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10.その微笑みを向ける先は






 ペラギアは、イグナートを最初に見掛けた時からその美麗さに恋慕を抱き、彼と婚約したいと父である皇帝にずっと強請っていた。

 けれどイグナートが頑なに首を縦には振らず、皇帝も帝国に大きく貢献している彼に強く言えず、平行線のまま時は過ぎていった。



 そんな頃、『魔道士団団長は、団長室にある棺に大層ご熱心だ』という噂を聞き、好奇心を抱いたペラギアは一人で団長室を覗きに行ったのだ。

 音を立てないように慎重に扉を引き、目だけ覗けるくらいの幅を開ける。


 運が良い事にイグナートは団長室にいた。休憩中なのだろうか、例の棺の傍に片膝を突いてそれを見つめている。蓋は開けられていた。

 彼は棺に一心で、こちらには気付いていないようだ。


(あぁ、相変わらずイグナート様は麗しいですわ……。その俯き加減も素敵過ぎですわ……)


 ペラギアがうっとりとイグナートを眺めていたところ――



「…………っ!」



 ペラギアは見てしまった。

 イグナートが蕩けるような微笑みを浮かべ、棺の内部に顔を伏せるのを。

 そんな表情は今まで一度だって見た事が無い。ペラギアの鼓動が、今までで一番大きく高鳴った。

 顔を上げたイグナートは、慈愛に満ちた面持ちで棺の中に手を差し込み、それを動かした仕草をした後、再び顔を沈める。


(棺の中に口づけをした……!?)


 彼の行動からしてきっとそうだ。

 ペラギアは足音を立てないよう静かに後退りをし、急いで団長室を離れた。

 彼女の心は高揚感と嫉妬心でグルグル渦巻いていた。

 彼のとても貴重な面差しを見られたという歓喜と、それが棺に向けられたのが許せないという屈辱だ。



(あの美しいお顔は本来ワタクシに向けられるものよ! あんな汚らわしい棺なんかじゃなくて! ……そうよ、あの棺があるからいけないんだわ! アレが無くなれば、あの方はワタクシに笑顔を向けて下さるに違いないわ!)



 そして、イグナートが魔物退治に派遣され皇城を不在している時、ペラギアは勝手に団長室へ入ってしまった。

 団長室は、団長が認めた者以外は入室不可の決まりがある。

 けれどペラギアは「ワタクシはこの帝国の皇女だから問題ないでしょ〜?」と命令して連れてきた数人の護衛騎士達に棺を運ばせ、壊すのは気味悪いからと、帝国一大きな川にそのまま投げ捨てたのだ。


 バルトロマもその日は出掛けていて、事件を知ったのは半日も経った後だった。

 棺を投げ捨てた川は流れが早く、しかも途中から十何本も分かれている。どの方向へ流れて行ったのか、それとも途中で沈んでしまったか……。


 どちらにせよ、棺を探し出すのは絶望的だった。



 戻ってきたイグナートはすぐさま棺が無い事に気付き、バルトロマが恐る恐る事情を話すと、案の定彼は怒髪天を衝くほど怒り狂った。

 皇城を破壊する勢いの彼を必死で制止し、二人は現皇帝でありペラギアの父親――マテウス・ドム・サブルフェードに、問答無用での謁見を申し出た。



「皇女の行動は『不法侵入』、そして『窃盗罪』もしくは『器物損壊罪』になるかと。皇女に対し、告訴をお許し願いたい。そして業務の合間に、皇女が投棄した棺を探す許可を頂きたい」



 皇帝であるマテウスの前では一応真面目な顔立ちを作っているが、怒りが抑え切れていない為、事の経緯を説明するイグナートの周りは絶対零度の冷たさだった。

 隣にいるバルトロマが凍死しそうだと思えるくらいに。

 マテウスも、その凍えるような冷気に当てられ真っ青の顔で震えていたが、溺愛する一人娘の為、何とか穏便に済まそうと妥協策を提案する。



 結果、ペラギアは厳重注意だけに留まり、代わりに魔道士団団長室の周囲に近付く事及び出入り絶対禁止、彼女との婚約は今後も一切無し、その話をする事自体禁止との約束を取り付け、そして業務の合間に棺を探す許可も得た。



 それからイグナートは半年間、スティーナが生存している事を信じて棺を探し続けていたのだ。



「……貴女は幼児からやり直しをされた方がいいですね。人の物は勝手に盗むな、捨てるなという極当たり前の常識をお持ちで無いようですから」



(わぁーっ! イグナート!! いくら許さないからって皇女様に嫌味を言うなよ〜!!)



 ペラギアはそれを聞き、顔を茹でダコのように真っ赤にさせる。


「……ま、ま、まぁ〜っ! ワタクシはアナタ様の事を想って――」

「私の事をお想いなら、今後一切目の前に現われないで頂きたい。話し掛けないで頂きたい。非常に不愉快ですので」

「ひっ、ヒドイッ! ヒドイですわあぁ〜〜っっ!!」


 ペラギアは両手で顔を包み込むと、ワッと泣き出してしまった。


「おっ、皇女様! しっかりなさって下さい!」

「い、イグナート様はきっとご冗談を仰ったのですよ! 恐らく本気では無いですから、ね!?」


 侍女二人が必死になってペラギアを慰めているのを、イグナートが冷めた目で一瞥し、そのまま歩き出した。



(はぁ……。スティーナちゃんの事になると、皇族にも喧嘩売るんだから……。危なっかしいったらありゃしない……)



「でもイグナート様がぁ、ワタクシを見て下さってぇ、お話も出来ましたわぁ〜。うふふ〜〜!」

「え……? ……えぇ、えぇ! 良かったですわね、ペラギア様! またお話出来る機会があると思いますわ!」

「え……と、その、幼児からやり直しというのは、幼い頃の可愛らしいペラギア様も拝見したいという事ですよ、きっと!」

「えぇ〜〜? うふふふ、照れますわぁ〜〜!」



(えーっ!? 全く懲りてないよ皇女様!? 心臓にビッシリ毛が生えてるんじゃない!? 侍女達も余計な事言うなよっ!)


 ペラギア達のはしゃぐ姿に声無きツッコミを入れ、バルトロマは足早にそこを立ち去るイグナートを追う。

 すると突然イグナートが足を止め、バルトロマは彼の背中に鼻をぶつけてしまった。


「った〜! どうしたイグナート、いきなり立ち止まって――」

「スティーナの魔力を感じた。方向は……トーテの町の北……か?」

「トーテの北……? 確かその方向はネークスの町があるな。ほら、さっき言ったブラックドラゴンが出たっていう――」

「借りるぞ」


 イグナートは最後まで聞かずにバルトロマから『移動ロール』をひったくると、即座にそれを発動させる。

 瞬間、イグナートの身体がパッと消えた。



「……それ、借りると言うより奪うだけど……。ホント、スティーナちゃんの事になると必死なんだから。彼女が生きてて心底良かったよ。でないと、皇城どころか帝国がどうなっていたか……」



 残されたバルトロマは、やれやれと小さく苦笑した。






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