第一部エピローグ
見えざる魔女にとって見えざる獣という存在は全ての元凶だ。容易く倒せても根本的の解決ができない獣たちのせいで都市に残った人類は緩やかな滅びの道を歩み、魔女たちはその防衛を続けなくばならず孤独に苛まれた。
だから見えざる獣の脅威への解決を示すというのは他の魔女と交渉するのに非常に大きな成果となる。どうやら晴香は今回の成果を元に他の魔女たちと交渉して女神の国に対抗する勢力を作るつもりだったようで、その事は結たちも了承していたらしい。
けれどもしも女神の国が見えざる獣の拠点の存在を把握しており、そこからエネルギーの結晶を手に入れて都市の移動に使ったのだとすれば交渉材料としては弱くなってしまう。そうなると戦力が集められず女神の国から僕らの都市を取り戻すことも難しくなるだろう。
「た、多分、その可能性は、低い、と思う」
しかしそんな僕の悲観的な想像を切歌が否定する。
「なんでそう思うの?」
「だって、それだと、王子様の価値が、もっと低い、はず」
「一理あるの」
切歌の危険に結が賛同を口にする。
「あのバカ女は陽のことを救世主と呼んだの。女神の国とやらでは魔女も他者から認識されるらしいのだから陽の価値は見る力だけのはずなのよ。自力で獣の拠点に侵入できるのなら陽を救世主となんて呼ばないはずなの」
それは確かにその通りだ。客観的に見て僕の価値は見えざる魔女を認識できるただ一人の異性であることと、見る力によって獣の拠点に繋がる入り口を見つけられる事だけだ。その両方が自前で用意できているのなら、多大な労力をかけてまで僕を確保する必要はない。
「でもそれってあいつらの言い分を鵜吞みにした場合よね」
そこに夏妃が口を挟む。
「きひひ、確かに敵の言い分を検証もせず鵜呑みにするのは問題あるな。現状で女神の国とやらを私らは見てないんだから口では何でも言えるわけだ」
晴香が賛同するようにそう言うと夏妃は顔をしかめるが、彼女が嫌いだからと意見を変える気も流石にないようで苦いものを呑み込むように頷く。
「正直に言ってニーサマのような存在は奇跡だと思います…………それを簡単に、それも大勢生み出せるとは私には思えません」
僕をじっと見るその視線はとても特別なものを見るようで…………それが特別でなる事を望んでいないようにも見えた。
けれどまあ、それはそんな願望だけの意見というわけでもないはずだ。
「うん、お姉さんもそれには同意するね。それにそんなに大きな交渉材料があるならあんな場面じゃなくて、もっと早い段階で話を持ち掛けて来るんじゃないかと思うし」
孤独に苛まれる見えざる魔女にとって他者から認識されるようになるのは大きすぎる交渉材料だ。それこそ全ての魔女をその傘下に収めるのも容易いほどで…………それを考えればあのタイミングは確かに遅すぎる。
その方法がいつ見つかったかはわからないがそんな最近の話でもないだろう。それこそ僕が生まれる遥か以前だとすれば、競合するものもないその時点でそれを餌に恭順を迫ってこない理由がないのだ。
「まあ、全くのデマじゃないにしても見せかけだけなのかもしれねえな。最初からあの女を信じるような単純馬鹿共を騙せても、私らのような疑り深い人間であればあっさりと看破出来ちまうような代物なんだろうさ」
ちらりと晴香がその視線を会話に参加せず隅でジャックと戯れている舞へと向ける。例えば彼女のジャックの糸を使った人形操りであれば、無理矢理に人々が魔女を認識しているかのように振る舞わせることは可能かもしれない…………それと同等の事が女神の国で行われている可能性はある。
「ま、その辺りはあの女に聞けば済む話なの」
これ以上推論を重ねても意味ないというように結がそう結論付ける。僕たちは環奈という捕虜がいるのだから彼女から話を聞くのが一番手っ取り早い。ただそれでもあえて議論を交わしたのはある程度意見をまとめて推測を立てておかないと、彼女の話の真偽を図りにくいからだろう。
「そういえば、彼女はどうするの?」
「どうするのとは、どういう意味なの?」
「それはその…………話を聞いた後、のことだけど」
僕がそう口にすると全員が無言で表情を薄くする。何も言わないのは僕の印象を悪くするようなことを口にしたくないからなのだと聞かなくてもわかる…………必要な事を聞いたら始末したいと全員思っているのだ。
「陽、あの女は敵なの。しかもただの敵ではなく宗教狂いの敵なのよ」
「それは…………わかってるけど」
東都で宗教が禁止されていた理由を僕は学んで知っている。宗教に染まった人間は価値観が僕らとは変わってしまっていて、それを矯正するのは容易の事ではないのだと資料にはあった。
「わかっているならいいの…………いずれにせよあの女から情報を引き出すのは陽の役目なのだからその頑張り次第なのよ」
ものすごく嫌そうな顔で結が僕へとそう告げる。
「それよりあの女はわたくしたちの抱えている問題の端でしかないの…………根本のところをどうしたいかを陽は考えているの?」
「根本…………」
「はっきり言うなら女神の国とやらを潰す気はあるのかという話なのよ」
「!?」
気づいていなかったわけではない。ただそれでも頭の端から意識的に追いやっていた問題を結は僕に突きつけた。
「それ、は…………」
僕も人間である以上は物事を全て合理的に片付けることは出来ない。はっきり言ってしまえば僕は結たちに情を抱いているから、どちらかを選ばなければいけない状況ならば僕は彼女たちを選ぶことだろう…………ただ、僕にはまだ状況がそこまで切迫しているようには感じられないのだ。
それは宗教というものを肌で感じたことのない僕と結たちの差なのかもしれないけれど、まだ僕には選べそうにもないのが確かな事実だ。これまで一方的に見えざる魔女に負担を押し付ることで守られてきた立場としては救える魔女は全て救いたい。
「東都や他の都市を取り戻すためにも女神の国には行くよ…………でも、彼女らをどうするかはまだ決められない。出来れば最後まで話し合うことを諦めたくないって思ってる」
だから正直に僕はその言葉を伝える。
「…………はあ、まあ陽の事だからそう言うだろうとは思ってたの」
諦めるような視線で結や他の皆も僕を見る。
「陽、多分あなたは女神の国でとても気分の悪いものを見ることになるの。それはこれまであなたの信じて来た人間の尊厳とか優しさを覆すような光景なの」
「…………覚悟はするよ」
「別にしなくてもいいの。ショックを受けて落ち込んだ陽を優しく慰め…………いやらしく慰めるのもそれはそれで楽しそうなの」
「…………なんで言い換えたのさ」
どっちにしたって大差ないけどいややっぱり大差ある。
「きひひ、まあ何事も試行錯誤で進んでくもんだ。うまくいったらそれはそれで私にとって未知が見れるってことだし好きにすればいいさ」
「お姉さんとしては弟君のやりたいことなら応援してあげたいかな」
「妹としてはニーサマのサポートをするつもりです…………失敗した時に支えてあげるのも妹の役割ですから」
「よくわからないけど舞も応援するよー!」
「お、王子様の、わがままなら、応えてあげないと、ね、ふひひ」
結だけではなく他の皆も一様に僕のわがままを否定せずに肯定してくれる。もちろんみんな肯定するだけで僕が成功するとは思っていないのだろう…………でも、それでいいのだ。
それでも僕にチャンスが与えられたことは確かなのだから。
僕は僕にやれることを、やるだけだ。
お読み頂きありがとうございます。この第一部箱のお話で終了となり以後は二部に続きます。ただ二部のプロットの方がまだ詳細に出来ておりませんので、当面は本編に余り挟めなかった日常回を時系列はあまり気にせずに更新しようかなと思います。
励みになりますのでご評価、ブックマーク、感想等を頂けるとありがたいです。




