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全裸の魔女と世界を救う話  作者: 火海坂猫
第一部 

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三十三話 見える彼の決意と、見えていないもの

「なかなか楽しい時間だったの」

「…………正直僕は疲れたよ」


 結局あれからなし崩し的に結の提案が通って三人とジャックでおままごとをすることになってしまった。別にそれ自体は構わなかったのだけれど、結はその体裁ていさいを崩すことなく僕に絡むことにしたらしくそれで余計な心労が溜まった。


 何せ彼女ときたら母親役らしくエプロンでも付けると言いだしたまでは良かったのだけど、代わりに僕が頼んで羽織って貰っている布を外したせいで裸エプロンの状態になってしまった。もちろん舞にはそんな知識はないから彼女は素直にお母さんっぽいと喜ぶだけだ。


 僕もそんな風に純真であれれば良かったのだけれど…………どうしても男の本能というものは反応してしまう。結はあえて僕を誘惑してくるような仕草はせずにおままごとの母親役として振る舞っていたけれど、だからこそ裸エプロンという特異な恰好が際立っていた。


 そして舞は舞で問題だった。彼女の思考は無知で純真な子供ではあるがその体は成熟した女性にも劣らないどころか豊満だ…………同性である結ですら初見でエロい体と評している。けれど彼女は自分を子供と思っているから、その体に無自覚に甘えて来る。


 はっきり言ってしまうなら結に迫られるよりも我慢するのが大変だったのだけど、下手にそれを見せてしまえば結が嫉妬する可能性もあったので僕は精神力を振り絞る必要があったのだ。


 おままごとが終わった後にジャックが僕の背中をぽんと叩いたのはよくやったという事なのだろうか…………考えてみれば支倉司令以外で弱音をこぼせる相手は彼くらいかもしれない。


「ふふん、相変わらず寝顔はまあ悪くないの」


 おままごとが終わった後に疲れたのか舞は眠くなったと結のベッドで眠ってしまった。ジャックを抱いて眠るその寝顔はあどけない子供そのもので、思わず結の表情が和らいでしまうのもわからなくはなかった。


「そういえば、夜も舞にベッドを貸してあげてるの?」


 考えてみれば結の部屋にベッドは一つしかない。二人仲良く眠っている姿を想像しようとしたけれど、結はそういうタイプではないように思えた。


「基本的には舞に貸しているのよ。別に見えざる魔女にとって睡眠は毎日取らなくてはならないものではないの」


 食事と同様に彼女らの在り様は普通の人間とは隔絶している。もちろん力を使えば疲れはするし、それを一気に解消させるために眠る事はあるのだという。けれど特に大きく消耗するような真似さえしなければ、普通に行動しているだけでも回復していくのだと結は説明してくれた。


「でもそうすると舞は?」


 舞も結と同じ見えざる魔女だ。しかし彼女は今も寝ているし、その話からすれば夜は毎日結のベッドで寝ていることになる。


「思い込みというか、夜は寝るように言いつけられているのだと思うの」


 疲れたら休みなさい、夜になったら眠りなさい。恐らくは両親からしつけられたそれを舞は必要がなくなった今でも守っていて、その思い込みが彼女に眠気を誘発しているという事なのだろう。


 その認識を正すのは簡単だと思うけど、僕はそれが正しいとは思えなかった。舞の自分に対する認識は恐らく普通の子供だ。ジャックという特別な友達はいるけれど普通の子供と変わらないものと思っている…………それを今無理に変える必要はないはずだ。


 むしろ自分が普通と違うことを強く認識させてしまえば、気づいてはいけない真実に気づく可能性もある。


「ねえ、結は舞の事をどう思ってるの?」


 僕は舞を守るとジャックと彼女自身とも約束した。けれどそれは結や切歌たちと序列をつけるという意味ではない…………だからこそ彼女たちとも正面から向き合わなくてはならないのだと僕は覚悟をようやく決めた。


 だから僕は此処で尋ねなくてはならないのだ、結の本音を。


「見てくれは別として可愛らしい子供だとは思ってるの。本来であればわたくしたちが庇護すべき存在なのに、短絡的に殺そうとしたことは過ちだったと自省しているの…………舞と和解したところはあなたも見ていたはずなの」

「うん」


 見ていたし、それで安堵もした…………けれどそれで真剣に今後起こるであろう見えざる魔女の暗闘をどうすべきかを考えたのだ。


 そして僕は一つの決心を固めた。


「でもそれは美優と夏妃に対抗するための戦力として引き込むためだよね…………もしもあの二人がいなくなったら結は舞をどうするつもり?」

「…………陽」


 すっと結の表情から笑みが消え、部屋を出るように仕草をする。それはこれから舞には聞かせたくない話をするのだと答えたようなものだ。


 僕が彼女に従って部屋を出ようとすると舞に抱かれたジャックと目が合った。それに僕は小さく頷いて見せる…………彼との約束を破るつもりはない。


「正直に言えば陽は気付いていてもその辺りには触れないと思っていたの」


 だからこそ驚いているという結のその表情には嘘はないように思えた…………だって僕にとっては触れない方が無難だ。見えざる魔女が僕を巡って裏で争うなんてことは予想するまでもなく起こりうることで、止めようとしたってどうにかなるようなものではない。


 支倉司令は僕にハーレムを維持する力が必要だといった。それは恐らく争いが起こるのは必然として、その争いの規模をうまくコントロールせよという意味だったのだと思う。


 その観点からすれば僕が直接それに触れてしまったのは最悪に近い…………僕が裏で起こっていることを何も知らないというていであれば、少なくとも結たちは僕に気づかれないようにと大きなことは自粛したはずだから。


「結、僕は舞を守ると彼女に約束した」

「まあ、予想はしていたのよ」


 大きな味方でも付かないかぎり自分に対する怯えは消えなかったはず。冷静そうに口にする結だったけれどその表情には感情がまるでない…………そうでもないと舞に対する嫉妬の感情を抑え込めないというように、取り繕うことなく全ての感情を抑え込んでいた。


「でも、僕が守りたいのは舞だけじゃない…………結も、切歌も美優も夏妃だって守ってあげたいと思う」


 もちろん僕には物理的に彼女たちを守るような力はない。僕が守ってあげられるのはみんなの心だけだし、それが一番大切なのだと思う。


「陽、それは」

「理想論なのはわかってる」


 それは切歌が現れる前からずっと結に言われていたことだ。僕という存在を前に見えざる魔女は我慢ができないし絶対に奪い合う。東都を、人類の安全を考えるのなら全ての魔女を救うことなど考えるべきはないと。


「でもさ、きっと理想をもぎ取るくらいじゃないとどうにもならなくなると思うんだ…………だって結局のところ今の僕が結たちに感じているのは罪悪感と義務感だ」


 これまで人類を守ってくれていた恩義と孤独を押し付けていた罪悪感。それがあるから僕は彼女たちに尽くすことを義務だと感じている。


 義務ならば効率的にその仕事をこなすことは正しくて、きっと結の言う通り黙って魔女たちの暗闘を見守る方が僕にとっては有利なのだろう…………でもその先に何があるかを想像するとそれは明るくない。


「それはわかっていても直接聞きたくなかった事なの」

「それでも、いつかは言わなくたって自覚することだと思う」


 今はまだいい。僕という初めて彼女らを認識できる異性の存在にその感情が湧きたっている間なら、細かいことには皆こだわらないだろう…………だけどそんな感情はいつか落ち着くもので、落ち着いてしまえば義務で接する僕の態度に落胆するかもしれない。


「結、僕は君たちを…………君を心の底から愛したいと思う」


 それが僕の決めた覚悟だ。東都の為ではなく、人類の為ではなく…………心の底から彼女たちの為だけに愛そうと僕は決めた。もちろん愛なんてそんな風に決めて愛するものじゃないとは思う…………それでも、そうするべきだと僕は思ったのだ。


「だから、僕に結を愛したくないと思わせないで欲しい」


 僕のその言葉に結がひどく狼狽うろえる。考えてみれば僕のその言葉は彼女をとても高いところに持ち上げてから突き落としたようなものだ。


「卑怯、卑怯なの」


 そう、今の言葉は紛れもなく僕の誠心誠意であり…………この上なく卑劣な言葉だ。結にとって僕という存在がかけがえのない事を知っているからこそ、それを引き合いにしているのだから。


「うん、僕は卑怯だ…………でも、これが僕の覚悟なんだよ」


 なぜなら、そうなぜなら僕が結たち見えざる魔女を愛していないのと同じように彼女らだって僕を愛してはいないだろうから…………結局のところ彼女たちにとって僕が特別なのは唯一見えざる魔女を認識することのできる男だからだ。


 例えば今すぐに僕と同じように彼女たちを認識できる異性が現れたら…………きっと彼女たちの興味は分散するのではないかと思う。それでもしも僕が彼女たちの特別でなくなったら、きっとそれまでの行動が返って来る。卑怯にも自分自身を引き合いにして無理な要求を突きつけていれば殺されたっておかしくはない。


 だから僕は見えざる魔女を心の底から愛するのと同時に、心の底から愛されなくてはならないのだ…………彼女たちが僕を見る特別な存在という脚色を外した上で。


「むう、女としてムカつく勘違いをされている顔なの」


 けれどそんな覚悟を決める僕を見て結は不満げな表情へと変わった。


「他のミーハー共と同じ扱いをされているの、心外なの」

「え、えっと結?」 


 ぶつぶつと呟く結に僕は少し戸惑いながら声を掛ける。


「気に障ったならそれがなにか教えて欲しいんだけど…………」


 どうにもその怒りは僕のした要求とは別の部分にあるように思える。


「わたくしにも女としてのプライドがあるの」


 じっと半目で結は僕を睨みつけて来た。


「それは陽が自分で思い出すことなのよ」

「えっと、はい」


 頷くしかなかった。


「まあ、とにかくあなたの希望は理解したし…………あんなことを言われては反対も出来ないの。切歌や他の連中も多分表面的には納得して見せると思うのよ」


 心からではないだろうし、裏ではより静かに深いところで闘争を繰り広げるだけだろうと結は示唆する…………もちろんそれはわかっている。それをどうにかできるかどうかは結局のところ今後の僕の頑張り次第だろうから。


「それとあなたは忘れてると思うけど今後も他の魔女がやって来るかもしれないの」

「あ、それなんだけど」


 さらなる困難の追加を指摘する結だけど、僕もそのことは考えてあった。


「多分、これ以上やって来る魔女はいないんじゃないかな?」


 お読み頂きありがとうございます。

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