五十五話 見えざる魔女たちと退屈晴らしの獣
わたくしを含めて今回獣の拠点へと踏み込んだ魔女たちは一つの期待をしていた。それは自分が活躍して陽にいいところを見せたいという期待なの…………なぜなら都市を襲う見えざる獣は弱すぎて彼にアピールできるところが無いの。
もちろんわたくし達だって戦うだけがアピールポイントではないのだけれど、東都を守りたいという意思を持つ陽に対してはそれが一番有効なのも確かなの。
だから不謹慎ではあるのだけど正直なところわたくしは激戦を期待していた。都市を襲いに来るような弱い個体ではなく拠点を守るための強力な個体…………それと繰り広げられる激戦を制すればきっと陽からはとても感謝されて褒めてくれるに決まっているのよ。
そしてそう考えていたのはわたくしだけではなく晴香以外の全員のはずなの。だからこそ皆テンションが高かったし危険を顧みず先行しようともしたのよ…………なにせ危険はどんと来いだったのだから躊躇する理由も無いの。
「これは、張り合いがないどころではないの」
けれどその歪んだ期待は泡へと消えた。最低限の安全確認を済ませていざ乗り込んだ先で遭遇したのは外と変わりな見えざる獣ども…………ですらなかったの。
わたくしたちが目にしたのは都市を襲い来る虫のような外見の獣共が真っ白な部屋に整列してただ立っているだけの姿。目の前に立っても、その体に触れても何の反応も示さなかったのよ。
「おおかた機能停止中ってことなんだろうよ」
拠点内での待機中に無駄なエネルギーの消耗をしないための停止状態。元々機械じみた行動をする奴らだとは思っていたけど、これで完全に生物的な生態をもっていないことがわかったの。
「舞、やっちゃうのよ」
「うん、ジャック壊しちゃって!」
もはや自分でやるのも面倒くさくなってわたくしは舞に声を掛け、その意を受けたジャックが両手を巨大化させて停止中の見えざる獣をまとめて叩き潰す。数十もの獣が一瞬にしてぐちゃぐちゃに潰れたのだけどやはり何の変化もない。
「やっぱり警報とかついてないみたいね」
「はい、ネーサマ。ここを作ったやつはよほどの馬鹿のようですね」
ここに来るまでに停止中の見えざる獣の群れを何度も叩き潰しているけれど、あちらは未だに何の反応も見せていないの。もちろん何の警戒もされていないパターンも想定内ではあったのだけれど、実際にそのパターンに当たると何とも言えない気持ちになるのよ。
「ええと、じゃあ先に進もうか」
そんな空気の中で陽は意識して明るめの声で口を開く。とはいえ彼も腑に落ちないというかこれでいいのだろうかという表情を浮かべてはいるの。
彼にしてみればこれは絶望的な人類の状況に希望をもたらすことができるかもしれない重要な局面…………それが苦労もせずあっさりと片付きそうなことが逆に不安になってしまっているのよ。
「ほ、本当に、重要視されてないの、かも」
少しの期待を込めるように切歌が言う。確かに最初に立てた予想の一つには見えざる獣がわたくしたちの世界だけではなく無数の世界へとシステム的に放たれているのではというものがあったの。
一つの世界に絞るのではなく無数の世界へと自動化されたシステムによって見えざる獣を放ってエネルギーの採掘を行う。それで全体として利益が出ていれば良しとして細かい所は見ていないのではないかという楽観的な予想…………確かにここまで警戒されていないとそれで合っているような気がしてしまうの。
「切歌、楽観するにはまだ早いのよ」
けれどわたくし自身の気を引き締めるためにも切歌を注意する。確かに状況は緩いのだけれどこの空気はあまり良くないの。こんな何とも言えない空気の状態で不測の事態が起こればどうしたって反応が遅れてしまう…………いくらわたくしには他より長い時間があるとはいえ最初の反応の遅れが致命的にならないとも限らないのよ。
最後の最後まで警戒したままの姿勢で何もなくて肩透かしを食う…………それを理想と考えて気を抜かないようにしないといけないの。
「まあ、朝倉が正しい」
「…………お前に賛同されるのは癪なの」
「てめえなあ…………」
「日頃の態度を考えるのよ」
わたくし自身大人げないとも思うが、癪なのは事実なのだから仕方ないの。
「んふふ、でもお姉さんもそれに賛成。癪だけど」
「私も賛成してやる…………ネーサマ同様癪だけど」
「舞もー! 癪? だけどー?」
「う、うん。私も、気が早かったね、癪だけど、ふひひ」
うん、皆の気持ちが一つのようで何よりなの。
「ええと、みんなが晴香に思う所があるのは知ってるけど…………ほどほどにね」
「わかっているの」
念の為にというように声を掛けて来るようにわたくしは頷く…………わかっているからこそこの程度で済ませてやっているの。
晴香がわたくしたちにかけた縛りを思えば殺しても飽き足りない程度には憎んでいるのよ…………それをこの程度で済ませてやっているのは陽と晴香が結んだ契約があるからではなく、単純に晴香をぶっ殺せば陽から嫌われてしまうという一点のみなの。
その辺りを理解して自重するべきところをあの女は全くしないから、腹も立って嫌がらせの一つもしてやりたくなると言うものなのよ。
「はっ、気を遣ってもらわなくても別にこの程度で傷つくような繊細な心を私は持っちゃいねえよ」
本当に、ムカつく女なの。
◇
しかし本当に何も起こらないなと思いながら僕は進む。見えざる獣の拠点はひたすらに真っ白な光景が続いているだけだ。
一応ある程度の区切りで部屋に分かれてはいるものの、だからといって次の部屋に変わった何かがあるわけじゃない…………これは推測に過ぎないのだけど次元の狭間にこの拠点を作り上げるに際して部屋を増設していく形で広げていったのではないだろうか。
次元の狭間が危険な場所であるとすればそこにいきなり大きな拠点を作るのではなく安全に作れる範囲の部屋を一つ作り、そこから一部屋ずつ広げていくというのは妥当な選択肢だと思う。
「待て、この先に何かいるぞ」
先頭に立っていた晴香が皆を制止するように右手を横に伸ばす。これまで歩いて来た部屋にも何もいなかったわけではないが、その全てが活動停止中の見えざる獣で注意しなくてはならない存在ではなかった…………つまりようやく変化が訪れたらしい。
「ようやく溜まった鬱憤を晴らせそうなの」
「こ、怖い相手じゃないと、いいな、えへへ」
「どんな相手でもお姉さんにお任せだからね」
「私が倒してニーサマに褒めてもらいます」
「舞も頑張るよー!」
気を引き締めるように注意はしていたものの、やはり刺激がない状態に飽きが来ていたのか結たちがこぞってやる気のある反応を見せる。
「待てと言ってるだろうが…………別に強敵と決まったわけじゃねえ。夕凪もちゃんとこっちの気配は潜ませたままにしとけよ」
「う、うん」
先に進もうが停止中の見えざる獣を叩き潰そうが相手側の反応なかったが、それでも移動中は念を入れて僕らの気配を潜ませてもらっていた。
それが見えざる獣に対して有効であるのはすでに証明されているし、相手に気づかれずに観察するにはもってこいだ…………もっともこれまでの道程からすれば必要あるのか疑問に思ってしまうけど。
「なる程、確かに違うの」
晴香の横に並び先の部屋を覗き込んで結が呟く。その声には嫌悪が含まれているのが明らかだった…………そしてそれはこれまでの見えざる獣に対する嫌悪というより、単純な生理的嫌悪であるように感じられた。
「わー、なにあれ。気持ち悪い!」
同じものを見て舞がジャックを抱きしめて結と同じ嫌悪を口にする…………なる程、確かに気持ち悪い。僕もそれを見て同じ感想を抱くしかなかった。
恐らくあれは見えざる獣の女王蜂とか女王蟻に相当するものなのだろう。虫のような外見なは通常の物と変わらないがその大きさは何倍もあり、腹部の巨大な卵管のような物を前へと伸ばすようにしてその場に鎮座している。そしてそれを支えるように伸びた何本もの腕だか脚らしきものも通常種に比べて明らかに太くて長い。
「き、気持ち悪いのだけじゃなくて、光ってるもの、あるよ」
思わずその巨体に目を奪われていたが切歌の指摘に目線を移すと確かに光るものがある。青白い光を放つ巨大な石の結晶のようなものがその部屋のあちこちに転がっていた。その巨大な化け物は僕らが見ている前でそのうちの一つを手に取るとその巨大な口の中へと呑み込む…………するとその口の当たりが青白く光り、そこから伝うように背中の方へ光が移動していった。
「あの意思みたいなのはお姉さん達の世界から奪ったエネルギーの結晶かな」
「はい、ネーサマ。私にもそう見えます…………あれが女王蜂のようなものだとすればつまりそれは産卵のためのエネルギー補給でしょうか」
「…………違う」
「ニーサマ?」
思わず違うと断言してしまった僕に夏妃が怪訝な表情を浮かべる。
「陽、何が見えたの?」
そんな僕の反応から察して結が僕へと視線を向けた…………そう、僕には見えたのだ。あの化け物が喰らったエネルギーがその口からどこへと伝わっていったのか。
それはあのいかにも卵を産みそうな卵管のような器官ではなく、その背中の当たりへと消えていた…………そしてよく見ればその背中はその一部位がまるで宙に固定されたようになっている事に気づく。
「あの化け物…………とりあえず女王獣とでも呼ぶけど、あれの背中の辺りが多分別の世界に繋がってる。あいつが喰ったエネルギーはその向こう側に伝わって行った」
僕の目にはこの獣の拠点の入り口と同じように、女王獣のその背中の辺りの空間が歪んでいるように見える。つまりはあの女王獣がその世界とこの次元の狭間を繋いでる扉なのではないだろうかと僕には思える。
「なるほどなの」
そこからは誰が早いかという話だった。
「つまりはあれを殺せば大手柄なの」
「おい待て! まだ検証不足…………」
咄嗟に晴香だけが止めるがもはや止まるものではない。
「ぶっ殺すの」
魔女たちの殺意が一斉に女王獣へと向けられた。
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