百鬼夜行。
【百鬼夜行】
(一)
日本古来から伝わる、深夜に鬼や妖怪等の魑魅魍魎が跋扈するさま。また、彼らの行進・行列を指す。百鬼夜行と遭遇した者は死する、という言い伝えも残されており、当時の高身分な者(貴族らが該当する)は百鬼夜行が訪れるとされる時刻は外出を控えたという。
また、百鬼夜行に遭遇した際には酒に酔っているといった旨の念仏を唱えると、百鬼夜行の怪害を避けられるという伝説もある。
かの有名な安倍晴明は深夜、複数の鬼を発見して急いで師に伝え、師はそれらを祓い、その術を晴明は吸収して陰陽道を歩んだとも伝わる。
(二)
怪しい者達が勝手気ままに振る舞い、悪事が蔓延るさま。また、その醜い行動が当然化しているさま。
元号が幾つも変遷し「令和」となった現代では、東京・新宿、愛知・名古屋、大阪・道頓堀、福岡・警固等に蔓延していると解釈することもできる。その解釈を確たるものにする為には、次の言葉を引用するのが最も伝わりやすいだろう。
【トー横キッズ】
新宿東宝ビルが完成した二〇一八年頃から、この近辺に屯し始めた若者達を総じて、居酒屋の店員や夜の街を舞う女性達が名付けた名称。
屯する彼等は「キッズ」という軽々しい言葉に反旗と反発を抱え、二〇一九年辺りから「トー横界隈」と自称するようになったという事実も確認されている。
この集団が生まれたきっかけは、自分の行き場を失ったと感じ、それに同調する若者が発達したソーシャル・ネットワーキング・サービスを活用したことで、群れを成したことと思われる。
事態が進行し問題視され始めたのは、二〇二一年頃。このトー横界隈で犯罪行為が徐々に常と化してきた辺りである。
未成年の深夜徘徊を筆頭に、彼らの飲酒・喫煙・市販薬のオーバードーズが可視化され始める。中には集団でホテルに集まってそれらのパーティを開き、薬物中毒によって酩酊のまま、部屋から揃って飛び降り人生に終止符を打った案件もある。
氷山の一角から様々な現実が露見された。暴力行為がインターネット上にアップされて拡散し炎上した事件。淫行及びその斡旋による金銭の流動。メンズ・コンセプトカフェという、ホストよりは比較的気軽に足を運べる場所の存在。そこで「推し」となる人物と出会いを果たした少女は、「推し」に対して売春を重ねて金銭を費やし、幾つもの性病に罹ったという。
いつしかトー横界隈は、所謂「半グレ」と呼ばれる集団の格好の餌と化していた。社会的に見ればまだ十分幼い彼・彼女等が「居場所」を求めていることを逆手に取り、更なる悪行の発端を担った。「パパ活」を筆頭とした売春を繰り返させ、徐々に身体を売ることに抵抗が無くなるように洗脳して、そこから金銭をせしめる輩の跋扈。
事態を重く受け止めざるを得なくなった警察は、二十三時過ぎに徘徊する未成年を一斉に摘発したり、ホテルの巡回を強化して見張りを重ねたりする等の対策に打って出た。しかし、それは表面上の解決であり、大元に複雑怪奇な根を張る「居場所の無さ」の解決には至らない。
摘発を逃れようと新天地に再び新しく根を張り直して流浪の日々を送る者、警察を経由して児童相談所へ送られるも、居場所の無い家庭・学校に戻されてはすぐに元居た場所へ舞い戻るを繰り返す者、当ても無く根を張るでも無くふらふらと街を彷徨う者…。
年ごとに発達を重ねるソーシャル・ネットワーキング・サービスによって、様々な地方にもそれらは新たに生まれ、第二・第三の「トー横キッズ」が現れている。
随分と長い説明になってしまったが、上記の「トー横問題」は現代版の百鬼夜行、と言っても差し支えなかろう。奇怪な人物が集い、悪行を蔓延らせる様は、さながら鬼や唐傘お化け、一つ目小僧、ろくろ首に餓者髑髏といった妖怪が人々に悪行を働く様と何が異なろうか。酒に酔っていれば助かるという言い伝えに至ってはそのままではないか。酔っ払って理性を外し、悪事を犯している自覚を消し飛ばして、同じ穴の狢を見つけては寄りかかり合って現実逃避することで、彼・彼女等は助かっているのではないか。
令和の元号になってから何度目かの春が訪れても、その界隈に迷い込んでくる者達は依然後を絶たない。この物語の中核を背負う「アヤ」という少女もまた、悪行と悪霊が常在する世界に迷い込んだ一人である。