一話 狂信者の魔女と魔女が見えるだけの割と普通な彼
「拷問、とりあえず拷問をするの」
目の前で結が口にした物騒な言葉にしかし反論の声は上がらないようだった。その代わり賛成の声も上がらなかったけれど、それはつまり口に出さないだけで消極的な賛成ということだった…………きっと口に出して僕の心証を悪くしたくないだけなのだろう。
その意見に僕が反対するだろうというのは、提案した結だって最初からわかっていることだろうから。
「一応聞くけど、誰を拷問するの」
「そんなものあの環奈とかいう哀れな女に決まっているの」
「哀れだと思う相手を拷問するんだ…………」
比江鳥環奈という少女は女神の国の見えざる魔女であり僕らの捕虜だ。結らの見立ててではこちらの戦力を図るための捨て駒にされた哀れな女…………であるらしい彼女は僕らと戦うこともなく突然現れた巨大な腕に掴まれて意識を失った。
その後あの腕を切歌のお土産付きで向こうの世界に追い払った僕らは、仲間にも見捨てられた環奈を捕虜として連れ帰ったのだ。
「それで、結は僕に彼女をどうさせたいの?」
僕も結とはそれなりの付き合いになっているから彼女が何を考えているか見当のつくこともある。どこか僕をからかおうという雰囲気のあるあの表情はあえて汚れ役を買って僕の好感度を下げる提案をしたわけではなさそうだった。
恐らくだけど、僕に現実的な提案を反対したという負い目を作って本命の提案を通そうとしているのではないだろうか。
「その反応は面白みに欠けるの…………違うの、以心伝心と考えればそれも悪くないかもしれないのよ」
一瞬つまらなさそうに唇を尖らせてすぐに結は笑みを浮かべる。流石に強い。長い孤独を耐え忍ぶうちに彼女らは物事をポジティブに持っていく能力が鍛えられているのかもしれない。
「まあ、ぶっちゃけ拷問とか時間の無駄なの」
「…………無駄なんだ」
「無駄なのよ」
結は頷く。しかしそれを僕は意外に思う。僕自身の倫理観から拷問に忌避感はあるが女神の国の情報が必要なのも確かなのだ…………正直に言えば結たちは情報さえ引き出せれば環奈がどうなろうと考慮する必要はないと考えていると思っていた。
「いや別にわたくしはあの女が死のうがどうでもよいのは確かなの…………ただ単純に拷問で得た情報の信頼性と、そもそもあの女が拷問に屈するかという問題なのよ」
拷問とは肉体的にせよ精神的にせよ対象に苦痛を与え、その苦痛から逃れたい一心で情報を漏らすことを強要するものだ。
しかし人は苦痛から逃れたい一心でこちらの機嫌を取ろうとその本人ですら定かではない情報を真実として吐くこともあるし、そもそも神という強大なよりどころを持つ人間は拷問には簡単に屈しない可能性がある…………できる限り早く情報を得て行動したい僕らにとってそれは困る。
「それに前にも話したと思うけど、わたくしたち魔女を捕まえ続けることは難しいの」
「…………そうだね」
見えざる魔女の力を取り上げることはできない。環奈も今は夏妃の力で意識を落としてその時間を結に伸ばしてもらっているけれど、一度目覚めれば再度同じ状態にしようとしても抵抗されるだろう…………しかも現状では彼女の力の詳細は分かっていないのだから拷問するリスクはやはり大きい。
「極論リスクだけで判断するならこのまま息の根を止めておきたいところなのよ」
情報を諦めて眠らせ続けるのにもやはりリスクはある。なぜなら環奈を生かしておくことで、彼女が女神の国の人間に助け出されて再び敵に回るという可能性があるからだ。
リスクを減らすのなら結の言う通りこのまま死んでもらうのが一番問題ない。
「でも陽君はそんなの嫌だもんね」
「ニーサマは甘いです…………でもそこが嫌いじゃありません」
根回しというかやはり魔女同士で共通認識のすり合わせは済ませていたのだろう。美優と夏妃が僕の反応わかっていたように微笑ましいものを見るような視線を向ける。
「まあ、リスクとお前の心情は別にしても情報は欲しい…………ただでさえ私らは不利な現状に置かれているからな」
冷静な意見を晴香が述べる。僕らは女神の国に先手を取られていて、向こうからの要求は未だないもののそれぞれの都市とその住民を人質に取られている状態だ。そのうえで向こう側の情報さえないというのは不利が大きすぎる。
「えっと、でも拷問はしないんだよね?」
友好的でない相手から拷問を用いずに情報を引き出すというのはもっと難しいし時間がかかるように思える…………まあ、それがわかっていながら拷問には反対したいというのが僕なのだけど。
「拷問しないなら方法は一つしかないの。不本意だけど適任なの…………とても不本意だけど我慢するしかないのよ」
苦虫をかみしめたような表情で結が僕を見る。その反応で僕は自分に求めれているものが何となく予想できてしまった…………それが違っていることを願って僕は他の面々へと視線を向ける。
「おにーさんがあの人と仲良くなればいいんだよね?」
舞が無邪気な笑顔で僕に視線を返した。
「お、王子さまは、篭絡、得意、だよね?」
そこに続けられた切歌の言葉は、その陰鬱そうな表情も相まって皮肉にしか聞こえなかった。
◇
最後に覚えているのは絶え間ない苦痛でしたわ。何よりも恐ろしかったのは握り潰されそうな感覚ではなく私の細胞の一つ一つまでを、私の頭の中も含めた内側の全てを無理やりに確認されているような感覚があったことですの。
だから、不意にその苦痛が消えて私の意識が途絶えるその瞬間…………私は何もかもから解放された気分でしたわ。
願わくば、このままずっと眠っていたい。
夢の世界なら私は現実を直視しないでいられる…………現実から目を逸らすために何かに縋らずとも生きていけるのだから。
「あ」
だから私は意識が目覚めたと気づいたその瞬間に大きな絶望を覚えましたの。目を開けばまた直視したくない現実が待っている…………私はそれを忘れるためにエリカ様に尽くさなくてはいけないのですわ。
「えっと、おはよう…………で、いいかな」
けれどそんな私を出迎えた現実は、少し困ったような表情で微笑んで私を見る青年の姿をしていましたの。
「救世主、様?」
彼はエリカ様から悪辣な魔女たちから助け出して女神の国へとお連れするように命じられていた相手ですわ。しかし私はその命を実行することも出来ずに意識を失ってしまったはずで…………そこで私はようやく今自分がどこにいるのかに疑問を持ちましたの。
ここはあの獣共の巣穴であった真っ白な空間ではなくどこかの部屋のようですわね。
「ここは…………」
「少なくともお前の国ではないの」
尋ねようとして、背後から冷たい声が響きましたの。とっさに振り替えれば悪辣な魔女のうちの一人が私を睨んで…………いいえ、その全員が揃って私を睨んでいましたわ。
私の中の冷静な部分が彼我の戦力差を判断します…………確かに私は彼女ら全員を倒して救世主様を救うつもりでしたが、今は分が悪いと思えますわね。正面からであればともかく、私が眠っている間に彼女らはいくらでも戦いを有利にするための力を仕込む時間があったはずですの。
「女神さまを信じる私は何があっても屈しませんわ」
おそらく彼女らは私の持つ情報を狙っているのでしょう…………けれどどんな拷問であってもあの獣に受けた苦痛以上のものはないはずですわ。
「勘違いしているようだけどお前がおとなしくしているならわたくしたちは何もしないの…………お前の相手をするのは陽なのよ」
「救世主様が…………?」
「あはは、救世主はやめてほしいかな」
困ったように彼は微笑む。
「僕は皆月陽。ごく普通の…………とは言えないかもしれないけど、救世主なんかじゃないただの男だよ」
虚飾のないその自然さが、私の心には突き刺さりましたの。
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