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12.魔女はすり抜ける






「…………ッ!?」



 その時、イグナートは禍々しく強い魔力がこちらに近付いてくるのを感じ取った。


「……悪い、スティーナ。話は後だ。今から一切声を出さないでくれ。遮断魔法を掛ける」

「え……? あっ――」


 早口で説明すると、イグナートはスティーナを引き寄せ、自分の胸の中に閉じ込める。

 魔法を複数に掛ける場合、それを使う者に密着するほど、効力が落ちないのだ。



「『水よ、彼の者達を包み込み一切の気配を遮断せよ』」



 刹那、イグナート達の身体が半透明な膜に覆われる。

 これは、完全に気配を消す水属性の魔法だ。魔力を僅かしか使わないので、イグナートのように魔力を感じ取れる者でも感知される心配がない。



(嫌な予感がする……。恐らく、気付かれたらヤバいヤツだ。緑ドラゴンは……完全に気配を消してるな。頼むからそのままでいろよ)



 そして、程なくしてその男が突然姿を現した。

 『移動ロール』を使ったのだろう、手に巻物を持っている。


 その男を見て、イグナートは危うく声を出しそうになった。スティーナの身体もビクリと波立つ。



(ま、魔族ッ!?)



 細身だが二メートルは優に超え、長い白髪を持ち肌が黒い。白目の部分は黒く染まり、瞳は血のような鮮やかな赤い色だ。頭の両端に、羊のような大きなツノが生えている。


(嘘だろ、魔族が人間界に来た……!? 魔族にとって、人間界の空気は毒な筈だ。吸ってしまうと身体が蝕まれ、酷く苦しみやがては死に至る……。それなのにここに来ただと……? 毒に耐性がある魔族か!?)



「ふむ……。私の魔力が途切れたのを感じて来てみれば、見事にバラバラにされてますね。簡単に剥がれないように強い魔力を注いだのですが……。それ以上の強い力をぶつけられたんでしょう。そこら辺の獣には出来る筈無いですし、人間ども……魔道士の仕業ですね」



 男が独り言を呟き始めた。言葉が聞き取れるので、魔界と人間界は共通の言語を使っているのだろう。


「呪詛の札に私の魔力を込めて、この帝国に住み着くドラゴン達に貼る。成功すれば、ドラゴン達を洗脳して私が出向く事なく帝国の人間どもを攻撃出来たのですが、こんな簡単に破けてしまうようなら実践はまだ不可能ですね。試したのが一匹で良かった。費用も掛かりますし。……やれやれ、また改善に時間が掛かりますね。これでも結構頑張った力作だったんですがねぇ」



(一人なのにベラベラとよく喋るヤツだな……。お喋り好きな性格か? まぁそのお蔭で、ブラックドラゴンの町への襲撃はヤツの仕業って事が分かったが……)



「――あぁ、やはり人間どもの世界は酷く臭いし苦しいし、長くはいられない。この厄介な毒さえ無ければ、我等魔族が人間どもの世界を征服するのは赤子の手をひねるように簡単なのに。全く忌々しいですねぇ」

「…………!」


 イグナートはその言葉に激しい怒りを覚えたが、グッと我慢する。


「勇者がいるこの帝国を最初に征服出来れば、残った国はすぐに堕とせるんですよ。だから毒の効かない魔物達で制圧しようとしたのに、思いの外帝国の人間どもがしぶといときた。なので時間を掛けて今回の力作を作ったのに上手く行かないとは……。全く嫌になりますよ。勇者不在の今が好機なのに悔しいですねぇ。――まぁ良いでしょう。次の作戦に移りましょうか」



 男は呟きを終えると、再び『移動ロール』を使ってその場から消え去った。



「……完全にいなくなった、か? あれが魔族……実物は初めて見たな。にしても、誰もいないのをいい事に好き勝手言ってくれやがって。独り言大き過ぎだろあの魔族。何やら企んでる感じだったし、念の為バルトに伝えるか」


 イグナートは深く息を吐き、遮断魔法を解除する。


「……スティーナ? 大丈夫か――」


 自分の腕の中でやけに大人しいスティーナに疑問を感じ、イグナートは彼女に目を向けると言葉を呑み込む。



 彼女の表情が、今まで見た事も無い怒りと憎しみの入り混じったものになっていたのだ。



「……思い……出した。――全部」



 ポツリと呟くと、スティーナは油断していたイグナートの腕からスルリとすり抜け、スッと立ち上がる。


「しまっ――」

「……ありがとう、イグナート。あいつに見つかっていたら、私達確実に殺されてた」

「……あいつ……? お前、ヤツを知ってるのか!?」


 イグナートの問い掛けに、スティーナは彼の方に振り返ると、ふわりと微笑んだ。



「イグナート。私、必ずあなたとラルスを会わせるから。だから、それまではあなたから逃げさせて? お願い――」

「ラルスに会わせるって、お前まさか――」

「…………」



 スティーナは、ただ黙って笑みをたたえる。

 その儚げな微笑みに見惚れ、イグナートの言葉と動きが止まった。



「……エルド、いい子だったわ。もう大丈夫よ」

『……ん〜? あ、おはようスティ。いつの間にかボク寝ちゃってたよ』

「ふふ、おはよう。起きてすぐに悪いけど、大きくなって私を乗せてくれる?」

『うん、いいよ〜!』



 エルドの身体がみるみる大きくなる。スティーナがその背中に飛び乗ったところで、イグナートがハッと我を取り戻した。



「スティーナ、待て……ッ!!」

「ブラックドラゴンの件は、あなたが解決した事にしてね。……ごめんなさい」



 イグナートの呼び掛けにスティーナは悲しげに微笑みを浮かべると、翼をはためかせたエルドと共に飛び立ってしまった。




「スティーナァッッ!!」




 イグナートの絶叫が、大空に虚しくこだました――






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