三十九話 全裸の魔女の策謀と馬鹿か腹黒かわからない相手
「自滅、してくれる、の?」
わたくしの言葉を聞いた切歌は怪訝そうな表情を浮かべる。わたくしのことは信じていてもそうなる未来が想像できない、そんな表情なの。
「するに決まってるのよ…………特にあの美優のような傲慢なタイプの女は、なの」
「ご、傲慢…………?」
ますます困惑するように切歌が私を見る。
「優しそうな、感じ、だよ?」
「確かに優しくはあるのよ…………自分が下に見ている相手には、なの」
何が傲慢だと言えばその一点だとわたくしは思うの。
「誰かの姉であることに固執するというのはつまりそういうことなの…………まあ、逆に言えばあれにとっての妹である限り安全だとは思うの」
それも一つの手ではあるのだと口にしてわたくしは切歌を見るが、彼女もわたくしと同じ意見なのはその表情で分かったの。
「そうなの、あれを姉と慕うような馬鹿馬鹿しい演技はしたくないの…………それにあれは演技じゃ納得しない可能性もあるのよ」
逆に馬鹿にされたと怒り心頭になる可能性だってある。以前にそう呼んでやろうかと美優に提案したことはあったけれど、それが通って日常的に呼ぶようになっていたらどうしてもその心の内が出てしまったと思うの。
「だからまあ、陽からのご褒美の為に仲良くしましょうと言っても一線は引くに決まっているの…………前と変わらずよからぬことだって考える可能性はあるのよ」
「えと、でも…………王子様の、寿命」
わたくしが二人を牽制するために話したことを切歌は口にする。限られた陽の寿命を伸ばしているのはわたくしの力であり、普通に考えればわたくしを殺してようやく現われた自分を認識できる異性を失う可能性を作りはしないはずなの。
「それこそわたくしのあの二人に対する撒き餌なのよ…………上にいたい人間にとってわたくしに優位に立たれるのは非常に不快なはずなの」
「で、でも、結ちゃんに、手は出せない、んじゃ?」
「それが出せるのよ」
わたくしはあっさりとその前提を覆す。
「なぜならわたくしだけでなくあの女にも陽の寿命は伸ばせるの」
「えっ」
驚いた表情を浮かべる切歌にわたくしは溜息を吐く。見えざる魔女同士で争ったのが研究所を含めて二戦だけとは言えいささか考えが無さ過ぎるの。
魔女同士の戦いの趨勢はどれだけ相手の力の応用性を読めるかにかかっている言ってもいい…………わたくしと違って戦闘中に長く考えることが出来ないのだから、敵対の可能性のある魔女の力の応用くらいいくらか想定しておくべきなの。
「切歌、あの女の世界に刻み込んだ想念は直す、なのよ」
「えっと、でも…………寿命って、直せる、ものな、の?」
「寿命を直すという使い方では恐らく伸ばせても効率はものすごく悪いはずなの」
見えざる魔女が行える世界の改竄は刻み込んだ想念に絡んだものでなくてはならない。その言葉の使い方が本来のものから離れるほど力の効率は悪くなり、大きな消耗をする割に小さな改竄しか行えないような事態になるの…………そして寿命というのは具体的な結果が見えないものなの。
例えばわたくしであれば陽の寿命を一年伸ばすよう使えばほぼその通り伸びる。しかし仮に別の魔女が効率の悪い形で陽の寿命を一年伸ばすようにした時、結果としてどれくらい一年から目減りして伸びたのかはわからないの…………そしてそれが分からないという事は彼の安定した寿命の維持ができないという事なの。
「そ、それなら、駄目、なんじゃ」
そう、それであればわたくしを殺せない。安定した寿命の管理ができないということは陽が現状より加齢する可能性があるという事なの…………渋いおじさまになったようにも興味はあるけれど、わたくしたちの姿が変わらない以上は同じように若々しい姿であって欲しいと思うのよ。
「切歌、老化というのは結局のところ細胞の劣化なの」
「う、うん」
切歌が何となくは理解しているというように頷く…………義務教育を受けたのは遥か昔の事なの。それでもまあ、見えざる魔女になってから物忘れが全く無くなったおかげでわたくしの中にその知識はまだあるの。
「恐らく美優は細胞の劣化を直せるのよ」
「あ」
細胞が劣化しないのならばそれは老化しないと言ってもいいの。
「わたくしは陽の寿命を盾に取ることであの二人の優位に立った…………しかし美優の手にはそれを覆せる力があるの」
そしてわたくしは美優が力の詳細を明かす前から、概ね彼女がそのようにも力を使えるだろうと予想していた…………予想していたうえであえて陽の寿命を引き合いにしてあの二人の優位に立ったの。
「わたくしは陽の寿命を握っているから二人に対して何もできないと警戒しない…………そう見えるようにわたくしは振舞うの」
それは陽の願いにも適う振舞いなの。彼の好感度を稼ぎながら美優と夏妃に対しては優位に立った事で調子に乗って油断しているように見せられるの。
「人の上にいたい女にとってその油断はとても突きたくなるもののはずなのよ」
わたくしは陽の寿命を握っているのだから手を出せないはずと油断している。しかし実は自分で陽の寿命を維持できる美優は気にすることなくその油断を突けるの…………それは大きな誘惑のはずなのよ。
「だからわたくしたちはいつかあの二人が仕掛けてくることを念頭にいれてせいぜい仲良くしてやればいいの…………それだけで勝手に邪魔物は消えてしかも陽が本気でわたくしたちを愛そうとしてくれるのよ」
わたくしからすればほとんど棚ぼただったの。することは変わらないのに報酬だけが大幅アップしたようなものなのよ。
「つ、つまり完全に、わたしたち、からは…………仕掛けない、ってこと?」
「まあ、そうなるの。前に話したように事故に見せかけるのも無しなのよ…………せっかくの寵愛を失うようなリスクは犯す必要はないの。向こうが裏切ったから仕方なくそれを返り討ちにする体でいくのよ」
欲をかいて陽に失望されるのだけは避けなくてはならないの。
「う、うーん」
それに切歌は少し困ったような表情を浮かべる…………何か思うところがあるのは明らかだけど、それを口にすることを躊躇っている表情なの。
「切歌。前にも言ったけど意見があるなら遠慮なく言うのよ」
わたくしたちの関係はあくまで対等、それでなくては意味がないの。
「え、えっとね」
それを思い出したのか切歌は思いきったように言葉を紡ぐ。
「結ちゃんの考えって、あの二人が裏切る、前提だよね?」
「まあ、その通りなの」
「裏切らなかったら、どうするのかな、って」
「…………裏切るであろう要因はあげたつもりなのよ」
他者の上であろうとする美優の性根と、わたくしが陽の寿命を握って上に立ったという撒き餌。わたくし的には充分だと思うのだけど、わざわざ切歌が懸念を口にするのだから何かあるはずなの。
「えっと、ね。二人とも、すごく喜んでたよね」
「阿呆に見えるくらいには喜んでいたの」
その喜びようがわたくしには裏切りの原動力になるように見えた。陽に愛されることが嬉しいからこそそれを独占したいし、私の下で恩恵を受けることが我慢ならないはずなの。
「い、意外と現状、で…………満足、しちゃうんじゃ、ないかなって、えへへ」
自分の意見の自信のなさをごまかすように切歌が笑う…………できればそこは自信をもって口にして欲しいところなのだけど、それはまあ今後の課題とするの。
「切歌の言う通りならあの二人はただのシスコン馬鹿なのよ」
あれでなんの裏もないのならただの馬鹿なの。
「馬鹿、は、言い過ぎ、だけど…………純粋そうには、見えた、よ」
「むう、なの」
わたくしは顔をしかめる。わたくしの意見としては純粋そうに見える裏にどす黒いものを隠しているだろうと思うのだけど、切歌は違うらしいの…………とはいえわたくしも切歌の意見も印象でしかない。明確に確証となる情報があるわけではないのだから、わたくしの意見を押し通すのは簡単なの。
ただ、先ほど切歌に言ったようにそれでは意味が無いの。わたくしが万能な人間であればそれで問題ないけれど、そうでないからこそ切歌に意見を求めているの。
「わたくしの考え過ぎという事なの?」
「えっと、結ちゃんは慎重、だから…………深読み、し過ぎなの、かも」
痛いところをわたくしは突かれる。切歌は言葉を選んでくれたけどつまるところわたくしの性格の悪さの問題なの。
わたくしならやる事だから相手もやるに違いない…………そんな思考だからありもしない相手の裏が見えてしまっているかもしれないの。
「…………でも、深読みでない可能性もあるのよ」
しかしわたくしが正しい可能性だってある。結局のところ結の意見だって彼女の感覚であって証拠があるわけでもないの。
「う、うん。それは、わかってる、よ」
あくまで切歌はわたくしに求められて意見を述べただけなのだ。
「まあ、でもなの」
わたくしは切歌の方が正しかった場合を検討して結論を出す。
「よくよく考えてみたらあの二人がただの馬鹿だった場合でも困ることないの…………単に何も起こらないだけなのよ」
「そ、そうだね」
「もちろんあの二人の分わたくしたちが陽と過ごす時間は減るの…………それは大きな、とても大きな問題ではあるけど致命的ではないの」
致命的なのは陽を奪われたり失ったりするような事態だ。それに比べれば許容できる範囲だし、肝心の陽からの寵愛を失うようなリスクを冒すほどでもないの。
「それに馬鹿だからこそ短絡的な行動に出る可能性はあるの」
それこそ舞のように感情のまま行動する可能性はあるだろう。
「いずれにせよ今結論は出せないの…………今後の付き合いの中で見定めていくしかないのよ」
「そ、そうだね」
「向こうがどう出るにせよ切歌を頼りにしているのよ」
「うん!」
心の底からのわたくしの言葉に切歌が嬉しそうに頷く。
「で、でも、できればみんな…………仲良く、したいな、えへへ」
「切歌は寛容なの」
他人を押しのけられないのはその卑屈さのせいもあるだろうけど、その根本にあるのはやはり彼女の優しさなのだろうと思うの。
「それでもわたくしはあの二人が馬鹿でない方を期待してしまうのよ」
ただそれは単純に陽との時間を増やしたいからだけではないの。
「…………ど、どうして?」
「簡単なの」
尋ねる切歌にわたくしは答える。
「敵でも味方でも、小賢しい輩よりも純粋な馬鹿の方が強いものなのよ」
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