五十話 見える彼の思い出すべきものと、あんまり思い出したくない奴らの話
「きひひ、それじゃあ説明はこれで終わりにして早速実証実験と行こうぜ!」
楽しみで仕方ないというように晴香が笑みを浮かべる。彼女にしてみれば僕にあるという力も見えざる獣の拠点も推測であって現状では未知…………それを確認して興味を埋めることが晴香にとっての喜びなのだ。
ただ、僕はそれにすぐに分かったとは口に出来なかった。もちろん責任から逃げるつもりはないし、僕にその入り口が見つけられるにせよそうじゃないにせよ確認するに早いことはない…………だけど。
「却下するの」
果たしてそれを口にしていいものか、それを迷う僕を前に結が反対の言葉を上げる。
「おいおい、こういう事の確認は早いほうがいいってわかってんのか?」
「わかっているの。だからこそコンディションが大切だという話なのよ」
水を差されて眉を歪める晴香に結は淡々と返す。それこそ感情任せはなく理を説く話し方だった。
「今日一日でこれだけ情報を詰め込まれれば誰でも頭がパンクするの…………だから今日はもう、明日いっぱいまで陽に休日を与える事を提案するの」
そう言って結が皆を見回す。
「えっと、僕は大丈夫なつもりだけど」
「わたくしから見えれば無理してるのが見え見えなのよ」
そんなつもりはないと言いたかったけれど、晴香の提案に躊躇していたのは事実だ。それがなぜなのかと問われれば確かに気疲れといえるかもしれない。
「むーちゃん、その間はお姉さん達も弟君には会わないでおくってこと?」
「わたくしが言うのもなんだけど、わたくしたちという存在そのものが陽の負担であるのは間違いないことなの…………わたくしたちの事を一切気にしないでいい休日をたまには彼にも与えるべきなの。これはちょうどいい機会なのよ」
「…………結」
僕はなんだか胸が温かくなる。考えて見れば出会った当初の彼女は僕の負担になり過ぎないようにと色々気を配ってくれていた。切歌や舞が現れて彼女にも余裕がなくなったのかここ最近はそんな配慮も少なくなっていたけれど、忘れていたわけではなかったらしい。
「まあ、そう言われちゃうとお姉さんは反対できないわね…………むしろ反省。お姉さんなのに弟君に寄りかかり過ぎだったかも」
「え、ネーサマ…………でも」
「んふふ、駄目よ夏妃ちゃん。出来た妹っていうのは不満があっても何が最善なのかを判断できるものなんだから」
「はい、我慢します」
恨みがましめに結を見ながらも美優に諭されて夏妃が頷く。彼女からすれば最初に出会った結よりも僕と過ごした時間は少ない。それなのにそんな自分までも一緒くたにされるというのは納得できなかったのかもしれない。
「お、王子様の為なら、仕方、ないよね、えへへ」
「言っておくけど、隠れて見守るのも駄目なのよ?」
「そ、そんなこと、しない、よ?」
「その顔は嘘を吐いている顔なの」
結にじっと見つめられて切歌が目を逸らす。
「要注意対象に認定なの」
「む、結ちゃん、ひどい」
切歌はショックを受けたような表情を浮かべるが結は意に介さない。
「舞は…………まあ、後で話すの」
視線を向ければ舞は遊ぶのも飽きたのかジャックを抱いて眠っていた。
「そういうことなの」
「…………一日だけだな?」
「わたくしだって時間が有限なのは理解しているの」
「ならいい。確かにコンディションが最善であるのに越したことはねえ」
結の視線に晴香は引き下がると示すように肩を竦めて見せる…………それを確認して結は僕を見た。
「そんなわけだから陽、今日はもう帰って休んで…………明日は防衛隊の友人か孤児院にでも顔を出してくるといいの」
「えっ」
「もちろんわたくしは陽に構って欲しいし自分を優先して欲しいと思うのだけど、その為にこれまでの人間関係の全てを清算しろとは言わないの。自分が守るもの、守りたいものの姿を明日は思い出してくるといいのよ」
「あ」
結の言葉で僕は思い出す。考えてみれば彼女と出会ってからの僕の生活は概ね自宅とこの倉庫の往復だ。見えざる魔女を孤独に追いやった側であるという負い目と義務からそれが当然だと思っていた。
どうやら気付かない内に、僕は世界を随分と狭く感じてしまっていたらしい。
◇
「やれやれ、手のかかる男の子なのよ」
「きひひ、手のかかるように負担をかけた当人がよく言うぜ」
「大元を辿ればその一端はお前が原因だという事を忘れるのではないの」
倉庫を去る陽の背中を見送ったわたくしに嫌味を言ってくる晴香を睨みつける。わたくしの性癖がおかしくなった原因は約束を利用して東都に縛り付けてくれた目の前の女にあるの…………多分五割、いや三割くらいはこいつのせいなの。
「それで、他の魔女共の状況はどれくらいやばいの?」
「あん?」
「お前にしては状況を急ぎ過ぎなの…………だから急がなくちゃ後方を気にしなくてはならなくなるような要因があると思ったのよ」
「なるほど、あいつを帰らせたのはそれを聞くためでもあったか」
きひひ、晴香が笑みを浮かべる。
「なかなか頼もしい判断力じゃねえの」
「煩いの」
こいつに褒められても馬鹿にされているようにしか聞こえないのよ。
「あ、危ない魔女が、いるの?」
怯えるような口調で切歌が尋ねてくる。元が引き籠りなせいもあって本質的に彼女は戦いには消極的なの…………それでもまあ、舞との戦いの時のようにわたくしや陽の為に勇気を振り絞るところは頼もしいの。
「切歌、わたくしが懸念しているのは魔女ではなく魔女の集団なの」
ただやはりもう少し思考を巡らして欲しいとは思うの。
「単体の魔女であれば数の差でどうにでもなるのよ」
見えざる魔女の力には相性は存在するが、この場には六人の魔女がいる。それは流石に多少の相性などねじ伏せられるような数の差なの。
「んー、お姉さんと夏妃みたいな組み合わせは他にいなかったと思うけど?」
基本的に城塞都市の前身である各シェルターに配置されたのは一人ずつ。美優と夏妃は狂乱気味に離れる事を嫌がったからゆえの特例だったの…………その点から見れば確かに美優の言う通り徒党を組んでいる見えざる魔女はいないはずではあるの。
「当時はな」
そう、けれどそれはあくまであの時点での話でしかないの。
「つまり都市の防衛を放棄した魔女が徒党を組んでるってこと?」
「まあ、その例もある」
夏妃の意見を認めつつも晴香はそれ以外があると暗に示す。
「私がお前らに上書きした政府との契約はぶっちゃけた話それほど強固なもんじゃねえ。契約それ自体はあくまで五分五分の内容だ…………明確に相手側の約束が守られていないと確信できれば破棄しちまえる」
わたくしたちをいつか孤独から解放する、その為の努力を続けるという契約の元にわたくしたちは見えざる魔女となって都市を守る事を契約した。しかし葉山が死に研究は頓挫して本来受け取るべきだった報酬は支払われず…………その努力も都市の上層部は行っていないのが現状なの。
自分が都市を守り続けているのが約束による縛りだと理解してしまえば、その約束を破棄することは可能なの…………実際に、わたくしは破棄したのよ。
「だが別にそれ以外でも魔女同士が合流できないわけじゃない…………自分らの守る都市の人間を全員合流させるとかな」
「滅茶苦茶…………ではないの」
「う、うん……やろうと、思えば、私も、できる、よ」
切歌であれば都市そのものを小さいものに潜ませて運ぶことは可能だろう。もちろんそれは可能なだけで限界以上に力を酷使するだろうし、移動した先に穏便に戻すのはまた別の問題が発生するの。
「それで早々に合流した連中がいるってことよね?」
「ああ」
夏妃に晴香が頷く。
「お前らも覚えてるだろ? 集まった連中の中で心の弱そうなやつらを集めて隅っこで説法してたやつのことは」
「…………聖女気取りの宗教女」
「それが自分に従う魔女とそいつらの担当の都市を集めて一大勢力を築いてやがる」
「最悪なの」
想像するだけで頭が痛いの。
「やっぱりあの女だけはどさくさで殺しておくべきだったの」
「同感だ…………葉山の野郎も一応あいつと取り巻きはばらけさせるように配置させたみたいなんだがな、それでも合流しやがった」
恐らく事前に合流を固く約束していたのだろう…………これだから狂信者は厄介なの。
「んふふ、流石にお姉さんでもあの子とは仲良くできないかなあ」
「同感です、ネーサマ」
「あの人たち、怖い」
三人もあいつらに対する印象は流石にわたくしと変わらないの…………全く、これで同盟を維持するしかない理由がまた増えてしまったの。
「それで、あいつらに陽の事が知れてしまったの?」
「それはねえ…………と、言いたいが正直わからねえ。情報は他に漏らしていないがあいつらが独自の情報網を築いてないって保証はないからな」
「だから早々にこちらの体勢を整えておきたいという事なの」
「そういうこった」
全ての元凶である見えざる獣の拠点を潰せればそれはわたくしたち以外の魔女を正気へと覚ますことのできる大きな功績となる。あの聖女気取りの女の勢力を崩すにも、他の魔女を取り込むにも大きな交渉材料になるだろう。
「絶対に失敗できなくなったの」
陽にプレッシャーを与えたくないけど、その肩に大きな物が乗せられてしまったのよ。
お読み頂きありがとうございます。切りのいい話数まで頑張りましたし毎日投稿はここまでとさせて頂きます。以後は週一くらいになると思いますが今後ともよろしくお願いいたします。
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