六十三話 見えないものを見る彼と刹那の魔女
見えざる魔女たちの参加する戦闘において僕が戦力にならないのは今更な事だ。最低限の自衛としてライフル銃を持ち込んではいるけど、それはあの腕や熊もどきに大した痛痒も与えられないどころか僕が注意を惹いてしまえば皆が体を張って庇うことになるかもしれない。それでは戦力としてゼロどころかマイナスだ。
だから僕は晴香に忠告されたように出来る事だけをする…………つまりは見ることだ。それに徹したからこそ女王獣との戦いの際にも異世界との繋がった背中を斬る事を結びにアドバイスすることも出来た。
それと同じことをもう一度というのは高望みかもしれないが、出来ることはやらなければならない…………状況は芳しくないのだ。あの熊もどきにジャックは引き離され、そこに竜もどきまで生まれて合流しようとしている。それなのに結たちはあの腕へと接近することも出来ず攻めあぐねているのは明らかだった。
だけど見えない。
何か打開策を見つけ出そうにもずっとその感覚に囚われている。恐らく僕の眼球そのものは正常に機能しているけれど、肝心の見えないものを見る力が機能していないのだろう。僕が見えざる存在を見ることが出来るのは結たちほどではないにしても世界との繋がりがあるかららしい…………だから僕らの世界の領域にないものを見る事は出来ないのだろう。
「ねえ、舞」
「なに、おにーさん?」
「力の…………あー、ジャックにお願いする時ってどんな風にしてる?」
この場で尋ねられるのは舞しかいないが、彼女は結たちと違って力を使うという意識が恐らくない。だからこんな尋ね方になってしまったのだけど果たして参考になるような答えは返って来るだろうか。
「お願いって、舞は普通にお願いしてるよ?」
やはりというか舞にはうまく伝わらなかった…………けれどこれは僕の聞き方が悪い。
「ええと、そうだね…………ジャックにすごく頑張って欲しい時はどうお願いしてる?」
「ジャックにすごく頑張って欲しい時?」
尋ねられて舞はうーんと首を捻る。
「真剣にお願いして、後は信じてる…………ジャックなら絶対にやれるって」
「信じる、か」
結局はそれが一番大切なのかもしれない。自分にはできると、自分になら見えるのだと信じること…………考えてみれば僕は何かを見ようとは努力しても特別な力を使おうとは意識していなかった。
自分には確かにそういう力があるのだと信じてその力を使うことを意識する。
見るのではなく見るという力を使う事に集中する。自分なら絶対に見えるのだと信じる。それが、それだけが今みんなに貢献できる僕の唯一の事なのだと。
見る
その力を行使する。
◇
わたくしには考える時間がたっぷりある。しかし考える時間があるからと言って必ずしも答えが見つかるわけではないの…………わたくしは凡庸でないという自負はあるけど天才でもないと自覚している。晴香の言を用いるようで業腹だけど出来ないことは出来ないし、それでもなそうとするなら誰かの手を借りる必要があるのよ。
そしてたっぷり考えた結果わたくしの頭ではこの場を打開する方法が見つからなかったし、恐らくこの場の誰を頼っても見つからないだろうと結論が出たの。なぜならわたくし達が引っ張れる程度の世界の領域ではあの腕の異世界の領域を破ることが出来ず、単純な領域のぶつかり合い以外で相手の領域を押しのける方法を見つけるには検証の余裕もないの。
唯一の頼みはジャックなのだけどそれはあの腕も想定済み。わたくしたちがジャックの女性に向かえばあちらも対応してくるはずなの…………そうしてあのもどき共がさらに増えて乱戦になれば捕まったバカ女のようにわたくしたちが不意を突かれる可能性もあるのよ。
故に結論としてわたくしはこの場は一旦退くしかないと判断したの。散々攻める事を主張した手前口にはし難いけどどうにもならないの…………恐らく、あの腕の領域が強いのは異世界の入り口がすぐそこにあるからなのよ。繋がりを利用して無理矢理この場まで世界の領域を引っ張っているわたくしたちと、すぐそこに異世界の入り口が開いているあの腕とではあちらの影響力が強いの。
けれどそれはつまり退けば退くほどわたくしたちの世界の領域も強まるという事。あの腕がこれ以上動けるかはわからないけれど、仮に追って来たとしてもこちら側の世界の入り口まで追ってくる可能性は低いように思えるの…………もちろんそれでは根本的な解決にはならないし、事前に話したように苛烈な反撃が待っている可能性がある。
ただ、それでもわたくしと陽だけなら確実に逃げ切れる自信はあるし、あのくそ女が宗教国家を立ち上げているならそこに誘導してぶつけてやるという手段もあるのよ…………思い付きだけど悪くない考えなの。敵に敵にをぶつけるというのは実に合理的なのよ。
と、そこでわたくしは気付いたの。
わたくし達の世界の領域が後方から強まっている。恐らくわたくし以外であれば、気づいて状況を分析して行動に移すまでに時間を使いすぎて無駄にしていたかもしれないの…………けれどわたくしは思考時間を伸ばしていたならその予兆で気付くことが出来るし、状況の分析から行動に映すまでにほぼ現実時間を消費しないで済むの。
故にわたくしはまず領域が強まっている理由を考える。それは後方からわたくしたちの方へと向けて強まっているように感じるの…………その理由として考えられるのは世界と繋がった存在がわたくし達へと後ろから近付いている可能性。舞と陽の二人がこちらに近づけばそれに引っ張られた世界によって領域は強まるの。
ただ、わたくしの耳は二人が近づく音を拾っていない。
では二人が移動していないのなら? 舞に関してはその力をジャックに全振りしているからあれは無駄に乳と尻の大きいだけの子供なの…………で、あれば陽が何かしたと考えるのが妥当なのよ。
陽ができるのは見ること…………ふむ、考えてみればそれがどういうことなのかを分析したことはなかったの。見るとは視覚によってものの形や色、様子などを知覚すること。対象がどういう存在であるかを認識する行為といっても他ならないの。
その事実を良く考えるとわたくしにひとつの推論が思い浮かぶ。
もしかして、わたくしたちの力と陽の力のあり方はかなり違うのでは?
わたくしたちの力は世界に刻み込んだ想念を楔にして世界を望む形に改竄するものなの。けれど見るという対象を正しく認識する力に世界を改竄する必要性が見受けられないの…………だとすれば陽のそれは、世界から見たいものの情報を伝えてもらう力なのではないかとわたくしは推測するのよ。
わたくしたち見えざる魔女も世界との繋がりからある程度情報は得られる。陽の力はそれがより強くなったものなのではないかと思うの…………そしてその予想が正しいなら彼はあの腕を視覚的には捉えていてもその力は働いていなかったはず。世界の領域外にある情報を彼に伝えることは出来ないはずなのよ。
だからこそわたくしは確信する…………この領域の強まりは陽の行動によるものだと。
見る、というのは彼が世界と繋がって得た力なの。例えそれが世界の外側に存在しているのだとしても、彼が見たいと本気で願ったのならば世界はそれに応える必要がある…………恐らくこの領域の強まりはその結果なの。あの腕を見たいという陽の願いに応えるためには世界そのものがあの腕までその領域を広げるしかないのだから。
最高、なの!
わたくしたちは世界を改竄するけれど、陽は改竄もせずに世界自ら彼の為に動くよう促しているのよ! 世界そのものの意思であるならあの腕の纏う異世界の領域など軽く押しのけてくれるはずなの!
ただ問題は、それがどの程度続くのか。陽の世界との繋がりはわたくしたちと違ってとても細いものなの。それはつまり力を行使するのに消耗も反動も大きいという事…………わたくしたちの世界にあるものを見るのにはただ情報を伝えられるだけで殆ど消耗は無かったのだろうけど、世界そのものが領域を広げる行動を取るまでとなれば決して軽くはないはずなのよ。
その判断の為にわたくしは視線を後ろに向けると決めた。彼の表情を見れば時間的猶予が読めるはずなの。そこに余裕があるのならばわたくしは周囲にいるのろすけ共に千載一遇のチャンスを伝える…………そしてそうでない時の為にわたくしは首を振り向かせながらナイフを振りかぶり始めるのよ。振り向いた顔を戻す時間的余裕がないのだとしても一撃は加える。
ああ、とてもそそる表情なの。
苦痛に歪みつつもそれを意にかけず望む結果へと突き進むその表情…………それを見るだけで下腹部がとても熱くなるのだけど、その限界も見えてしまったの…………これは恐らく猶予は一瞬。世界の領域はあの腕を包み込んで情報を抜き取ったその一瞬で消えると見たの。
だからその一瞬に、わたくしだけが動いた。
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