十一話 聖人ならざる彼の贔屓とその反響
「さて、この長い旅路もそろそろ終わりで目的地が近いの…………だからここらで改めて方針の確認というか陽に覚悟を決めておいてほしいのよ」
女神の国への旅は順調というか単調なほどに進んだ。見えざる獣に食い尽くされた世界は平坦な荒野続きで、障害物と言えば時折見受けられる大きな谷や亀裂くらい。それだって結達の力があればあっさりと踏破できてしまった。
そんなわけでこの道中は滞在場所が変わったくらいでそれまでとあまり変わらない生活だったように思う…………まあ、僕の自宅は都市ごと奪われてプライベートは消滅してるけどそれも今更だ。
ともあれ旅は順調で晴香によれば女神の国まで数日のところまで来ていて、これからは気づかれないよう慎重に進む必要があるとのことだった。そのタイミングで結は僕に対して大事な話があると告げて、前述のように覚悟を求めてきたのだ。
「以前に女神の国にどう対応するのか尋ねたときに、陽は最後まで話し合うことを諦めたくないとわたくし達に言ったの…………実に甘っちょろくて陽らしい答えだったの。外れるとわかっている籤に大金をぶち込む愚かしさなの」
ただ、と結は続ける。
「そんな陽だからこそわたくしは全力で甘やかすの。その甘っちょろい考えを全力で肯定してあげるのよ…………その証拠はそこに立っているの」
ちらりと結が視線を向けて、それを受けた環奈がむすっと眉をしかめる。生きた実例にされたのが不本意なのだろうけど、結の言う通りそれは事実でもある。本来であれば結たちは情報が欲しくとも環奈を生かしておくことによるリスクが大きいと感じていたはずだ。
だからできれば短時間の拷問で情報を引き出してとっとと始末してしまいたかったのだろう…………僕に説得するチャンスをくれたのは厳然たる好意だ。
「とはいえそれにも限度はあるの。わたくしたちに陽の甘さを許してあげられる余裕がある限りはいくらでも許すけど…………余裕がなくなれば一切の妥協はしないの。そしてわかっていると思うけど相手の数はわたくし達より多くて、話し合いを持ちかけることなく先制して都市を奪っていったような輩なの」
つまりはそもそも余裕を相手によって大きく削られているのが現状だと結は僕へ告げている。この先で僕の意に沿えない行動を結たちがとることになっても、それは相手の側に原因があるのだぞと先に告げているのだ。
「もちろん努力はするの…………振りではなく本気の努力なのよ。そんなことをして陽に嫌われたくないのだから全力なの」
「嫌わないよ」
それだけはごめんだと不安がって口にする結に被せるように僕は断言する。
「僕は別に聖人じゃないし、善人ってわけでもない」
「きひひ、自分でそう言う奴ほど聖人じみた善人だがな」
「…………今そういうつっこみはやめて」
からかうような表情の晴香を僕は恨みがましく見やる。
「舞、ジャックにその阿保をトイレにでも放り込ませるの…………陽がわたくしたちをとても喜ばせるようなことを言ういい場面なの。とても邪魔なの」
「ええと…………うん!」
舞が頷いてジャックにお願いすると、彼女の抱きかかえていたクマのぬいぐるみはその手を伸ばして晴香を掴んだ。
「あ、おい! てめえ!」
「ネーサマ、私も加勢していいですか?」
「拳骨くらいにしておくのよ?」
それに抵抗する晴香の姿に夏妃が許可を求め、穏やかな口調で美優が許可する。それと同時に移動し振るわれた拳で晴香の頭が揺れ、その隙にジャックがその体を伸ばした手で移動させていく。
「続けるの」
「ああ…………うん」
何事もなかったように促す結に僕は頷くしかない…………後で晴香を助けてなだめておかないとなあ。
「あー、ええと……………それで、さ。僕も最初は人類を代表して見えざる魔女の皆の希望にならないとなんて気負っていたけど、結局僕は聖人でも善人でもないただの人間なんだよ。僕にできることなんてたかが知れていて、みんなの手を借りなきゃ望んだことの数パーセントだって達成できない」
僕自身の力が何とか貢献できたのは獣の巣の拠点入口を発見できたことくらいだろう。もちろん獣の拠点それ自体はあの一か所だけではなく他にも多く存在するはずだ…………けれど当面の問題は女神の国であって、見えざる獣に関しては前回与えたであろう痛手に対する反応含めて様子見だ。
「もちろんそれだけが理由ってわけじゃないよ。みんなと一緒に過ごしたこれまでの時間は正直言って大変だったけど楽しかった。僕は聖人じゃないから万人を平等に見るなんてことはできそうもない…………どちらかを選ばなくちゃいけないならみんなを選ぶよ」
もちろん最後まで和解の努力はしたいと思うし、それを口にすることの罪悪感は大きい。結たち以外の見えざる魔女たちだって人類存続のための生贄とされた犠牲者だ。その恩恵にあずかって生まれてきた僕としては救えるものなら全ての魔女を救いたい…………ただ、それは無理なのだと僕は理解もしている。そしてその無理を通すために結達の誰かが犠牲になることを僕は許容できないのだ。
だからこそ、僕はこのことをここで言っておかなくてはならなかった。
結に覚悟を確認されるまで言えなかったのは僕の弱さゆえだろう。そのせいで、僕に気を遣ったせいで躊躇って誰かがやられていたら僕は自分が許せなくなるところだった…………本当に僕は助けられてばかりだ。
「たまらないの」
感極まわったように結が頬を赤く染めて僕を見る…………そしてそれは彼女だけではなく舞を除いたみんなも同様だった。舞だけだは単純に嬉しそうな顔をしている。
「こんな密室でわたくし達への思いを露にするなんて…………許可を与えているようなものなのよ?」
「ええと、その…………子供の教育に悪いようなことは駄目かな」
「舞は子供じゃないよー?」
じゅるり、と涎を啜りながら僕を見る結に思わず舞を引き合いに出したら梯子を外される。それはもちろん事実ではあるのだけど実際その性根は子供であるはずなのだから、こんな時に子供特有の子ども扱いされたくない態度は止めてくれないかなーと思うのだ。
「一応僕は真剣に自分の思いを語ったんだよ…………」
それがなぜこういう流れになってしまうのか。別に感動してほしかったわけではないがこの流れを望んでいなかったのだけは確かだ。
「そんなもの、わたくしが陽のことを大好きだからに決まっているの。飢えた猛獣の前に肉をぶら下げたらかぶりつくに決まっているのよ?」
最近はそんな流れがなかったからと、僕が油断しすぎていたということなのだろうか。その反省は今後に生かすとして問題はこの場は密室で逃げ場はなく、なんだかんだで助けてくれそうな晴香は先に隔離されていて…………詰め寄られれば僕も本気で抵抗ができなさそうなことだろうか。
「待て、ニーサマは嫌がってる」
けれどそこに夏妃が割り込んでくれた。僕に対していい妹であろうとする彼女は同時に結へと対抗意識も持っている。それもあって今は彼女へ反対の立場を選んでくれたらしい。
「はっ、そんなことはわかっているの…………ただあれは押し切れる嫌がり方なのよ」
それは的確に僕の心中を読み切った発言だった。
「お前だって本心ではその本能のままに陽に抱き着きたいと思っているのはずなの…………いい子ちゃんでは手に入らないものもあるのよ?」
「…………っ!」
反論の言葉が即座に夏妃から出なかったのはまずい展開だった。
「お姉さんは無理やりよりロマンチックなほうが好みかなあ」
「っ、そうだ! ネーサマの言うとりだ!」
ぼそっと呟いた美優に夏妃が我を取り戻したように叫ぶ。
「ちっ…………切歌はどう思うの?」
誘導に失敗して舌打ちし、二対一から拮抗に持ち込もうと友人の名を結が呼ぶ。
「私は、ちょっと強引、もそそる、けど…………順番が、問題、かな」
「…………その通りなの」
切歌の指摘に結は冷静さを取り戻したように表情を戻す。
「流石にこの場で殺し合いをするほどわたくしは愚かではないの…………ご褒美は宗教バカたちを片づけるまで取っておくの。そのころにはおのずと順番も決まっているのよ」
これでこの場は終わり、としながらも結は好戦的な笑みを浮かべる…………それは他のみんなも同様だった。この先の戦いで手柄をあげて一番をもぎ取るという意思の表れだ。
どうしてこうなった、もう一度僕は心中でそう呟いて諦めたように天井を見上げた。
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