五十七話 見える彼は一つの戦いの終わりを見届ける
女王獣の悲鳴と共にその卵管から次々に見たことのない見えざる獣が生まれ出る…………いや、正確にはそれは生まれているのではない。異世界へと繋がるその背中の辺りから送り込まれて出口である卵管のような器官から現れているだけなのだろう。
いかにも獣たちの生みの親という外見をしてるあの女王獣ではあるが、あくまでこの次元の狭間と彼らの世界を繋げる扉でしかないのだ。
「あの、美優さんは行かないんですか?」
皆より後方で、唯一の武器であるライフルを握りながら僕は傍らに立つ彼女へと尋ねる。結たちは競うように前に出たが、後方の露払いにジャックを行かせた舞と美優だけは前に出ることなく僕の傍に控えている。
「んふふ、お姉さんの力は攻めるのには向いてないしね…………活躍したい気持ちはもちろんあるけどお姉さんとしては弟君と舞ちゃんの安全を優先しないとだから」
確かに舞はジャックと離れているし、僕も銃を持っているとはいえ弾薬に限りがあるしあの新種の獣に通じるかはわからない…………でも攻めるのに向いていないのなら守るのには向いているのだろうかと疑問が浮かぶ。
美優の力は「直す」だ。
その力はわかりやすく、以前には瀕死であった舞を瞬く間に死の淵から救っている。そのイメージは回復役であって攻撃に向いていないのはもちろんだし、ゲームなどでも味方に守られながらサポートするポジションだろう。
「大丈夫、お姉さんは攻めるのは得意じゃなくても強いからね」
そんな僕の心情を察したように美優がほほ笑む。以前は張り付いたような笑み感じたそれが最近は柔らかく自然なものに見えるのは僕の気のせいか、それとも単純に以前は僕が彼女を疑って信用しきれていなかったことの表れだろうか。
「あ、おにーさんこっちに来るよ!」
ジャックがいないせいか舞が少し怯えたような声で叫ぶ。咄嗟に僕が前に出ると彼女は縋るように僕の背中に体を預ける…………相変わらずその性根と一致しない体躯による感触に僕の認識が一瞬バグる。
けれどそれも一瞬だけのこと、姿と心が一致してなかろうが舞は僕の守るべき存在だとジャックにも約束している。迫りくるエビのような外見をした見えざる獣に大して、久方ぶりに僕は防衛隊の一員らしくライフルを構える。
「んふふ、弟君の勇ましい姿は惚れ惚れするけど二人を守るのはお姉さんの役目だよ」
僕の射線を防ぐように美優が前に立つ。防衛隊であれば厳罰ものの危険行為だが見えざる魔女にとっては獣に有効な銃弾程度は脅威でもないのだろう…………いや、びっくりするからそれでもやめて欲しいのだけど。
「直れ」
にこやかな笑みを称えたまま迫る獣へと美優が告げる。するとそのエビのような外見の獣は突如として直立してその歪曲した体を大きく逸らし、一度だけ大きくビクンと跳ねて動かなくなった。
直す。その言葉には姿勢を直すような意味も含まれる。その直という漢字だけを見れば真っ直ぐという言葉にも使う…………つまりあのエビのような獣は元々曲がった状態の背骨を無理矢理真っ直ぐにされ、それで脊髄が破壊されて絶命したという事なのだろうか。
仮にそうならずとも真っ直ぐな姿勢で固定されれば、まともに動くのも難しくなるはずだ。
「んふふ、お姉さんは攻めるのには向いてないだけで戦えないわけじゃないんだよ?」
「そう、みたいですね」
見えざる魔女のその力の応用の幅は広い。一見して戦いに向いていないような力でも使い方次第という事なのだろう…………考えてみれば獣が僕たちのところまですり抜けて来るとういうことは、結たちが美優の実力を信用しているという事なのだ。僕が二人を守らなくてはと気を張るのはおこがましかったわけになる。
「だから守りはお姉さんに任せて、ね」
僕には僕にできる事を、そう告げるように微笑む美優に自分にできる事とは何かを僕は考える。戦力として貢献できないのは今更だ。冷静に分析するなら僕はジャックがいない舞にだって身体能力では劣っている…………だとすれば出来るのは皆の鼓舞くらいか。恐らくというか確実にそれには高い効果があるだろう。
問題は鼓舞によって士気が高くなるのは良いことばかりではないという話だ。良くも悪くも我の強い皆がやる気を出せばそれは暴走と言ってもいい状態になりかねない。
良い結果を出そうと注意が散漫になるならまだいいほうで、下手をすれば他の人間を出し抜こうとして争いになる可能性もある…………下手な鼓舞は逆効果だ。そもそも現時点で皆はやる気に溢れているのだからそれにさらなる発破をかける必要はどこにもない。
だとすれば…………そう、見ること。
僕にできるのはそれくらいだが、それだけは純粋に能力として貢献できるのだとこの場に入れたことで証明している。ぶっちゃけた話この場で何を見ればいいのかなんてさっぱりではあるが、全体の状況を把握しておく人間がいるのも戦場では大事だ。
「あ」
視線を向けるとちょうどその瞬間だった。切歌が投げた小石から現れた大岩が女王獣を宙へとかち上げ、結が元はナイフと思えないほど広がったそれで斬り上げようとしていたその瞬間に…………どこを斬るべきか見えた気がした。
「結、背中を!」
だから咄嗟に僕は叫んだのだ。
◇
わたくしはどんな状況でも体感時間を伸ばす事でゆっくりと考えることが出来る。一瞬の隙の間にもどこを斬るかをじっくりと観察して考えることが出来るし、咄嗟に叫んだ陽の言葉をしっかりと聞いてそれを検討することもできるの。
背中を狙えと陽は言った。それを踏まえて見てみると女王獣の浮き上がり方は明らかに不自然だったの。まるで背中の一部分が宙に固定されているようで、そのせいか真上にかち上げられたはずが背中を基軸にして宙返りするように浮いている。
陽はあの背中は獣が送りこんでいる異世界に繋がっていると言っていたから、それで固定されていると考えるのが妥当なのよ。
と、すればつまり陽はあの女王獣と異世界を切り離せと言っていることになるの。わたくしとしてはその首をとりあえず切り離そうと考えていたのだけど…………ふむ、あれがまともな生物でないこと考えればそれで絶命しない可能性もあるの。
現時点であれに戦闘能力はなく女王獣を介してやって来る新種の獣のみが脅威。その供給を確実に断つという点では陽の意見はもっともなのよ。
もちろん陽にはわたくしに見えない別のものが見えていて、単純に供給を断つ以外の意図がある可能性もあるの…………ただ、あの一言ではそこまでは読み取れないし現実時間ではその続きを待っている余裕はないの。
よし、背中をぶった切るの
じっくり考えてわたくしはそう結論を出す。陽に別の意図があるか無いかを別にしても女王獣を異世界から切り離して増援を断つのは有効なの…………それにこれは他ならぬ陽自身からの指示なのよ。
それが良い結果をもたらせば陽の指示に即座に従ったわたくしの評価は上がる。そして仮に悪い結果になったとしてもそれはそれで間違った指示をしたと陽がわたくしに罪悪感を抱いてくれるの…………どっちに転んでも美味しいのよ。
一閃
わたくしは正確に女王獣の空間に繋がるその背中の一部位へと、それを抉り取るように剣を沿わせて斬り上げる。するとその瞬間に女王獣が宙でビクンと跳ねて叫び続けていた咆哮を止めたの…………やっと静かになりやがったの。
「やった…………?」
そのままずしゃりと床へと落下した女王獣に思わずといったように陽が呟く。あの瞬間に絶命したように床に倒れる女王獣はピクリとも動かず、異世界から切り離されたからその卵管からも新たな獣が現れる事はなかったの…………ただ、その静けさはわたくしとしては不安が残るの。
「晴香」
だから頼りたくないけどあの女の名前を呼ぶの。増援が現れなくなったのでこの場の見えざる獣は概ね掃討することが出来ている…………あの女の手を空けたところで問題は無いの。
「なんだ、私に功を誇っても意味ねえぞ」
「そんなことはわかっているのよ」
誰も晴香になんぞ褒めてもらいたくもない。それよりも、とわたくしは倒れ伏す状獣へと視線を促す。
「これをお前の力で消し去って欲しいの」
「おいおいそんなもったいねえ真似を私がすると思うのか?」
「身の安全と好奇心ならお前は身の安全を選ぶのよ」
良くも悪くも晴香は好奇心が満たされることを急いでいないの。それが唯一の機会であるというのならともかく、別の機会がありそうなものならこの女は安全を選ぶはずなのよ。
「…………つまり?」
「この女王獣が唯一のセキュリティだっていうのなら、わたくしであれば自爆装置の一つも仕込むのよ」
基本的に多少の損害ならどうでもいいが、自らの世界へ繋がる女王獣まで辿り着いて来たなら対処する…………つまり獣を送り込んで来ている奴は多少の利益が減る事は気にしないけど身の安全だけは確保したいと思っているの。そんな奴が最後のセキュリティである女王獣が倒されたらそれでおしまいにはしないと思うの。
「一理あるな」
不満そうではあるが晴香が頷く。もちろん可能性としてはそれほど高くはないと思うのだけれど、決して低いとも楽観できないの…………で、あれば念の為に対処しておく方がリスクは減らせる。そしてそれに晴香の力が最適なのよ。
「わかったならさっさとやるの」
「うるせえ、言われなくてもわかってる」
文句を言いながらも晴香は女王獣へと両手を翳したの。
「解す」
そして一瞬のうちにその全身を分解してその場から消し去った。
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