四十二話 知識を求める魔女は己を知っている
数日経って晴香から待ち合わせ場所と指定されたのは防衛隊本部からも近いカラオケボックスだった。以前に結と話す際にも使ったけれど、防音がしっかりしていて一人で利用していてもおかしくはない…………東都の中で見えざる魔女と話すにはちょうどいい場所だ。
「先に入ってればいいのかな?」
店と時間は指定されたけれど部屋番号までは指定されていない。普通に考えて見えざる魔女である晴香が先に部屋を抑えておくような真似はできない。僕は手荷物なしで店に入って店員に声を掛ける…………とりあえず二時間くらいでいいだろうか?
「ふう」
店員に指定されたカラオケルームに入って息を吐く。当然だけどそこに先客はなく他の部屋の喧騒だけが部屋に小さく響いているだけだった。僕はその事に少し安堵しつつ手近なソファへと腰を下ろす…………このまましばらく待っていればいいのだろうか? 流石に歌いながら待つのはどうかと思うしそんな気分ではない。
「おーおー、なかなか時間に正確じゃねえか。そういう几帳面さは嫌いじゃねえぜ?」
するりと、そんなことを言いながら見知らぬ少女が天井から滑り落ちて来る。それは切歌の潜むとはまた別の現象に見えた。
切歌の力の場合は潜む対象には何の変化もなくそこに吸い込まれていくような印象だけど、彼女の場合は天井が彼女を包み込むように伸びてそこから滑り落ちるような感じだった…………その後に天井はまるでスライムのように波打ちながら元の形へと戻っていく。
「相手の力に関する観察を怠らない…………そこも評価してやってもいい」
少女の言葉で僕は我に返る。彼女の出現の異様さに思わず目を奪われてしまったけれど、普通に考えれば挨拶の一つもする前にその力を推測しようとするなんて失礼もいいところだ…………幸い彼女は好意的に見てくれたみたいだけどマイナスの印象でもおかしくなかった。
「きひひ、ここで申し訳なさそうな顔する辺り本当に生真面目な奴だな…………まあ、実際のところ私は気にしないが手の内探られて喜ぶ奴は少ない。魔女の機嫌を取りたいならその辺りは気を付けるんだな」
僕の表情から心情を読み取ったらしく少女はそんな忠告を口にする…………フォローしてくれる辺り意外と親切なのだろうか。
「と、余計な話はこれくらいにしておいて一応自己紹介でもしとくか。声でわかっているだろうが会うのはこれが初めてだからな…………私が夜闇晴香だ」
名乗る少女に改めて僕はその全身へ目を向ける…………なんというかちぐはぐな印象というかスマホ越しに話した時に想像したのとはまるで違う容姿だった。
その乱暴な言葉遣いからてっきり僕は男勝りな印象を抱いていたのだけれど、実際は長い黒髪に額縁眼鏡、透き通った白い肌に華奢な体つきと文学少女といったような出で立ちだ。
以前に聞いた知識魔というイメージには似合っているけれど、その言葉遣いとは違和感がある。
「えっと僕は」
「あーあー、そっちはいい。顔も名前も性格もいくらか観察してわかってるからな」
「あ、うん」
無駄な時間は省こうと言わんばかりの態度に僕は拍子抜けしたような感覚を覚える。別に期待していたつもりはないけど、出会った見えざる魔女はみんな僕の名前を聞いて感慨深いというような反応を見せていた…………やはり他の皆と違って晴香は僕に対して特別な印象を抱いていないらしい。
「あん? あー、別に俺はお前に興味がないわけじゃないぞ? 興味自体はもちろん大いにあるが他の連中と違ってその質が違うだけだ…………まあ、ぶっちゃけた言い方をすれば研究対象としての興味だな」
結は晴香のことを稀代の知識魔と評した。だからその知識埋める対象として僕に興味はあるけれど、そこに一切の恋愛感情は含まれていないという事らしい…………でもそれを聞いて僕は落胆するどころかなんだかほっとした。だって初対面なのだからそれくらいの反応が普通なのだ。
「あー、その面だとよっぽどあいつらには苦労したらしいな」
「…………そんなことはないよ」
また表情を読まれる。そんなに僕はわかりやすいだろうか。
「読みやすいぞ、かなりな」
「え」
「まあその正直さがあいつらの好印象に繋がってるんだとは思うが、少しは意識した方がいいんじゃねえか?」
「…………努力します」
もしかするとこれまで僕が内心で考えていたことも結たちには筒抜けだったりしたのだろうか……………考えていると怖くなる。
「ま、それはいいとしてあの熊のぬいぐるみはどうした。あいつらは駄目だが熊のぬいぐるみならOKだと伝えておいただろうが」
「あ、ジャックならここに」
僕は懐から彼を取り出す。
「大きいと目立つから小さくなってもらってたんだ」
流石に僕もいい歳なので大きなぬいぐるみを持って歩くというのは恥ずかしい。ジャックは自由に大きさを変えられるからそれで小さくなってもらっていたのだ。
懐のポケットは窮屈だったろうに思うけど、取り出したジャックに不満そうな様子はない。
「お前、私だからいいけど素直に答えすぎだろ…………それだけ小さくなれるなら隠してるだけでも相手に対するアドバンテージになっただろ」
「え、でも」
現状で晴香は敵ではないしジャックを連れてくることを提案したのも彼女だ。
「教えなければ私の本性を炙り出すような誘導も出来ただろって話だ…………実行するにせよしないにせよそういう思考は持っておけ。無警戒過ぎる」
確かに晴香が実は僕の身柄を狙っているなんて話だった場合、ジャックの存在を隠す事で今がチャンスと思わせることが出来たかもしれない。そうなればジャックが不意を突いて返り討ちにし、そのまま晴香を捕まえるなり結たちに合流する時間を稼ぐなり出来ただろう。
もちろん実際はそんなことを晴香は考えていなかった…………しかし僕は聞かれるままに答えてしまっだけでそれらの可能性を精査したわけではない。それを無警戒と言われても仕方ないだろう。
「これからは私に会う時だけじゃなくて一人で行動する時はその熊のぬいぐるみを必ず携帯するようにしろ。舞はどうせ他の奴らと一緒にいるんだから問題ねえだろ」
ジャックの最優先は舞の安全ではあるけど、その安全が確保されているなら今回のように僕に貸し出されることも了承してはくれるだろう…………晴香の言う通り、どうせ今の舞は一人にはできない。
「でも、そこまでする必要あるかな?」
現状で敵対している見えざる魔女はいないし、東都の中であれば見えざる獣がいきなり現れるようなこともない。
「ねえが念の為だ…………何事も絶対はねえ。お前が偶然にも降って来た鉄骨に潰されたり、暴走したレールバスに撥ね飛ばされる可能性だって皆無じゃねえんだからな」
「そ、それは…………そうかもしれないけど」
確かにそんな状況であってもジャックがいれば何とかはなる。
「あのな、自覚がねえようだからはっきり言っておくぞ」
睨むように晴香が僕の目を見る。
「現状でお前が死んだら何もかも終わりだ…………お前が死んだら人類の滅亡が確定するものと思って身の安全を最優先にしろ」
「お、大袈裟じゃ…………」
「欠片も大袈裟じゃねえ。私は真剣に言ってる」
真っ直ぐに、晴香は僕の目をさらに覗き込むように告げる。
「お前は見えざる魔女が協力し合えるほぼ唯一の可能性だ…………他の連中がくたばっても可能性は残るがお前が死んだらほぼゼロになる」
単純なゼロではなくほぼゼロなのは僕と同じような存在が今後に現れる可能性がゼロではないからだろう…………ただ、それが限りなくゼロに近いのは僕でもわかる。
僕が見えざる魔女や獣を認識できるのは人類がその存在対応できるよう進化し始めた結果……………ではあるのだろうけど、実際は殆ど突然変異のようなものだと思う。とてつもない奇跡のような偶発的要素の重なりであって、それを再現するのはまず無理だ。
「そして見えざる魔女が協力しなければ現状の打破は不可能だ…………そして現状維持じゃ遠からず人類は絶滅する」
だから僕の死は人類の滅亡に等しい、晴香はそう言いたいらしい。
「ええと、人類が滅亡したら晴香は困るの?」
そんな彼女に対して僕はそんな質問を口にした。今回晴香に会うにあたって結たちからは様々な注意や得るべき情報なんかを指示されたけど…………その中でも最も重要なのは晴香の目的を知る事だ。
彼女が僕らを何のために集めて、何のために利用しようとしているのかを聞き出さなくてはならない。その為にも彼女が人類の絶滅を危惧する理由を聞きたかった。
「困る、困るに決まってるだろ」
その言葉に嘘はないように聞こえたけれど、重要なのはそれがなぜ困るかだ。観察対象としてまだ滅亡されては困るだけなのか、人類という種の一員として滅亡して欲しくないと願うのかでは大きく違う。
「ん、ああ。そうか、知識を得ること以外に興味のないはずの私が人類を守ろうとしてるように見えるのが不思議なわけだな」
「え、そういうわけじゃ」
「いや、いい。どうせあいつらから散々吹き込まれたんだろ…………まあ、間違っちゃいねえがな」
僕の表情をまた読んだらしい晴香が、僕に言い訳する暇も与えずつらつらと言葉を重ねる。
「確かに私は知識を得るためなら他人を利用するのも犠牲にするのも厭わねえよ…………タダな、だからこそ私は人類の存続を願ってるし無用な犠牲も出したくないと考えてる」
「え」
「恐らくというかほぼ間違いなくだが…………私は見えざる魔女の中でもっとも人類を守りたいと願っている魔女だぞ?」
それはこれまで結たちから聞かされた晴香のイメージとはまるで違う台詞だ。しかし嘘ではなく本気で言っているように僕には見える。もちろんその言葉の通り彼女は他者を利用したり犠牲を強いる事はあるのだろう…………けれどそれは必要な事だからやるのだとその言葉が示していた。
「なんで、そんなに」
「簡単だ」
その理由を問う僕に晴香は答える。
「私が馬鹿だからだ」
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