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全裸の魔女と世界を救う話  作者: 火海坂猫
第一部 

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六十一話 見えざる魔女たちと似て非なる異形

 わたくしの目にはその巨大な腕から一つのしずくが垂れたように見えた。しかしそのしずくは床に落ちると同時に粘性ねんせいを持った泥のように膨らみ始め、すぐさまその姿を見えざる獣の形状へと変えたの…………それはあの女王獣の出産のように見える転送とはまるで違う。あの腕はその場で見えざる獣を生み出したように見えたの。


「おい、見たか?」

「見たというか今も見えているのよ」


 最初はひとしずく、けれどそれはすぐにぼたぼたと無数に落ち始めやがったの。ひとしずくが一体というわけではなさそうだけど、その分でけー個体とかが混ざってやがるのよ。


「きひひ、転送じゃなくて生み出してんぞ。あれは生産の為だけの母体か? それとも私らの世界に獣共を送り込んでる親玉が生産も兼ねてんのか? いずれにせよ向こう側にとって重要な存在なのは間違いねえよなあ」


 喜々として晴香が語る。その顔がむかついたので一発ビンタでもしてやりたいところなのだけど、その意見自体には賛成せざるを得ないの。あれは上手くやれば一気に見えざる獣との戦いを終わらせる可能性が見えているのよ。


「なに、あれ」


 とはいえ物事はそう容易くはない。思わず呆然と呟いた切歌の視線の先では巨大な腕から零れ落ちたしずくから生まれた獣共が…………混ざり合っているの。

 ただ見えざる獣が増えるだけならそれは先ほどの女王獣と大して変わらない。女王獣を超える体躯の獣が混ざっていようがそれも予想できる範疇なの。


「お姉さんの目にはあれ、熊に見えるかも」

「同意です、ネーサマ。ただ私としてはあれを熊と呼びたくありませんが」


 しかし美優が困ったように、夏妃は嫌悪感を露わにしてそれを評する。それは確かにシルエットだけを見れば熊のように見えなくもないの…………ただその姿はわたくしたちが虫やカニ、ザリガニと例えるような外見をした見えざる獣共を組み合わせて無理やりその形に成形したような姿だったの。なまじそのシルエットだけは一般に想像できる熊の姿を正確に摸しているだけに、それを構築する異形の素材による違和感がより強調されてしまっているのよ。


「ちっ、あの女が死んでねえのはそういうことか」


 しかし晴香だけは嫌悪感より優先して気づくことがあったらしかった…………あの女、つまりは環奈の事なの。


 確かに考えてみればあの腕はいつまであの女を握っているのか。あれがわたくしたちの世界との繋がりを断たれて力を使えないというのなら握り潰すのは容易いはずなの。しかし今もあれは気を失ってはいるものの止めを刺されることなく生きてはいるのよ。


 ああ、そうことなの。


 伸ばした体感時間の中でしばし思考してわたくしは晴香と同じ答えに辿り着く。つまりあの熊もどきはあの腕が環奈から情報を引き出して生み出したものだということなの。


 侵略先の世界から自分達の世界の入り口にまで辿り着いた相手の情報を得ようとするのは考えてみれば当然のこと…………つまりあの女をあのままにしておくと情報がどんどん抜かれるの。手っ取り早いのは介錯することでそれは気を失っている今なら容易いの。


「…………」


 ただまあ、それをやると間違いなく陽の印象を損ねるの。あれを救出して得られるいかれ女どもの情報よりも後腐れなく仕留めておいた方がどう考えても面倒は無いのだけど、出来れば他の誰かがやって欲しいのよ。


「あいつは掴んだあの女から情報を抜いてやがる。抜き取った情報を何に使うかは考えるまでもねえよな?」


 そんなことを考えている間に晴香が自分の意見を皆へと伝える。


「全部の情報を抜かれる前にあの女を助けるなり殺すなりは急務だ。ついでに言うなら得た情報を有効活用したいと思えないくらいの目には遭わせてやるべきだと思うぜ?」


 ぐっじょぶなの。唯一陽の心証を気にしない女なのだからわたくしが言い難いことを口にしたことだけは褒めてやるのよ…………ついでに有言実行するならなおよしで過去の遺恨を少しだけ忘れてやるの。


「わたくしはこの場であの腕を…………出来れば引きずり出して仕留める事を提案するの」


 環奈の事には触れず腕の処遇についてわたくしは意思表示しておく。あの女に関しては出来れば死んで欲しいけれど流れに身を任せる事にするの。どうせあの腕や熊と戦うことに決まれば巻き込まれて死ぬ可能性の方が高いのだし、助けられるタイミングがあれば助けて陽の心証を良くするというのも選択肢として捨てるべきではないの…………わたくしには考える時間があるのだし、最初から思考を硬直させて選択肢を狭めるべきではないのよ。


「こ、怖いけど…………チャンス、だと、思う。次、あるか、わからない、し」


 切歌にしては珍しく積極的な意見。友人としてはその成長を嬉しく思うしその意見にも賛成なの。仮にこの場で仕留めずあの腕がわたくしたちの世界を諦めないとしても、今回と同じようにあの腕が直接出て来る可能性はかなり低いと思うのよ。


 あれが主犯でないにしても重要な存在であるのは恐らく間違いなく、普通に考えればそんな存在が前線には出て来ない。それが現れたのはわたくしたちというトラブルに慌てたかそれとも予期せぬ反撃に激昂したか…………いずれにせよわたくしたちにとってイレギュラーな幸運と考えるべきなの。


「うーん、出来れば反対したいけど将来的な安全が大きいと考えると…………お姉さんも賛成するしかないかなあ」


 そこに美優が先ほどの撤退の意見を翻して賛成に転じる。未だにわたくしはこの女の本音を計りかねっているけれど今の言葉は恐らく嘘偽りないだろうと思うの。


 あれと戦うのは確かに危険が大きいけれど…………あれが異世界でも重要な存在であるなら倒すなり痛めつけれることによって将来的な危険が大きく減じられる。それは仮に美優が自分と夏妃の身の安全だけを考えているのだとしても大きなメリットのはずなの。


「ネーサマがそうおっしゃるのなら…………ニーサマにも褒められたいですし」


 そしてそれに追従する夏妃は相変わらずぶれねー奴なの。まあでもこいつは美優の方と違ってわかりやすいからそんなに嫌いじゃねーのよ。好きでもないのだけど。


「ねー、みんなが相談してるのってあの変なのを倒すかどうかなんだよね?」

「その通りなのよ」


 舞はここまでの会話を理解しているのかしていないのか、いずれにせよ単純にまとめられた質問にわたくしは肯定の意を返す。意思表明していないのは舞と陽だけで他は全てあれを倒す事に同意しているの。


「んー、舞もあれ気持ち悪いし倒しちゃった方がいいと思うけど…………おにーさんは? おにーさんはあれを倒して欲しい?」


 直球で舞が陽へとそれを尋ねる。彼からすればそれは答えにくい質問のはずなの。彼は自分の意見がわたくしたちに強すぎる事を理解しているし、その事に強い罪悪感を抱いている。だから彼はわたくしたちに危険が及ぶ行動の決定にはなるべく意思表示しないようにしているのよ…………敵であっても魔女を見捨てられない辺りは陽らしいのだけれど。


「それは…………僕も、倒して欲しいと思うよ」


 迷いつつも絞り出すように陽が答える。その表情の複雑さが心情を表しているの。人類の未来の為にも倒して欲しい気持ち、魔女への罪悪感、美優の結局は全てが皆の安全になるという意見に乗っかる言い訳のような後ろめたさ…………ふう、実におつなの。


「わかった! じゃあ舞がやっつけてあげるね!」


 けれどわたくしが彼の表情を堪能している間に舞は元気よく宣言して即座に行動に移す。巨大な腕と熊もどきへと人差し指をびしっと向けて、ちょうどタイミングよく自分の隣を通り過ぎていく影へと命令を下したの。


「ジャック、あれをやっつけて!」


 殿から呼び戻されたジャックが駆けつけると同時に新たな命令を受けて突貫する。先んじられたという気持ちはあるけど、同時に手間が省けたという気持ちもあるの。環奈のように捉われる危険がある以上は先陣を誰が切るかが問題で、適役は間違いなくジャックなのだけどそれをどう舞に頼むか…………その手間が省けたのよ。


「やっちゃえジャック!」


 舞の声援を受けてジャックがその身を大きくする。わたくしたちの世界の領域には限りがあるから以前のようなサイズ程は巨大かできない…………けれどあの熊もどきと概ね同等のサイズにまで膨れ上がるとジャックは床を踏みしめて大きくその手を振りかぶったの。


 それに対して熊もどきも動き出し…………巨大な二つがぶつかり合った。


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