三十四話 全裸の魔女と楽しいお茶会
「とりあえず、お集まりに感謝するの」
倉庫の一角に設けた円形のテーブルに座る四人へとわたくしは声を掛ける。言葉とは裏腹に恐らくわたくしの表情は歓迎するものではなかったはずなの。
舞と…………切歌はまあ許すとしても美優と夏妃の二人はわたくしにとって相容れないのだから。
「感謝するって言われてもこっちとしては不気味なんだけど」
憮然とした表情を夏樹がわたくしへと向ける。それでいて視線以外の感覚は周囲へ張り巡らせているようで、明らかにこちらの罠を疑っている態度なの。
「わたくしがお前達に罠を仕掛けるような小さい女に見えるのだとしたら心外なの」
実際は仕掛けることになんの良心の呵責も無いのだけれど、口にするのはタダなの。最終的に目的が果たせればその過程なんて大した問題ではないのよ。
「あらあら夏妃ちゃんがごめんなさいね…………駄目よ、夏妃ちゃん。せっかく朝倉さんが夕凪さんに頼んで一緒に来られるようにしてくれたのにひどいこと言っちゃ」
「でもネーサマ!」
「夏妃ちゃん」
「…………ごめんなさい、ネーサマ」
強く名前を呼ばれて夏妃が首を垂れる。それを満足げに確認して美優がこちらへとその張り付いた笑みを向けた…………相変わらずいけ好かない女なの。
「でも結ちゃん…………あ、結ちゃんって呼んでいい?」
「それは却下なの」
「お前! せっかくネーサマが!」
「わたくしをその呼び方する人間は決まっているの」
「…………む、結ちゃん、えへへ」
嬉しそうに切歌が私を見る…………相変わらず人見知りで、腰の引けた姿勢で机にへばりつくようにして椅子に座っているあんなのでもわたくしの友達なの。どうせ切歌の事だろうから、自分と同じ呼び方を許したら直接文句は言わずにこっそり拗ねるのよ。
「悪いけど別の呼び方で頼むの」
「ええとそれじゃあ…………むーちゃんなんてどう?」
「…………構わないのよ」
まさか余計に馴れ馴れしい呼び方にして来るとは思わなかったのだけど、話が進まないからここは我慢することにしておくの。夏妃が睨んで来るけど、あの女はわたくしが喜んで受け入れていると思っているのだとしたら頭湧いてるの。
「それでね、むーちゃん。夏妃ちゃんの言い方も悪かったとはお姉さんも思うんだけど、むーちゃんの方も説明不足かなって思うの」
「それは認めるの」
これから説明するはずだったのだとはあえて言わない。
「ただ、そちらからも少しは信用して欲しかったの…………わたくしは約束した通りに舞と和解してみせているのだから」
それを証明するようにわたくしが舞へと視線を向けると、彼女は特に意味も分かっていないだろうけど笑顔を返す。この集まりをするまでの数日の間に陽を交えて舞と遊び続けたかいがあって、すっかり彼女はわたくしに斬られたことも忘れて懐いてきている。
「そういえば忘れていたの…………舞、彼女があなたの傷を治してくれた美優お姉さんなのよ」
「あ、そうなんだ!」
瀕死の舞には意識が無かったので実のところ彼女は誰に助けられたか覚えていなかった。それをわたくしはきちんと説明して教えておいたの…………純真な舞を騙そうと思えば簡単な事だけれど、わたくしはそんな浅はかな真似をするほど愚かではないの。
「美優お姉さんありがとうございました!」
にこにこと、純粋な笑顔で舞が感謝を述べる。その豊満な体躯に似つかわずその表情は子供そのものでとても演技では出来ないものなの。
「うん、舞ちゃんもむーちゃんとも仲直りできて元気みたいで良かったわ」
誰彼構わず姉を自称する女がそれに絆されないはずもないの。それに嫉妬した夏妃が美優に気づかれないように感情を抑えて頬をヒクつかせているのが、中々おつなの。
「とりあえず、これでわたくしが信用できる人間だとわかって貰えたはずなの」
正直に言えばこんなことが信用にはならないとわたくしもわかってるの。わたくしは舞を美優と夏妃に渡したくなかっただけで信用云々は陽の前での建前、そしてもちろんそれは美優も夏妃だって気づいていた事なのだから。
ただまあ、この場に陽がいないとはいえ当の舞の目の前で暴露できることでもないの。この場はその建前を崩すことなく進めるしかないはずなのよ。
「ええそうね、お姉さんはむーちゃんを信用するわ」
「助かるの」
頷いてわたくしは不満そうな夏妃に視線を向ける。
「夏妃ちゃんもよね?」
「…………もちろんです、ネーサマ」
美優に促されて不承不承に夏妃が頷く。これでようやく本題に入れるの…………本題に入るだけでどれだけ無駄な時間を浪費させてくれるのよ。
「わかって貰えたのなら本題に入るの…………わたくしは罠ではなく今後の有益な関係の為の話し合いとして皆を集めたの。切歌に協力して貰って美優と夏妃が一緒に来られるようにしたのはわたくしなりの誠意なの…………これはわたくし達五人全員で決めるべきことだと思うからなのよ」
「何を決めるって言うのよ」
睨むように夏妃が私を見る。やはりというか何の信用もしていない表情なの。ただまあそれはわたくしの方だって同じなのだから責めるようなことでもないの…………全く、それなのにこんな役目を請け負ってしまったのだから本当に惚れた弱みなの。
「今後の有益な関係だと言ったはずなの」
「あら、それならもう決まってると思うけど…………違うのかしら?」
「確かにわたくしたちは今敵対関係ではないの」
だがそれは今敵対していないというだけだ。
「ただ、仲良くしましょうと言っただけで仲良くできるような関係ではないはずなの」
「私はそうは思わないけどなあ…………ねえ舞ちゃんもそう思わない?」
「うん、みんな仲良し!」
白々しく舞をダシにする美優を私は腹立たしく思うが、それを堪えてジャックに視線を向ける。するとジャックはその手を伸ばして舞の耳を塞ぐ…………あの熊のぬいぐるみと事前に話し合っておいてよかったの。
陽が事前に話し合った時の影響でジャックはただ舞に従順なだけのぬいぐるみではなく、彼女の為になるのならその意に沿わない行動もとれるようになっている。
「わたくしはそんな薄っぺらな話をしたいんじゃないの…………ぶっちゃけたところを明かして話したいと思っているのよ」
「ぶっちゃけた話って?」
とぼけるように首を傾げて見せる美優をわたくしは冷淡に見やる。
「仲良くしましょうと口にした裏で陽を独占するために他の魔女を蹴落とそうとするのは止めましょうと言っているのよ」
「それはあんたが言えた話なの?」
憮然とした表情で夏妃が指摘してくる。実際にその通りではあるし、舞を強引に引き留めたのも二人に対する戦力としてなの…………今は別だけど、当初の目的がそれであったことに変わりはないの。
「もちろん言えた話ではないのよ」
平然とわたくしは答える。
「ただ、わたくしは考えを改めたの…………その理由は言うまでもなく陽にあるの」
「あらあら、陽君になんて言われたの?」
「彼の覚悟と決意を聞かされただけなのよ」
「その内容を聞いていいかしら」
「…………」
わたくしはこれが答えであるというように口を紡ぐ。当初陽はわたくし以外の見えざる魔女にもその覚悟と決意を伴った懇願をするつもりだったけれど、わたくしがまず先に話し合いをするからと止めた。
なぜならわたくしは美優と夏妃を全く信用していないの。しかし陽があの話をするのなら相手と二人きりの方が効果は高い…………だからわたくしがまず理詰めの話で二人を納得させて安全を確保する必要がある。
二人きりにしたところで陽が攫われるようなことになったら流石に戦争しかないの、陽の意に反してぶっ殺すしかなくなるのよ。
「その内容に関しては後で陽から直接聞くことをお勧めするの…………切歌と舞も含めてその時間を取ってあるの」
美優と夏妃の二人だけではなくこちら側である舞と切歌も知らないのだと案に告げる。舞はともかく切歌は良く何も文句も言わずに従ってくれたの…………あの時多分に打算の多く含んだ形で友情を改めたことに罪悪感を覚えるくらいなの。
「だから、今は陽の絡まない話をするのよ」
「つまりどういうことよ」
「わたくしたちが争ったところで意味がないという話なの…………正確に言うなら際限がないという話になるの」
さらに正確に述べるなら際限はあるのだけれど、命を懸けた見えざる魔女同士の戦いなんてものは数度続いただけで際限がないと思えるほどうんざりするのは間違いないのよ。
「つまりむーちゃん、仮に私達がむーちゃんたちを殺してしまったとしても…………別の魔女がやって来るだけって言いたいのかしら?」
「その認識で間違いないの」
「別にあんた達を殺さなくたって追加の魔女は来るはずでしょ?」
美優へ頷くわたくしに夏妃が口を挟む。
「あの女、夜闇晴香が私達を認識できる唯一の男の情報をばら撒いたんだから」
稀代の知識魔夜闇晴香。この世の森羅万象の全てを知りたいと思っている輩相手の意図を無理に読もうとするより、目の前の状況の対処に集中した方がいいとわたくしは以前陽に答えているの。
けれど陽は恐らく逆算で…………わたくしたちの争いを止めるための方法を思索する中で晴香の意図に気づいたの。それもちゃんとわたくしが納得するレベルで。
「恐らく、あなた達四人以外に晴香は情報をばら撒いていないの」
「…………根拠はあるの?」
「この場に他の魔女が存在していないことが根拠と言えば根拠なの…………だって考えてみるのよ。すでにこの東都に切歌がやって来てから一週間以上経っているの。それなのにこの場に四人しか来れていないというのはわたくしたちの力を考えればおかしいの」
魔女は世界に刻み込んだ想念を元に世界を書き換える事が出来る。その想念によっては移動に不向きな力もあるだろうけど、大抵の力はかなりの幅で応用が利くの。東都までの距離や晴香からの知らせが届くのに差があったにしても、一週間もあればこの大陸の端からだってやって来られるはずなのよ。
「うん、お姉さんもそれには納得できるわね」
見えざる魔女の力のでたらめさを身をもって知っているからこそ、納得するしかないはずなの。
「もちろん生き残りの魔女が他に居ないという可能性もあるの…………ただ、減ってはいるだろうけど生き残りが晴香を除いてわたくしたち五人だけという事はないはずなの」
まともではないだろうけれど、わたくしたちのようにしぶとく生きているはずなのよ。
「わたくしが思うに、晴香は比較的まともな魔女を少数選んで情報を伝えたの」
この場にいる魔女は内心を別にしても話し合いができる程度にはまともなの。舞に関してはそうとも言い難いけれど、普通の人間に対する認識はともかくその思考は純真な子供で対応を間違えなければよい子になるの。
「なんの目的でそんなことあいつはしたのよ」
「今この場で起こっていることがその答えなのよ」
答えを求める夏妃にわたくしは四人を見回す。
「比較的まともな魔女が協力関係を結ぶこと、それがあの女の狙いなの」
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