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全裸の魔女と世界を救う話  作者: 火海坂猫
第一部 

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二十八話 交わる気のまるでない魔女たち

「うーん、お姉さんとしては舞ちゃんをここに残すのは危ないと思うのだけど」

「舞と行き違いがあったことは認めるの」


 頬に手を当てて首を傾ける美優に結は自身の非を認める。けれどその表情はだから諦めるというのではなくその逆、絶対に舞を連れは行かせないという意思の現われに見えた。


 正直僕としては舞を美優と夏妃の二人に一旦任せた方がいいのではないかと思う。自分を殺しかけた結に対して舞は恐怖を抱いているだろうし、ジャックに約束を履行するだけの自意識があるなら僕らに対して憎悪を抱いてもおかしくはない。


 けれどそれとは対照的に美優は舞を助けた相手としてジャックも信用するだろう。そしてジャックが信用する相手なら意識を取り戻した舞も信用するのではないだろうか。舞を東都で預かるということはそんな美優による仲裁も期待できないという事でもある。


「舞にはきちんと謝罪して許してもらうの…………その上でこの東都で問題なく暮らせるように教育してあげるのよ」

「お姉さんに任せてくれればちゃんとあなた達のことも説明してあげるわよ?」

「謝罪は直接した方が効果は大きいの」

「おい、おネーサマが信用ならないとでも言うのか!」

「その通りなの」


 苛立ったように叫ぶ夏妃に結ははっきりと返す。


「確かにわたくしたちは同じ見えざる魔女なの…………けれど共に過ごしたのはあの研究所での一時のみ、それも仲良く交流したわけではなくただ一緒に戦っただけなの」

「ええ、確かにそうね」


 美優もそれを否定せずに同意する。結と切歌、そして美優と夏妃のそれぞれの仲がいいのは魔女になる前から交流を持っていたからだ。

 僕が結から聞いた限りの話では確かに魔女の全員の仲が良くなる理由は特にない。同じ境遇である事と共に死線をくぐった経験は仲間意識を強める効果はあるけれど、研究所の戦いの後で魔女たちは別れてしまったようなのでそこから育まれることはなかったのだろう。


「だからそちらを信用できないのは当たり前なの…………ただ、わたくしとしても信用したいと思っていないわけではないの。こんな状況なのだから敵よりも味方に増えて欲しいとわたくしだって思っているのよ」


 頑なだった結がここで歩み寄るように表情を和らげて二人を見る。


「だから、ここはまずわたくしを信用して舞を任せて欲しいの…………そちらが信じてくれるならわたくし達だって二人を信じようと思うのよ」


 その言葉とは裏腹な結の交渉のえぐさに僕は思わず顔をしかめそうになる。それは先に言った方が勝ちというような要求だ。断れば美優たちはこちらを信用させる気がないという事になり、つまりは信用ならない相手と断言してしまえる。


 しかもそれは夏妃の自分達を信用できないのかという批判に対して、結の方から折れて提案した形になっている…………突っぱねれば彼女からの歩み寄りを無下にしたということになってしまうのだ。


「そうね、信用してもらいたいならこちらから信用しないと駄目ね」

「ネーサマ!?」

「舞ちゃんの事、お願いするわね」

「任せるの」


 抗議するような夏妃の表情を無視して美優が受け入れ、結が勝ち誇るように頷いた。


                ◇


 美優と夏妃が自分達の拠点である北都へと帰って、ようやくわたくしは一息つけたの。もちろんあの二人はいずれ戻って来るし、それより前にあの鬱陶うっとおしい熊公も戻って来るはずで…………その前に舞も何とかしておかないといけないのよ。

 美優はわたくしたちにもう敵対の意思はないと言付けておくと言っていたけれど正直信用できないし、戻って来た時に舞が泣き叫んでいればあの熊公は襲ってくるに決まっているの。


 とりあえず、舞が目覚めた時にいきなりわたくしたちの顔があれば話し合いにならない可能性がある。だから舞はわたくしの部屋のベッドに移動させて陽に任せ、切歌とわたくしは倉庫部分に残って顔が見えないようにすることにしたの…………わたくしのプライベートな部屋を見られていると思うとそれはそれで少し興奮するの。


「切歌、今日は悪かったの」


 ただそれはそれとしてわたくしは切歌に謝罪を口にする。今日のわたくしの判断には反省すべき部分が多かった。


 もちろん切歌もその判断に反対はしなかったけれど…………彼女の性格を考えれば間違いと気づいてもわたくしに遠慮するに決まっているの。だからわたくしが切歌にも責任を求める事は出来ないし、そんな関係のままでは協力関係の意味が無いの。


「え、えっと、結ちゃん?」

「あの熊のぬいぐるみが現象と化していることに気付きながら舞を殺すリスクに頭が回らなかったのも、殺しにかかる前に周囲の索敵を怠ったのも完全にわたくしの失策なの」


 はっきり言って舞という邪魔者を排除することを優先し過ぎた。舞の短絡的な行動を前に殺す大義名分が出来たと喜び勇んでしまったのよ。もう少しわたくしが冷静であれば舞を殺すリスクに気づけただろうし、東都の住民を操る糸を全て断ち切った時点で一旦余裕が出来たのだから周囲の索敵くらい済ますべきだった。


 そうすれば美優と夏妃の存在に気付けただろうし、二人に舞とジャックに恩を売るような隙を与えずに舞を懐柔する判断が下せたかもしれないの。


 結果としてわたくしは判断を誤り、邪魔者を排除するどころか陽を巡る魔女の争いの中で枚数不利に陥るところだった。口八丁でなんとか舞と和解するチャンスは得られたけれど、それを失敗すれば舞はあの二人についてわたくしと切歌は苦境に陥ることになるの。


「切歌、わたくしとあなたは対等な友人なの」


 多分に打算が含まれていることは否定しないけれど、それが本心でもあるの。一緒に過ごした時間自体は美優たちとそう変わらなくはあるけれど、その僅かな時間でも気を許して話す相手がいたことで、不安に押し潰されそうだった心が安らいだのをわたくしは忘れてはいない。


「だからわたくしの判断に間違いがあると思ったら、遠慮なくそれを指摘して欲しいのよ」

「え、あ、わた、し…………が?」


 戸惑うように切歌が私から目を逸らし、隠れる場所を探すように視線をさ迷わせる。再会した時は陽を見てテンションが上がっていたせいか暴走していたのだけれど、落ち着いてからは生来の卑屈さが表に出たのか判断をわたくしに全て投げてしまっている…………その方がわたくしに都合がいいからと放置していたのは誤りだったの。


「切歌、わたくしは切歌はやればできる人間だと思っているの」


 実際のところ切歌は優秀だ。舞との一戦でもほとんどこちらと意思疎通をすることなくわたくしの意図を読み取って動いてくれていた。東都に来る際にも自分の担当を放り出すのではなくきちんと対策を講じてからやってきている辺り冷静な判断力をしているの。


「もちろん切歌が前に出るような性格でないことも理解しているのよ…………ただ、後ろでわたくしの言うがままになるのではなく自分の意思でわたくしを支えて欲しいと思うの」

「結、ちゃん」


 目を逸らすのをやめて切歌が私を見る。その表情には確かな決意が込められているようにわたくしには見えたの。


「お願いするのよ」

「う、うん…………私、頑張る、ね、えへへ」


 はにかむように笑みを浮かべる切歌にわたくしは手を伸ばす。それを少し恥ずかしそうに顔を赤らめてから切歌は握った…………そこには確かな力があったの。


 舞という懸念はまだ残っているけれど、切歌との関係が確かならあの二人には負けないの。


                ◇


 東都から北都へと何度かの瞬間移動を繰り返して私とおネーサマは戻って来た。取引を交わした熊のぬいぐるみにあいつらの擁護ようごをしたうえでもう戻って構わないと告げて、それから住居にしている場所へと帰った。そしてようやく周囲に気を配らなくてもよくなったところで私は我慢していたものを吐き出したのだ。


「ネーサマはそんなにあの男がいいんですか!」


 そもそも最初から私は乗り気ではなかったのだ。他の魔女たちはどうか知らないが私はネーサマとの二人の生活で満ち足りていて孤独など感じていない。どうせあの晴香という女はろくでもないことを考えているのだろうから、その思惑になどのらず無視しておけばいいと私はネーサマに主張したのだ。


「でも、せっかくだから一目くらいは見ておいた方がいいと思わない?」


 しかしネーサマは私の意見をやんわりと否定すると東都へと赴くことを決めてしまった…………その結果ネーサマはあの男にたぶらかされてしまった。私という妹がいながらあの男に自分を姉をと呼ぶように言い出したのだ。


「そうね、とっても可愛いと思うわ」

「っ!」


 慈しむような笑みを浮かべて答えるネーサマに私の内から殺意が湧き上がる。その笑みはあんな男ではなく私に向けられるべきなのだ。


「夏妃ちゃん、駄目よ」


 気が付くとネーサマが静かな笑みをたたえて私を見ていた。常に笑み浮かべているネーサマだけどそれは私に対して怒っている時に浮かべる笑みだ。ネーサマは激昂したりはしないけれど代わりに淡々と私の至らないところを指摘する。


「で、でもネーサマ…………」


 私は言い返そうとするがネーサマの変わらぬ笑みに言葉が詰まる。いつもならそのまま謝罪を口にしてしまう所だけど、今日だけは簡単に退くわけにはいかなかった。


「ネ、ネーサマは私に飽きたんですかっ!」

「あらあら」


 驚いたようにネーサマが目を丸める。


「なんでそんな風に思ったの?」

「だって、ネーサマはあの男がいいんでしょう!」


 私のことを妹と可愛がっていても所詮は代用品だったのだ。自分を認識してくれる男が現れれば結局ネーサマはそちらを選んでしまう。


「あの男を選んで、ネーサマは私を捨てるんだ!」

「ねえ、夏妃ちゃん」


 激情のまま叫ぶ私を落ち着かせるようにネーサマは穏やかな声で話かけてくる。


「お姉さんがいつも注意してることだけど、夏妃ちゃんはちょっと視野が狭すぎると思うの」


 それは確かにいつもネーサマから注意されている事だった。どにも私はネーサマのことになると視野が狭くなって短慮な行動をしがちだ…………だけど、今は関係のない話だと思う。


「ねえ夏妃ちゃん。私をあの子に取られると思ってるのが間違いないのよ」

「何が間違いなんですか!」


 私には間違っているように思えない。


「何事もマイナスじゃなくてプラスで考えなさいってお姉さんいつも言ってるでしょ?」

「そんなの今はっ!」

「私というお姉さんを取られるんじゃなくてね、お兄ちゃんが増えるって考えるの」

「っ!?」


 それは正に青天の霹靂へきれきだった。減るのではなく増える。少し考え方を変えるだけでその意味はまるで違ってくるように私には思えた。


「お、お兄ちゃん…………」


 その存在はとても素敵な物のように思えた。そう考えてみるとあの男の背中がなぜだか思い浮かんでそれがとても頼れるようなものに見えて来た。


「夏妃ちゃんが良ければ、私と二人で弟君として可愛がってあげるのも悪くないかもしれないわよ?」

「わ、私に弟…………?」


 それも想像するとなんだか心臓がきゅんきゅんとしてくる。いつもネーサマに可愛がってもらっているだけの私が逆に誰かを可愛がる? それもネーサマと一緒に?


「す、素敵ですネーサマ!」

「うん、夏妃ちゃんもわかってくれて嬉しいわ」


 にっこりとネーサマが私に微笑む…………今の私にはもうあの男への怒りなど残っていなかった。


 三人で暮らす幸せな未来が、私の頭の中には広がっていた。

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