全裸の魔女に服を着せる話(1)
人間は何事にもいずれ慣れる生き物だけど、一口に慣れるといっても色々な形がある。例えば運動はつらいものだけど続けて行けばそのつらさも我慢できるようになってくるし、そもそも体が鍛えられる事でつらさそのものも薄れて来る。
問題なのは慣れるために自分が変わってしまう可能性がある事だ。極端な例を挙げれば痛みに慣れようとするうちに痛みが快感へと変わってしまい、最後には自分から痛みを求めるようになってしまうという本末転倒な結果だろう。
僕が思うに見えざる魔女たちはその極端な例に近い。他者から認識されないという孤独をごまかすために行ったはずのものが、いつの間にか歪んだ趣味嗜好となってしまったのだから。
しかし、しかしながらその責任は彼女たちにあるわけではない。もちろんそうなってしまったのは彼女たちの選択によるものだけど、そもそもの原因は守られるだけだった僕ら都市の住民にあるのだ…………あるのだけど。
僕には、僕らには彼女らの趣味を無理矢理にやめさせるような権利はない。
だけどまあ、改めさせる努力くらいは許されると思うのだ。
◇
「そんなわけで結にプレゼントがあるんだ」
いつものように僕は結が住居にする倉庫へと訪れて、挨拶もそこそこに今日の本題を口にする。出迎えてくれた結の姿はいつものように全裸に僕の要望で何とか羽織ってくれた布一枚。それもしっかりと羽織っていないので節々から綺麗な肌が見え隠れしている…………相変わらず目の毒だ。
「どういうわけかはわからないけど、陽からのプレゼントなら家宝にするの」
「あはは、出来れば普段使いにして欲しいかな」
過剰な喜びを見せる結に少し罪悪感を覚えつつも僕は本音を口にする。そして本当に頼むから普段使いにしてくれと思いながら手に持っていた紙袋を結へと差し出す。
「中々良さそうな袋なの」
「一応ブランド物だからね」
「楽しみなの」
受け取った紙袋を見て結が期待を高める。答えた言葉に嘘はなくそれは都市でも名の知れたブランドの物で、防衛隊員の給料で買うには少し勇気のいるお値段の代物だ…………そういう経費も申請してくれれば出すと司令官は言っていたけれど、こういうものは自腹だからこそ意味があると僕は思うから自腹だ。
幸いというか僕はお金のかかるような趣味を持っていないから、貯金はそれなりにある事だし。
「ふふん、とても楽しみな…………の!?」
喜び勇んで紙袋を開けて中身を覗いた結の言葉が止まる。そして喜んでいた表情が一変してまるで魂が抜けたように僕を見る。
「陽、これはどういうことなの?」
それは心底信じていた人間から裏切られような目だった。
「どういうことって…………プレゼントだけど」
僕は平静を装ってそれに答える。実際に何の変哲もないプレゼントでもあるし。
「だってこれ…………服なのよ?」
結は信じられないものを見るように紙袋を凝視するが、正直言って意味が分からない。服は服で合ってそれ以外の何物でもないし、プレゼントとしてもおかしなものじゃない。もちろん僕が選んだ服は外で着て人の注目を集めるような異彩な服もないし。
「うん、服だよ。結に着て欲しいと思って」
「ふぁっきんなの!」
答えるが否や結が叫ぶ。
「すっごく裏切られた気分なの! 陽はわたくしの事をわかってくれていると思っていたのよ!」
「わかっているからこそのプレゼントなんだって理解してほしいなあ」
予想できていた反応なので僕は冷静にそう返す。僕の中の常識が何で服を送っただけでこんな反応になるんだかとツッコミを入れているが、それは考えてはいけない。
「つまり、陽はわたくしに服を着ろと言うの?」
「うんまあ、その通りだね」
そんな当たり前のことで親でも殺せと言われたような表情を浮かべられるのは困る。
「理由を、聞かせて欲しいの」
「なんというかそれが僕にとっての常識だからだよ」
もちろん目に毒とか真正面から見づらいとか男の本能的な理由もあるけれど、突き詰めてしまえば理由はそこに集約される。これまで服を着て過ごすことが常識として生きて来た僕の感性が全裸で過ごす結に対して強い違和感を覚えさせているのだ。
「わかっていると思うけど、その常識はわたくしには適用されないの」
常識とは結局のところその大半は社会で生きていくためのルールのようなものだ。逆に言えば社会から認識されずに生きている結にとってそれは遵守すべきものではない。
「前にも言った通り見えざる魔女であるわたくしは服を着ていなくとも傷はつかないし、体温調節が出来なくて病気にかかるような事も無いの…………わたくしにとって服を着る事には何のメリットも無いのよ」
そして普通の人にとって常識の前に服とは肉体を保護するためのものなのだが、見えざる魔女となって超人となった結にはその必要もない。彼女の皮膚は転んだところで傷ついたりはしないし、周囲の気温がどれだけ下がったところでその体温に影響を与えない。
「本音は?」
「陽に全裸を見られるととても興奮するの」
その体と同じく隠すことなくあっさり本音を結は口にする。生物的な本能からすればそれは決しておかしいことではないとは思うのだけど、男女の情事の際だけじゃなくて常時ともなればやはり話は違うのだ。
「それに陽も本当はわたくしが服を着ていない方が嬉しいはずなの…………羽織った布から時々覗くわたくしの肌を気にしているのは知ってるのよ?」
「…………それはまあ、認める」
僕は誤魔化さず正直に認める。僕も男だ。結は最初天使と見間違えたくらいには美人だし目を惹かれるのは当たり前だ。
「でもね結、人間は何事にも慣れる…………飽きる生き物なんだよ」
「っ!?」
僕のその一言に結が驚きを浮かべる。
「まさか、陽がわたくしの身体に飽きるというの!」
「ものすごく人聞きの悪いい方に聞こえるけど、見慣れるって意味だからね」
聞こえの悪い物言いに僕は訂正を加える。
「いやまあ、ぶっちゃけて言っちゃえば結が全裸のままだったらもう慣れてるんじゃないかと思うよ…………今はこう、布を羽織って貰ったから見えたり見えなかったりするせいで思わず意識しちゃうみたいなところがあるし」
実際は多分慣れるよりも前に今よりも早く彼女に服を着せようと躍起になったんじゃないかと思うけれど、その可能性には触れないでおく。
「それにしたっていずれありがたみは感じなくなるんじゃないかなあ」
「!?」
付け加えるとさらに結が驚愕の表情を浮かべた。
「つまり、わたくしが陽に見られることで興奮しても陽は興奮しなくなるという事なの?」
「そうなるね」
一方的に興奮したいだけならそれでもいいかもしれないが、結が僕に好かれたいと思っていてくれるならそれは大きな問題のはずだ。
「くっ、それは悩まし過ぎる問題なの!」
葛藤の表情を浮かべる結に僕はここが畳みかけ時だと判断する。別に僕だってなにも考えずに彼女に着せる服を用意して来たわではないのだ。
「出来ればその服をよく確認して欲しい」
恐らくそれがなんの服か確認しなかったであろう結に僕は告げる。
「服を…………これは、なの」
それに改めて紙袋を覗いて少し困惑したような表情を結は浮かべる。
「スーツ、なのよ?」
なぜスーツ、そんな表情で僕を見る結に僕は頷いて口にする。
「僕の趣味だ」
何言ってんだろうなあと、自分でも思うけれど。
一話で終わらせるつもりが続いてしまった…………。
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