五十二話 彼と見えざる魔女が未来に一歩進む日
「さて、充分な休息が出来たところでお楽しみの実証実験だが、入口の目視に成功したらそのままこじ開ける実験へと移る…………そしてそれが成功したらそのまま突入して見えざる獣の巣を叩き潰す作業へと以降だ」
「え」
孤児院に訪問した翌日、僕がいつものように倉庫へと赴くと集まった面々へと晴香は今日の予定を告げて…………僕はそれに目を丸くした。僕が見えざる獣の巣を見えるかの確認から入り口をこじ開けられるかまではわかるけど、そこから突入すると聞くと流石にいきなりすぎないかと思う。
「流石に突入には何か準備がいるんじゃ?」
いくら見えざる獣が彼女らにとって雑魚であるとはいえ、流石にその巣に突入するのに何の準備もないのは不用心過ぎないだろうか。
「お前の意見はもっともだ…………だが、今回に関しちゃそっちのがリスクが高い」
想定済みというように晴香が僕を見る。他の皆の反応を伺うと僕のように反対意見がある人はいないようで、恐らく僕がいなかった昨日のうちに説明されたのだろう。
「まず入り口を確認してこじ開けられるかの確認まではいいな?」
「うん」
入り口が分かっても開けられなければ意味がない。僕が入り口を見つけられるかどうかの是非はすぐにわかるだろうし、それだけ確認して帰るというのも時間はもったいない。
「だが入り口をこじ開けるってことは相手にもそれが伝わる可能性が高い。そこから一旦引き返すってことは相手に準備する時間を与えるだけだ」
「ええとでも、見えざる獣を送り込んでる相手は細かく管理してない可能性が高いんだよね?」
「かもな、だがそれはあくまで見えざる獣の採掘の効率に関してだ。私らが侵入しようとしている見えざる獣の巣は管理してるやつの世界に繋がってるわけだぞ? そこに侵入してくる奴らに対して何のセキュリティも設定してないとは私は思わねえ」
「…………それならなおのこと準備がいると思うけど」
セキュリティがあるというのなら、なおのこと入念な準備がいるのではと僕は思う。
「準備っていうが具体的には何する? 私ら見えざる魔女はその身が一番の武器で必要な道具なんかはないぞ? 水や食料だって必要ない」
「それは…………確かに」
言われてみればその通りではある。
「それに考えてみろ」
「ええと、なにを?」
「相手方がきっちりセキュリティを設置していてこちらの侵入に気づくなら、それこそ私が最初に言った通り向こうに迎撃の時間を与えない方がいい。もちろん事前の偵察なんかができるに越したことはないが、隠れてこっそり侵入できない以上は素直に突っ込むべきだ」
「…………」
確かに入り口以外の侵入方法のない現状では偵察なんて不可能だ。ある程度侵入して引き返すくらいならそのまま最後まで突っ込めというのはもっともな話だった。
「で、さっきお前が言った通り碌に管理されておらずセキュリティすらないのならそれこそ準備の必要もない。そのまま巣を潰して終わりだ」
そう言って晴香は肩を竦める…………その通りだとしか僕には言いようがない。
「きひひ、慎重さは大切だが慎重すぎてもチャンスを逃すぞ?」
「…………肝に銘じるよ」
院長からの忠告があったことで少し皆に気を遣うことを意識し過ぎたのかもしれない。相手を思いやるのと過保護にし過ぎるのでは大きく違う…………相手をちゃんとよく見る事を意識しないと駄目だ。
「何したり顔で説教しているのよ」
「おい、いきなり痛えじゃねえか!」
そんなことを僕が考えていると結が後ろから晴香の頭を叩いた。当然晴香はそれに抗議するが結の不機嫌な表情は収まらない。
「お前の生存をわたくしが許しているのは陽の慈悲あってのものなの。それを理解せずに上から目線で彼に説教とはいい度胸なの…………そういう役目はわたくしのものであって少しショックを受けたような彼のそそる表情もわたくしだけのものなのよ」
冗談でも何でもなく本気で言っている辺りが結らしかった。
「お前、よくこんなのとずっといられるな」
「あはは、二人でいる時はそれなりにま…………普通、だから」
尊敬するようにこちらを見て来る晴香に僕は苦笑するしかない。
「ええと、それで晴香の方針には皆賛成でいいの?」
誤魔化すように僕は他の皆を見回す。
「う、うん、賛成、した、よ、ふひひ」
小さく、少しだけ努力したのか隅で小さく体育座りをしながら切歌が答える。
「お姉さん達は昨日のうちに賛成済みよ?」
「ニーサマが反対するなら反対します」
美優と夏妃の二人はいつも通りに二人並んで答える。
「舞は?」
「悪い奴らを倒しに行くんだよね! 舞頑張るよ!」
そういう風に納得させたらしくやる気満々に舞はジャックをぶんぶんと振り回す…………子供らしい仕草だけどジャックに自意識がある事を考えると可哀そうだからやめてあげて。
「じゃ、そろそろ行くか」
「あ、ちょっと待って」
「何かまだ疑問でもあるのか?」
「そうじゃなくて」
僕はスマホを取り出して見せる。
「出発する前に支倉司令に状況を伝えておこうかと思って」
会議室を空けて貰ったり食材を手配して貰ったりしているので、折を見てこちらの状況は連絡しているのだけど今回の件についてはまだ伝えていなかった。
見えざる獣の根本的な対処の可能性があるとなれば、東都の絶望的な状況に胃を痛めている支倉司令の気も休まるだろう。
「ああ、そういやお前とは連絡取れるんだったな…………それなら私達がいない間に東都の防衛を固めておくようにも伝えておけ」
「えっ、でも切歌の力で東都も潜ませておくはずだよね?」
それで見えざる獣から安全を確保できる事はこれまでに証明されている。防衛隊を動かすのは都民に無用な不安と猜疑を抱かせるだけではないかと僕は考えてしまう。
「私達が巣に侵入することに対する向こう側の反応は未知数だ。例えば新種の獣がいてそいつには切歌の力が通じない可能性もゼロじゃねえ…………もちろん私達が返り討ちに会う可能性だってな」
「…………いざという時の備えという事?」
「ああ」
晴香は頷く。僕としては想像もしたくない事態だけれど…………ありえなくもないことは直視しておかなくてはいけない。仮にそうなった場合には防衛体制を整えていたところで東都の滅亡は確定的だけど、そのおかげで滅亡までの時間が僅かに伸びる可能性はある。
そして僅かでも時間が増えるのなら、その増えた時間で滅亡を回避する奇跡が起こる可能性だってあるのだ。
「私達が不在の間に何がやって来るかわからねえからな」
強調するように告げられたその言葉が、僕の耳にはいやに残った。
◇
「あ、見える」
東都からいつかのように結に運ばれてニ十分ほどの荒野。なにも無さ過ぎて風景だけでは他と見わけも付かないようなその場所に、僕は確かな違いを見つけていた。
あまりにもあっさり過ぎて拍子抜けするくらいだ。
「流石なの、惚れ直すの。こんな簡単でいいのかと思っている表情も可愛らしいの」
「…………そんなに顔に出てる?」
毎度のことだけどそんなに僕はわかりやすい顔をしているのだろうか。
「んふふ、弟君は素直でいい子だとお姉さんは思うわよ?」
素直という事はやっぱりわかりやすいんですね。
「す、素直さは、美徳…………だよ?」
「うん、ありがとう切歌…………」
勇気を出してフォローしてくれるのは嬉しいけれど、内心駄々洩れなのはやはり恥ずかしい。
「ニーサマがわかりやすくてちょろいのは置いておいて…………とにかく見えるんですね、ニーサマ!」
「陽がちょろいのは認めるけど一番ちょろい女がよく言うの」
「あー、うん! 見えるよ!」
僕はそんなにちょろいのだろうかと思いつつも、会話を軌道修正すべく僕は勢いよく頷く。
「よし、その正確な位置は言えるか?」
「うん…………でも、ええと、本当にあれで合ってるのかな?」
なんというか僕の目には空間の歪みとでも表現すべきものが見えている。そこに本来見えている風景とは別に、その風景が渦巻のように中心に向かって捻じれているようなものが重なって見えているのだ…………これが入り口なのだろうか?
「見えてない私らにはわらかんが、お前が見えてるなら合ってるはずだ」
「…………」
晴香からは投げやりのような答えが返って来る…………考えてみれば僕の不安に同意を得ようにも、同じものが見えていないなら同意を得ようがない。
「陽、私たちが力を使うのに一番重要なのはイメージなの」
「ああうん、それは知ってるけど」
見えざる魔女の力については何度も説明されている。
「そこにあるかどうかわからないものを見ることはイメージしづらいの…………でもそこにあると分かっているものを見る事をイメージするのは簡単なだけなの」
「そんなものなの?」
「そんなものなのよ」
結は頷く。そういえば舞が赤坂を操っていた糸が見えたのはその動きから操りを人形を連想したからだった。それもつまりそこに意図があるのではと連想したからイメージしやすくなって見えたという事なのか。
「つまるところ必要なのは自信なのよ」
さらに結が付け加える。確かに自分に対する信頼が無ければ確固たるイメージなど出来ないだろう…………それに自信のない人間には誰も付いてこない。僕は見えざる魔女である皆に比べれば脆弱な存在だけど、それでも皆を受け止められる人間にならなくてはいけない。
「よし」
僕は改めて決意を込めて目の前の光景へと目を凝らす。
その捻じれた空間の先、進むべき未来を見通すように。
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