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全裸の魔女と世界を救う話  作者: 火海坂猫
閑話

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全裸の魔女に服を着せる話(2)

 結局のところ人が好きでやっているものやめさせるには代わりになる報酬が必要だ。単にやめろと言われても当人からすれば好きでやっている事なのだからやめるのはデメリットしかないからだ。もちろんそれが他人の迷惑になるような事ならばそのことをしっかりと理解させれば反省してやめる可能性はある…………しかし結の場合厄介な事に僕以外に迷惑をこうむっていないのだ。


 そして困ったことに僕には結の露出行為を責める権利がない。彼女の露出も始まりは誰かに気づいてもらいたいという半ば自棄になったアピールの結果だ。それが例え現在では完全なる彼女の趣味へと昇華されていようが、元を辿たどればそうである限り見えざる魔女の孤独を代償に守られて来た僕らにただ辞めさせる権利などない。


 だから報酬…………取りつくろわずに餌と言い換えてもいい。


 結に露出を辞めさせる理由ではなく、服を着させる理由を作るのだ。


                ◇


「僕の趣味だ」


 そう断言した陽の表情をわたくしは時間をかけて観察する。人間とはその感情が表情に現れる生き物なの。どれだけポーカーフェイスを貫こうともその顔のどこかに隠そうとしたはずの感情は表れるのよ。もちろんそれがゲームや会話による駆け引きの最中であればじっくりと観察している余裕はないかも知れないのだけど、わたくしにはその時間充分にあるの。


 うん、嘘ではないの。


 じっくりと時間をかけて陽の表情を観察してわたくしは結論をだす。わたくしの手の中にあるスーツが彼の趣味だというのはわたくしに服を着せる方便ではなく陽の本心なの。


「趣味、それはつまり陽の性癖という事なの?」


 まどろっこしいことは嫌いなのでわたくしは直球で尋ねる。わたくしが知りたいのはこれを着る事で彼が性的に興奮するかどうかなの。


「それは…………うん、その通りだよ。僕は何と言うかスーツ姿のお姉さんとかを見るとぐっとくるタイプだ」


 恥ずかしさを堪える表情で陽が肯定する…………とてもそそる表情なの。わたくしの力のいい所は相手にじろじろ見ていると思われずにこういった表情をじっくりと堪能たんのうできるところなの。それが平常時だろうが戦闘中だろうが危機的状況だろうが関係なしに満足できるのよ。


 ふう


 満足したところでわたくしは思考を再開するの。性癖と肯定した陽の表情にも嘘はない…………しかしこれは明らかな罠なの。それを餌にわたくしに服を着せようとしていることは明らかなのよ。


「だから、その…………結がそれを着てくれたら興奮する、と思う」

「っ!?」


 その一言に一瞬で理性が蒸発しそうになったわたくしは唇を噛み切ってその痛みで理性を繋ぎ止める…………危険、危険なの。陽はわたくしたち見えざる魔女の理性の薄さを見誤っているのよ。


 そもそも理性なんてものは生存や社会生活に適応するために感情を抑えて流されることのないように存在するものなの。ぶっちゃけて言ってしまえばほぼほぼ不老不死で社会と断絶して生きている魔女は感情のまま行動しようが何の問題も無いの。


 それでもわたくしたちが理性を無くさずにいたのは、それを無くせば守るべきものを自分で壊してしまうことが分かっていたからなのよ………でもそんなもの今では薄っぺらで辛うじて維持しいるようなものなの。でなきゃこんな全裸でひゃっはーするような女にわたくしはなっていないのよ。


「結?」


 そんなわたくしの様子を怪訝そうに陽が伺う。嚙み切った唇はその瞬間に治癒しているので彼に気づかれてはいないの…………とはいえわたくしも咄嗟に蒸発した理性を修復するのに取り繕う余裕はなかったのよ。


「何でもないの…………それで、今の言葉は本気なの」

「それは、もちろんだよ」


 まだ躊躇いを残しつつも陽が頷く。


 いやもう、本当に…………わたくしは我慢する必要があるのか疑問に思えて来るの。


                ◇


 正直に言えば僕は結があっさりと飛びついて来るものと思っていた。なぜなら僕は彼女たち見えざる魔女にとって唯一自分を認識できる異性…………だから僕に嫌われたくないと思っているし好かれたいと思ってくれている。


 だからまあ、僕の性癖という餌を提示すれば案外あっさりと結は乗ってくれるんじゃないかと思っていたのだ。


「着て、くれないの?」


 しかしなぜだか結の反応は鈍く、仕方なく僕は子供がねだるように彼女を見つめる。流石に性癖の暴露までしたのだから何かしらの成果が欲しい。常時来てくれるようになるのは無理だとしても、偶にでも着るようになってくれればそれが全裸を辞めるきっかけになってくれるかもしれない。


「わかったの、着ても構わないの」

「!」


 何かを決意するように頷く結に僕は自然と笑みが浮かぶ…………けれど硬い表情のまま結は言葉を続けた。


「ただ、その場合陽にも覚悟を決めてもらうの」

「…………覚悟?」


 予想外の言葉に僕は聞き返す。結の表情は真剣そのものでまるで生死が掛かった状況のようにすら感じられる。


「わたくしとずっこんばっこんぐちょぐちょに退廃的な日々を送る覚悟なのよ」

「ぶっ!?」


 衝撃的な言葉に思わず僕は吹き出すが、結は真剣な表情を崩さなかった。


「なんでいきなりそんな話に…………」

「なんでもなにもこれは陽が言い出した話なのよ」


 そのことを非難するように結が僕を見る。


「陽、あなたは今わたくしに性癖を暴露したのよ」

「いやまあ、その通りだけど」

「性癖、なのよ?」


 確認するように結が僕をじっと見る。


「つまりそれは陽が性的に興奮するものなの」

「その、通り………ですね」


 突き詰めてしまえばそういう話になるのを僕は否定できなかった。


「もちろん陽にそこまでの意図が無かったのわかっているの。着れば自分が喜ぶ服くらい意味合いでわたくしが受け取ると思っていたはずなのよ」

「…………その通りです、はい」


 僕はさっきからその通りとしか言ってない。


「ただ、それで陽が反応したらわたくしはとてつもなく興奮するの…………そうなった時に自分の中の獣を抑えきれる自信は全く無いの。これで自分を誘惑してくれと贈った服で興奮したのならそれはもう事前に承諾しているようなものなのよ?」

「…………」

「前にも言った通りわたくしは出来る限りあなたの意思を尊重したいの。それにわたくしにだって一方的な感情じゃなく互いに気持ちが通じあってから初めてを迎えたいという乙女心もあるの…………だからわたくしの理性を抑えがたくするような状況を整えるような真似は控えて欲しいのよ」

「…………ごめん」


 結は僕の為に情報してくれているがそれは彼女も我慢している結果だ。今回の僕の行為はその我慢する前提を僕の方から崩すような真似だったのだ。


「というかぶっちゃけわたくしを餌で釣ろうとしたのがそもそもの間違いないの…………普通にその服が似合うと思って、とでも言われてたら文句は言うけど一度くらいは袖を通したの」


 流石に人からのプレゼントをそこまで無下にしないと続ける結に、僕は彼女を偏見の目で見過ぎていたと反省する…………突飛なところがあっても結は無神経な人間ではないのだから。


「ごめん、今度ちゃんとした服を選んでくるよ」

「出来れば遠慮したいのだけど…………少しなら着てあげるのよ」


 仕方ない、というように呟く結に僕はほっと息を吐く。なんだかんだで一歩前進。反省すべき点はあるにせよ今日は実りのある一日と言えそうだ。


「あ、でもそれじゃあそのスーツどうしよう」

「これはもう貰ったものなのよ?」


 流れ的に所在に困るかもと僕は思ったのだが、結はスーツの入った紙袋をそっと抱きしめる。


「これは、必要な時までちゃんと取っておくのよ」


 その未来を楽しみにするように薄く微笑む結に、僕は少し背筋が冷たくなるのだった。



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