六話 女神の巨像、或いは虚像
「勝ち目が、ない?」
断言する環奈の言葉を僕はそのまま信じることはできなかった。僕は女神の国の魔女たちのことは知らないが、結たちのことはよく知っている。僕の知る限り彼女らがその実力で突破できなかったことなど一度もない。
実際に、環奈があっさりとやられてしまったあの巨大な腕でさえも手痛いおまけ付きで撃退しているのだから。
「戦う前に、やられた負け犬の、癖に、ふひひ」
自尊心を傷つけられたのか珍しく切歌が自発的に口を開いて皮肉を述べる。そしてそれに同感なのか他の皆も冷淡な視線を環奈へと向けていた。
「不意打ちとはいえ私が無様を晒した事実を否定はしませんわ…………ですがそれとあなた達の勝ち目がないことに関係はありませんの」
「きひひ、ねーことはねーだろうが。お前は自分の力を誇っていて、そのお前があっさりと負けた相手を私たちは倒している…………つまり女神の国の魔女どもよりも私らのほうが強いってことになるんだからな」
「…………それを否定はしませんわ」
「あん?」
あっさりとそれを認めた環奈を晴香が訝しむ。流れで言えばそこは再び反発されるところのはずだった。人数差なり人質である都市なり環奈より上の実力者などによって勝ち目がないとそんな話が出るはずなのだ…………そうでなくては僕らに勝ち目がないという話にならないのだから。
「ええと、女神の国にはお姉さんたちよりも強い魔女はいないってことかしら?」
「魔女ではなく聖…………いえ、その通りですわ」
美優へ聖女と訂正させようとして、自分の今の立場を思い出したからかさせることなく環奈は肯定する。
「あなた方とは直接やりあってはいませんが、私もそれなりの実力者と自負しておりますので戦わずとも力は知れますの…………客観的に見て女神の国の魔女はあなた方に劣りますわ。力そのものに大きな差はないにしても経験では大きく劣ります」
「ぬるま湯に浸かっているということ?」
「端的に表すならその通りですわね」
夏妃の指摘に環奈は頷く。個々で都市を守っていた魔女たちと違い女神の国の魔女は数の優位があり私生活でも充実しているという話だった。恵まれた環境であれば命を懸けるような状況も少ないだろうし戦いへの真剣みも欠けていくものだろう。人数がいて分担制になれば当然戦闘の回数だって減るわけでその経験も薄れる。
「数でこそ負けていますが、それは戦略で覆せる程度のものだと思いますわ」
「それならなおさら負ける理由がないの」
さっさと結論を言えと促すように結が口を挟む。環奈の言葉は女神の国の脆弱性を指摘しているだけで僕らの勝ち目のなさを否定しているようにしか思えない。
「つまりあなた達は女神の国の戦力に勝利することはできますの…………ただ、女神そのものに勝つことはできないという話ですわ」
「とりあえず、あのクソ女を女神と呼ぶのは止めるの」
「…………わかりましたわ」
苛立たし気に忠告する結に環奈は何かを飲み込むように頷く。裏切ったと言ってもエリカその人にはまだ恩義を感じているのかもしれない。
「それで、エリカの野郎はそんなに強いのか?」
話をさっさと進めようと直球で晴香が尋ねる。
「強いとかそういうレベルではありませんわ」
「どういうことだ?」
「私たちとあの方では強さの次元が違いますの」
「滅茶苦茶強いってことか?」
「戦いにすらならない相手ということですわ」
「…………」
はっきりと環奈は言葉にするが晴香は憮然とした表情を浮かべた。それは他の皆も同様で納得はできないという表情をしている。それは最初に僕も思ったのと同じで自分たちの実力があちらに劣るとは思えないからだろう。
「あなた達が納得できないのも理解できますわ…………ですがこれは事実ですの。仮に私があの方に挑んだところで何もできずに叩き潰されるくらいの差がありますわね」
「信じられないの」
結も環奈が虚言を述べていると疑っているような表情ではない。けれどその言葉に納得できるはずもないという表情だった。
「わたくしもお前がゴミくず同然の力だからそう思えるんだろうと言うつもりはないの…………ぶっちゃけた話力そのものの大きさで言えばわたくしたちに大差はないはずなのよ。魔女同士の戦いの趨勢を決めるのは力の方向性による相性とそれまでの研鑽の差なの」
「えっと、それはつまり?」
「世界を改ざんできる規模の大きさ…………例えるなら魔力とかMPの量自体はどの魔女も大差ないはずなの。ただ世界に刻み込んだ想念による力の方向性によっては相性差が出るし、その応用性をどれだけ磨いたかで結果はまた変わるのよ」
つまり見えざる魔女は誰であっても出力そのものは同等ということだろうか。ゲームに例えるなら全員が同ランクの魔法を行使できると…………ただそれぞれの魔法そのものには相性差があるし、それまでの研鑽によって使える種類に差は出てきてその手札の差が勝敗を決するようになると。
「もちろん完全な平行線ではなくて多少の差はあるの…………けれどわたくしの記憶している限りあのクソ女との差はそうなかったはずだし、そこから大きく変化するようなことはないはずなのよ」
「ですが事実は事実ですの」
結の告げる常識論にそれでも環奈はそう繰り返す。
「エリカさ……エリカ・サンフレアの力は特別…………いえ、異常ですわ。それこそその言葉通りに神の加護を受けているとしか思えないほどです」
「眉唾なの」
どれだけ言葉を重ねられても信じられないことというのはあるのだ。僕や結の常識に重ね合わせれば環奈の言葉は荒唐無稽でしかない。
「ただ、自分の常識に合わないからと言ってそれを断固として否定するほどわたくしは愚かでもないの。だからあのクソ女…………エリカに関してはまず保留とするの。その実力がわたくしたちにわかる形で判明するまでは、環奈の提言に従って行動することを提案するのよ」
しかし頑なにそれを否定しない柔軟さが結にはあった。もちろんそれは環奈の言葉を信じたわけではなくそれが真実であった場合のリスクを回避するためだろう。もしも環奈の言葉が真実であれば女神の国に到着したと同時に僕らが全滅してしまう可能性もあるのだから。
そしてその道理がわからないほど愚かな人間はこの場にはいない。結が見回すと皆は一様に反対意見を述べることなく頷いて見せる。
「私の言に従ってもらえるのなら、そもそも女神の国には行かないことを提案するのですけれど」
「それはありえないの」
勝ち目がないのだから避けるべき。彼女の立場からすればもっともな意見を結はしかし即座に否定する。
「これは万が一のリスクを避けるためであってお前の言葉を信じたわけではないの。お前が自分の力に自負を持っていたようにわたくし達だってこれまで築き上げてきた力に対する自負はあるのよ…………それなのに相手の力を見る前に逃げられるわけがないの」
それに、と結は続ける。
「女神の国には私たちの守っていた都市を奪われているの。それを放っておくことは陽だって望まないはずなのよ」
「…………それは」
確認するように向けられた環奈の視線に僕は頷いて見せた…………そう、そうなのだ。女神の国は僕の、僕たちの守っていた都市をその住民ごと奪ってしまっていった。東都には僕の恩師や友人が大勢いるのだ、それをそのまま放っておくことができるはずもない。
「…………わかりましたわ。今はそれ以上求めませんの。ただ、慎重に行動することを願いますわ」
「そんなものはわかっているの」
諦めたように息を吐く環奈に結がふん、と鼻を鳴らす。
「そのためにも、おまえにはまだまだ聞くことがたくさんあるのよ」
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