四十三話 知識魔の魔女が嫌われる理由
「いや馬鹿って…………」
その容姿や知識魔というイメージからはまるで想像できない卑下に僕は戸惑う。それはもしかして知識を優先したいのに人類への情を捨てきれないとかそういう意味の馬鹿だろうか?
「単純に能力的な意味だ」
そんな僕の表情をまた読んだのか晴香が付け加える。
「えっと、それはその、つまり…………どのくらい?」
面食らってしまって僕はものすごく失礼な質問をした。
「心配しなくても舞みたいなお子様並ってわけじゃねーよ…………まあ、凡人だな。大昔に学校に通ってた頃を基準にするなら努力して中の上ってところの学力だ」
「…………それなら別に馬鹿ではないんじゃ」
努力して中の上ならほどほどでも中より下にはならないだろう。必ずしも学力が基準になるわけではないけれど、自分を馬鹿だと卑下するレベルではないと思う。
「凡人の分際で身の丈に合わない望みを抱いてるんだ…………馬鹿に決まってる」
「…………」
そう口にする彼女の表情は実に忌々し気だった。けれどそれは尋ねた僕に向けられているのではなく、求めるだけの力のない自分自身に向けられているようだった。
「あの、でもそれが何で人類を守る事に繋がるの?」
その表情を前に聞くのは躊躇われるが、それだけではまだ理由には繋がらない。
「昼月陽、私は自分の知りたいことの全てを知りたい」
すっとその表情を戻して晴香が僕を見る。
「それをなぜかと問われるなら性分としか言いようがない…………物心ついた時にはこうなっていた。好奇心の赴くままにあらゆることを知りたがったし、その答えの書いてある本を読み漁ったもんだ」
特別な出来事があったわけではなく生まれながらの性分…………でもそんなものなのだろうと僕も思う。結局自分の好きな事なんて後天的な影響はあるだろうけど元々の嗜好の影響が一番大きい。
好奇心の強い子供だった晴香がその好奇心を抑えることなく伸ばした…………それだけなのだ。
「まあ、子供の頃はそれで十分だった。私自身の頭がよく無かろうが子供の知りたい程度のことは調べれば答えが出て来るからな…………問題は今だ解明されていないような事柄にまで私の興味が及んでからだ」
「あ」
そこでようやく僕は晴香の理由に気付いた。そんな僕の様子に彼女は気付いていただろうけれど、その答え合わせをするように晴香は続ける。
「未だ解明されていないことを早く知りたければ自分で解明するしかない…………けどクソッたれな事に私にはそんな脳みそはねえ」
「だから…………人類を守りたい?」
「その通りだ」
晴香は頷く。
「もちろん私だって自分で未知を解明する努力はしてるけどな、私に解明できるのは根気とか試行回数が必要な事だけだ…………閃きとか頭の回転が必要な事に関してはどっかの天才に任せるしかねえ」
ただ回数をこなすだけでは絶対にわからない事柄は存在する。それこそ解明には発想の転換であったり普通ではわからないような気づきが必要な事柄は、晴香が言った通り天才の領域になってしまうのだろう。
「そういった天才が生まれるには人類の数は多ければ多いほうがいい…………滅亡なんて論外だ。文明レベルだってこれ以上落ちて貰っちゃ困る」
子供に両親からの遺伝があるにしても隔絶した天才なんてものは狙って生まれるものじゃないだろう。ただ、生まれる子供の数が多ければ多いほど天才が生まれる確率は上がるだろうし、結局のところ最低限文明が維持できていなければ天才が生まれてもその能力を生かせない。
「えっとでも、それなら…………」
「なんでこれまで動かなかったか、だろ?」
「…………うん」
人類が城塞都市に籠るようになってかなりの年月が経っている。その間にいくつもの都市が滅んでしまっている事を考えると晴香の行動は遅すぎるように感じる。
「最も大きな理由としては単純に見えざる獣について何もわかっていなかったからだ。何の解決手段もないのに見えざる魔女を都市から動けるようにしたら、それこそ人類滅亡のカウントダウンが加速しかねなかったからな」
晴香の物言いが僕は引っ掛かった。見えざる獣について知識が乏しかったからというのはわかるのだけど、見えざる魔女を都市から動けるようにしたらという言い方が気になる。
「見えざる魔女は都市を守る必要があるから動けなかったんじゃ?」
「もちろんそうだ…………ただ、一度離すには私のかけた縛りが無くなっちまうからな。そのせいで私の信用が皆無だったこともあって下手には動かせなかったんだよ?」
「それって…………晴香がみんなを都市に縛り付けてたってことになるんじゃ」
「ん、ああ。その通りだが…………ああ、なるほど。お前はあいつからは何も聞いてなかったのか。まあ、善意で残ってましたって言った方が美談になるし同情も買えるからな」
おかしそうに晴香が笑う。
「えっと…………」
聞くに躊躇われる予想が浮かんで僕は言葉に詰まる。もしもそれが事実なら結たちがあれほど晴香を恨んでいたのも納得できる…………もしも僕がいなければ即座に殺しにかかっているのではないだろうか。
「なあ、お前は見えざる魔女になった連中が善人だと思うか?」
「それは…………もちろん」
僕としてはそう答えるしかないし、気持ちとしてもそうであって欲しいと思う。
「まあ確かに集められた連中は悪い人間ではなかったな…………だがよ、善人たってどこからが善人かって基準はあるよな? 極端な話を言えばそこらを歩いてる連中だって大体の奴は善人の基準に収まると思わねえか?」
「それ、は」
収まるだろうと僕は思ってしまった。法を守り他者を害することなく生活する。目の前に困っている人がいれば助けるという行動までにはいかずとも同情し不憫に思う…………その程度であっても善人とは呼べるだろう。
「大概において善人ってのは悪人でないって意味だ」
つまるところ普通の人間を指しているようなものなのだと晴香は指摘する。
「だがもちろん世の中にはそれ以上の善人ってのも存在する。それこそ我が身の犠牲を厭わずに他者を助けようとする聖者みたいなやつだ…………だが、集められた百人の若いだけのガキども全員がそんな聖者だって奇跡があると思うか?」
「…………」
あるわけがない。結たちの性根は決して悪人ではなく善性だとは思うけど、何を犠牲にしてまで他人を守るほど極まったものではない…………そしてそれは長い孤独によって変わってしまったわけではなく元からそうだったはずだ。
「で、だ。聖者ではないガキどもが、自分が守らなければみんな死ぬからと孤独の中で続けられるものか?」
「…………続けられなかったから都市が滅んだんじゃないか」
的外れだとは思いつつも僕は口にせざるを得なかった。
「まあそれは事実ではあるがな…………それでもすぐに滅んだわけじゃない。少なくともその精神が擦り切れて異常を来たすまでは律儀に都市を守り続けたんだからな」
「そう、晴香が仕向けたと?」
聞きたくなかった言葉を、ついに僕は口にしてしまった。
「その通りだ」
悪びれる様子もなく晴香はそれを肯定する…………実際に悪いとは思っていないのだ。彼女は人類を守る必要があって、その為には他の魔女たちを利用する必要があった。
ただそれだけの事で晴香にとっては自責の念を感じる事じゃない…………やはり結の彼女への評価は間違っていなかった。晴香は稀代の知識魔であり、自分の知識を埋めるためであれば他の何を犠牲にすることにも躊躇が無い。
ただ今は彼女にとって必要だから人類を守っているだけ…………いつか必要がなくなれば新たな知識の為に切り捨てるのだろう。
「晴香は、みんなに…………他の魔女たちになにをしたんだ?」
「約束を守らせただけだ」
約束、それは見えざる魔女にとって大きな意味を持つものだ。世界に近しい存在である見えざる魔女は約束を容易に破ることができない。
「見えざる魔女を生み出す実験に際して政府の奴らは各地のシェルターを守る事を私達に要求した…………その代わり責任もって魔女となった人間の孤独を埋めるための研究を続けるってな」
確かにそういう話は結からも聞いている…………つまりその約束が見えざる魔女となった少女達を担当の都市に縛り付けたという事だろうか。
ただ、それだと疑問が残る。
「それなら別に晴香が恨まれることにはならないんじゃ?」
恨まれるとしたら約束を果たせなかった政府の方だ。
「ちょっとは考えろ…………私は見えざる魔女を生み出す実験に際してと言ったんだ」
「あ」
「見えざる魔女になる前に交わした約束に強制力はねえんだよ」
つまり見えざる魔女になった時点で少女達には人類を守る義務はなかったのだ。
「ただ、それじゃあ困るからな。私が事前に預かっていた各シェルターの位置やらそこで使える施設やらのデータが入った端末を配るついでに約束の上書きをしてやったわけだ…………政府と交わした契約通りにちゃんと都市を守りましょうねってな」
それで約束が強制力を持つかどうかは魔女ならぬ僕にはわからない…………けれど成立したからこそ見えざる魔女は各シェルターが城塞都市となるまで守ったのだろうし、その原因となった晴香を恨んでいるのだろう。
「あれ、でも」
僕はふと気づく。
「結が見えざる魔女が約束を破れないのを知っていたのは、晴香が上書きしたその約束が破れないことを知ったからってことだよね?」
「そうだろうな」
晴香が頷く。結たちは見えざる魔女となってすぐに各地のシェルターへ散っている…………つまりその約束以外に約束を結ぶ機会などほぼなかったはずなのだ。美優や夏妃のように二人一緒で行動していたなら話は別だけど、他の魔女への連絡手段が無い状態だったのだから共有は出来なかったはずだ。
晴香にされた約束の強制自体に気づくのは難しくない。聖人ならざる魔女たちはいつか孤独に耐えかねて都市の防衛を放棄しようと考え…………出来ないことに気づく。そしてその原因が契約、つまりは約束にあるのではと考える。
「なら、晴香はいつそのことを知ったの?」
晴香の話が確かなら、彼女は見えざる魔女になる前からそれを知っていたことになる。
「知っての通り私は馬鹿だからな…………聞いたんだよ」
凡人である彼女は未知を他者から聞くしかないが故に。
「それは誰に?」
「葉山龍太郎」
晴香はその名前を口にする。
「私達を見えざる魔女にしてくたばった…………私がこの世で一番嫌いなクソ野郎だ」
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