深め、彼が貴女に心を許した時、殺して下さい。信じてた仲間に殺され、深く絶望を味わいながら勇者は逝くんですよ。最ッ高のシチュエーションでしょう?」


 ブラエはヒャハハッと下品な笑い声を上げる。



(そんな事、出来ないよ……。でもやらないと、お父さんやお母さん、アグネが殺されてしまう……)



「期限は……そうですね。親交が長ければ、その分勇者の絶望感も増えていきますし……。一年から一年半を目安にしましょうか。いいですね?」

「……………。は、い……」

「――さぁ、善は急げです。尻尾を切らせて貰いますよ。その後『移動ロール』を使って帝都近くに連れて行きますので、計画を開始して下さい。貴女の前には姿を見せませんが、時々様子を見に行きますからね?」

「…………」



 結局スティーナは、首を縦に振るしか無かった。



 ――その間、魔王は一言も言葉を発しなかった。



 尻尾を切り取られ、激痛に咽び泣きながら苦しむスティーナを、どんよりとした紅い瞳で虚ろに見ているだけだった――






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