五十三話 頭の固い魔女と未知への扉
「よし、それじゃあお前の見えるそれの位置と大きさを正確に言ってくれ。そこにあるのだと確信さえ出来れば私たち魔女の力は使える」
見えざる魔女の力はイメージが大切だと聞いている。しかしそこにあるかどうかわからないものには確信が抱けない…………それが僕の言葉だけで確信できるのだろうか。確かに今の僕にはその空間の歪みが見えているけれど、それを言葉で伝える以外に共有する方法はない。
問題はその自分で見てもいない聞いただけのものを確信できるかどうか。極端な話を言えば確認できないのをいいことに僕が嘘を吐いているかもしれないし、見えてはいてもそれを正確に伝えられていないかもしれない…………そんな不安を抱くだけでも確信というのは揺らいでしまうものだ。
「それで大丈夫なの?」
「あん? 別にこの状況でお前が嘘を吐く理由もねえだろ」
「それは、そうだけど…………」
晴香の答えに僕は言い淀む。僕は別に晴香に嫌われているとは思っていないけど、特別好かれているとも思っていなかった。彼女にとって僕は興味対象ではあっても信頼対象ではないと判断していたからだ…………けれど意外とそうではないのだろうか?
晴香も自分では他人など自分の興味を埋めるだけの対象としか思っていないつもりでも、無意識では人恋しさがあったのかもしれない。
「んだよその顔は」
「…………なんでもない」
怪訝そうに僕を見る晴香から目を逸らす。
「陽、そんな女に構ってないで早くするの」
「あ、うん」
結が急かしたのはそんな僕の心情を読んだゆえだろうか。もし仮に僕の推測が当たっているなら、それは彼女にとっては晴香に自覚させたくないものではあるだろう。
「ええと、僕に見えるその入り口らしい空間の歪みの位置は此処から前方に52.5m。そこから40センチほど浮いてそこから上に3メートル、横に4メートルほどの楕円形に歪んで見える…………ただ形は安定してないかな」
大きさそのものは変わらないが常に変形しているように僕には見える。
「おー、予想以上に正確な観測じゃねえか」
「偵察で正確な報告をするにも距離とか大きさを計る感覚は重要だったからね」
その辺りは防衛隊の訓練で培っている。
「これなら問題なくやれるな」
確信を持って晴香が僕と同じところを見つめる。彼女のその目には見えないはずの空間の歪みが確かに見えているように。
「あ、そういえば晴香じゃなくて切歌がやったほうがいいんじゃないの?」
空間の歪みの向こう。恐らくは見えざる獣の拠点があると思われるその次元の狭間に侵入できるのは晴香と切歌であるらしい。
晴香の力は未だ明かされていないが、切歌の力で向こう側に潜むという形で渡るのなら相手にも気づかれないかもしれない。
「わ、私!?」
慌てたように切歌が縮こまる。出来れば話を振って欲しくなかったという表情…………気持ちはわからないでもないけど、もっと自分に自信を持って欲しい。
「そいつのやる気も問題だが別のリスクもある」
そんな切歌を見下すように見ながら晴香が僕へそう返す。
「リスク?」
「向こう側に潜んで移動するって事はいきなり状況が確認できない場所に移動するってことだ」
「…………確かに」
向こう側がどんな状況かもわからないのに移動するというのは確かにリスクがある。極端な話を言えば移動した先で敵に囲まれているならまだマシで、もしも溶鉱炉などの即死の可能性がある場所だった咄嗟の反応次第でいきなり全滅だ。
もちろん見えざる獣が出入りしているはずの場所なんだからその可能性は低いだろうとは思う…………けれどゼロではない。現状戦力としてこちらが見えざる獣を上回っている以上避けるべきはそういったリスクであると僕も思う。
「私なら入り口を開いて向こう側を確認してから移動できる。侵入に気づかれる可能性は高いだろうがどうせ暴れる予定だしな…………もちろんある程度のところまではそいつの力で潜んで移動するつもりではあるが」
この場にいるのが全戦力なのだから偵察の必要はないというのが決定事項ではあるけれど、流石に侵入してある程度は様子見をしようというのは妥当な判断だ。現状で見えざる獣は見えざる魔女にとって相手にもならないけれど、巣の中にとんでもない化け物がいるという可能性だってあるのだから。
様子を見てやばそうなら戻る、問題なさそうなら暴れる…………それだけの話だ。
「反対がないならこのままやるぞ?」
「とっととやれ、なの」
結論は出ているが念の為に確認する晴香に結が罵倒気味の言葉を返す。一応確認の為に視線を向けるが美優たちにも異論はないようだった。
「それじゃあ私の力を説明してやる…………私は見えざる魔女の候補者として集められた中では恐らく一番葉山の野郎と会話している。言われなくてもわかっていたことだがあいつは私の頭が固すぎると評しやがった。新しいものを生み出したいのならもっと頭を解して柔らかくすることだとありがたいアドバイスもくれたよ」
その当時のことを思い出したのか忌々し気な表情を晴香は浮かべた。
「だから私は実験のあの時も自分の堅い頭をどう解せるかずっと考えていた…………つまり私の世界に刻み込んだ想念は」
言葉共に晴香はその力を行使する。
「解す、だ」
解す。それは何かを柔らかくしたり、結ばれたものをといて元の形に戻すような場合に使われる言葉だ。カラオケ屋で現れた時には恐らく自分が通り抜けられるくらいに天井を柔らかく解したのだろう…………そしてそれは突きつめればあらゆるものを分解するという使い方もできるはずだ。
そう、今まさに次元の狭間へと繋がる空間を解して開こうとしているように。ほんの一瞬の間に僕の目に映っていた空間の歪みが解けて消える…………その範囲は僕が伝えた通りで実に正確だった。歪みは常に変形していたから完全に一致とまではいかないにせよほぼ完全に歪みのあった空間を全て彼女は解して見せたのだ。
「とりあえず、いきなり獣と遭遇なんて結果ではないみたいだな」
開かれた空間の向こう側を見やって晴香が呟く。普段見えざる獣が出入りしている場所なのだから当然その可能性はあった…………しかし僕の目からも確認できる向こう側の白い空間にはその姿はないようだった。
「よくやったの、ここからはわたくしの見せ場なの…………お前はもう帰っていいのよ」
「はっ、こんな未知を前にして私が帰るはずねえだろ」
当然のように邪険にする結に晴香は獰猛な笑みを浮かべる。
「人類初の見えざる獣の拠点への侵入だ。その未知を堪能させてもらうぜ」
「堪能する前にぶっ壊してやるの」
それが本来の目的ではあるのだけど、結は晴香への嫌がらせとしてを優先するように口にする。結が彼女を嫌う理由はわかるのだけど、流石に注意したほうがいいだろうか?
「…………む、結ちゃん。二人が行っちゃってる、よ」
しかし何か僕が口にするより前に、横から切歌が声を掛ける。言われて僕も見てみると美優と夏妃の二人がさっと空間に空いた穴へと歩み寄っていく。
「お姉さんとして皆を扇動しないとね」
「一番乗りで手柄を分捕ってニーサマに褒めてもらうのです」
そしてそのまま何のためらいもなく向こう側へと入って行った。
「しまった、先を越されたの」
「あ、手前ら! 私が空けた入り口だぞ!」
それを慌てて結と晴香も追いかける。
「あ、舞も舞もーっ!
さらにそれを舞が追いかけていく。
「…………僕らも行こうか」
取り残された僕は、同じ立場の切歌に肩を竦めてそう声を掛けた。
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