五十六話 見えざる魔女たちと全ての元凶ではない獣
基本的によーいどんで始まったのなら大抵の事でわたくしに勝てる相手はいない。最初に体感時間を伸ばし、その引き伸ばした時間の中でさらに力を使って五体を強化するの。つまりわたくしは一瞬の時間があれば全力を出すことが出来る…………スタートダッシュなら誰にも負けないのよ。
現状でわたくしたちの力が前方へと届く範囲はおよそ五十メートルほど。女王獣と陽が仮称した化け物までの距離が二百メートル…………故にこの一歩の移動距離を百五十メートル伸ばすの。そこからナイフの刀身を五十メートル伸ばしてやれば最大射程から女王獣の首を刎ね飛ばせてやれるのよ。
「「「「あっ!?」」」」
一歩移動したわたくしの後ろからノロマ共の声が聞こえるの。夏妃の「落とす」であれば移動だけは付いて来れるかもしれないけどそれだけなの。わたくしの横に落ちてくるその瞬間には女王獣の首が空に舞っているのよ。
パキンッ
「は?」
しかし刀身を伸ばしたナイフを振り抜いた瞬間に聞こえてきた音にわたくしは思わずぽかんと口を空けてしまう。わたくしの力で耐久性を伸ばしたナイフは分厚いコンクリートにぶつけても砕ける事はなく、伸ばしたわたくしの膂力と合わさってぶった切れる。それがぶつけた瞬間にぽきりと折れやがったの…………つまりあの女王獣の外殻は生半可な硬さではないのよ。
「あいつ尋常じゃなく硬いの!」
けれどわたくしには動揺から回復する時間はたっぷりあるの。現実時間にして一秒ほどの時間をかけてわたくしは動揺を鎮めると警告を飛ばす…………もちろん次の手は考えてあるけどそれが通じなかった場合を想定しないほどわたくしは愚かではないの。
確かにわたくしは皆よりも長い時間が使える…………けれどそれはあくまで体感時間の話でしかないのよ。その間にわたくしは状況を見極め、その見極めた状況に応じた戦略を思考して力を使うことができる。
けれど結局のところそれを用いて干渉するのは現実時間の中での事…………一度しかナイフを振るう余裕がない時間で二度振るうことはできないの。だからその余裕を作るためには不本意だけど、多少の手柄をあいつらに譲ってやらなくてはならないのよ。
「冷静じゃねえか」
「わたくしは優先順位を誤る程愚かではないの」
わたくしの隣へと晴香を含めた全員が「落ちて」来る。わたくしと同じ考えなのか夏妃もこの期に及んで先走りはしなかったようなの。
「不本意だけど、ニーサマの為だから」
「んふふ、偉いわよ夏妃ちゃん」
本当に不本意そうな顔をしている夏妃の頭を美優が撫でる。ちっとは誉めてやろうかと思ったけど変わらねー奴らなの。
「キィイイイイイイイイイイエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
そこに響き渡る形容しがたい金切り声、なの。
「わ、わ、わ、なにこれ! 耳がキンキンするよ!」
びっくりしたように舞が耳を塞ぐ。
「む、結ちゃんに攻撃されて、驚いてる、の?」
その発生源である女王獣へと切歌が視線を向ける。虫のような外見のせいかその感情を読み取る事は出来ないけれど、その頭部に付いた口らしきものを顎が外れんばかりに開いて叫び続けているの。
「切歌、あれを生物と考えない方がいいの」
その見た目からどうしても生物的に見てしまうけれど、これまでの都市への襲撃や道中の停止していた獣共の様子からすればあれが機械のような存在だと考えたほうが納得できるの…………だとすればこの叫びは単純に悲鳴ではないはずなの。
「もしかして、これが警報?」
気づいたように陽が呟く。
「その可能性はあるな」
晴香も賛同する。
「けーほー?」
「僕らが来たことを知らせてるってことだよ」
「えっと、誰に?」
「それはこの拠点の…………いや、一番悪い奴にかな」
意味が分かっていない舞に陽が優しく説明しながら、同時に考えを整理して発展させる。この拠点に対しての警報であればわたくしたちが踏み込んだ時点で鳴り響くべきなの。恐らくこの拠点で最も重要な存在であるはずの女王獣に辿り着かれてからでは意味がない。
意味があるとすればその向こうにいるものへと危険を知らせる事なの。
「急いであれを壊すのよ」
いずれにせよやることに変わりなく、やるならば早いほうがいいの。
「ああそのようだ」
晴香が女王獣を睨みながら答える。その視線の先はその巨大な卵管。そこから見たこともないタイプの獣が生み出され…………あちらの世界から現れていたの。さらに後方から、恐らくはわたくしたちが通らなかった場所にいた見えざる獣共が近づいてくる音が聞こえるの。
「舞、ジャックに後ろから来る獣共の相手を頼んで欲しいの」
「えー、舞もあの変なのと戦いたい! それでおにーさんに一杯褒めてもらうの!」
「後詰めもとっても重要な役割なのよ?」
わたくしは一応付け加えるが不満そうな舞の表情は変わらない。活躍したいという気持ちはわたくしにもわかるし、それをわがままと怒鳴りつければ百%自分に返って来るの…………そもそもわたくしと舞は上下関係などなく対等であるというのが建前なの。
子供だから強く言えば従うとは思うけれど、それでせっかくの信頼を失うのは愚行なのよ。
「舞、僕からもお願い」
どうしたものかと考えあぐねているところに陽も舞を説得に掛かる。
「みんなを守るためにジャックの力を貸してくれたら僕も嬉しい」
「本当?」
「もちろん」
真っ直ぐに自分を見る舞に陽は頷いて見せる。
「じゃあ、後で舞を褒めてくれる?」
「うん、いっぱい褒めてあげる」
「やった! じゃあジャックに頑張って貰うね!」
喜び勇んでジャックを放り投げる舞に、陽は彼女から見えないように少しだけ表情を暗くする…………こんな状況でも自分への好意を利用することに罪悪感を覚えるその表情はとてもそそるの。割り切れば楽なのだろうけれど、それが割り切れないからこそ陽はわたくしにとってとても魅力的な存在であり続けるのよ。
「やる気が物凄くわいてきたの」
もちろん元々充分すぎるほどあったのだけれど、それが何倍にもなって胸の奥が燃えるように熱くなってきたのよ…………こんな布など羽織ってられないの。
「ちょ、結!」
「行って来るのよ」
困惑した結の反応にさらに興奮しつつわたくしは前に出る。
「切歌、援護を頼むの」
「う、うん」
信頼を込めて呟くと、自身なさげな癖に頼られて嬉しそうな声が返る。手柄は自分のもので援護なんてしていられるかと返すくらいの気概も欲しいところだけれど、素直な協力はありがたくもあるし切歌の力はそもそも攻める方向性ではない…………うまくいったらご褒美の山分けくらいは友人として検討しておくの。
「薄く伸ばす」
久方ぶりにわたくしは奥の手の一つを使う…………まあ、奥の手といってもやる事は単純なの。ナイフの刀身をいつものように伸ばすのではなくどんどんと薄くするように伸ばしていくだけ。もちろん薄くなるにつれ下がっていく強度は伸ばす事で補強するの…………どんなに固い物体だろうが分子の結合の隙間に入る程に刀身を薄くしてやれば斬れないものなどない。
「見た目だけ変わったところで意味が無いのよ」
立ちふさがった蟹のような外見の獣をわたくしは両断する。女王獣から現れた新種のそれは通常種よりは固そうな見た目をしているが、そんなことは関係なくわたくしのナイフはぶった切ったの。
普段からこれをやらない理由は単純に消耗が大きく、さらに若干普段伸ばすよりも速度が劣るから…………そして何よりもこんな手を掛けなくても普通の見えざる獣なら軽くぶった切れるからなのよ。
「結ちゃんの、邪魔、駄目」
さらにやって来た二体の獣を切歌が床へと沈めて消し去る。恐らくは床の向こう側へ潜ませたの。次元の狭間がどんな空間化は目視できていないけど、きっとそのままでは生きていけない場所には違いないのよ。
「ち、なかなか際限がねえな!」
悪態を吐きながら晴香が自身に迫った獣を消しさる。その言葉通りに女王獣はその卵管から次々に見たことのない獣を生み出し続けている。その生産速度も中々に早いせいでその対処に追われて女王獣へ接近できないでいるようなの…………違うの。わたくし含めて力を使えば接近自体は容易のはず。ただ接近しすぎることに直感的な危険を感じているだけなの。
「切歌、浮かせるの!」
「わか、った」
答えるが早いか切歌は女王獣の懐へと滑り込ませるように何かを投擲する。それは拳大のただの石。ぶつけたところで女王獣は何の痛痒 《つうよう》も感じないはずなの…………そこに何も潜ませられていなければ、なの。
「ナイス、なのよ」
拳大の石から解放された巨岩が真下から女王獣を浮き上がらせる。邪魔者の存在しない宙へと女王獣が姿を晒し…………わたくしの射線が通る。
その隙を逃すことなくわたくしはナイフの刀身を振り上げた。
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