二十六話 見える彼が弟に認定されるだけの話
「まず率直に尋ねるの」
荒野に眠る舞を守るように立つ二人の少女を結は睨むように見やる。僕らと少女達の距離は二メートルほど。まだ敵味方も定まっていないのに互いに距離が近すぎる気はするけれど、攻撃を伸ばせる結と疑似的な瞬間移動が行える向こうからすれば距離はあまり関係なのかもしれない。
「お前達はわたくしたちの敵なの?」
「ううん、お姉さんは味方だよ」
温和な雰囲気の少女は柔和に微笑む。その隣のショートカットの少女は何か言いたそうではあったけれど、口には出さずただ僕を睨みつけた。しかし僕の表情から察したのか温和な少女が困ったようにショートカットの少女へと顔を向ける。
「もう、そんな顔しちゃ駄目よ、夏妃ちゃん」
「でも、ネーサマ!」
「だーめ。私達は喧嘩しに来たんじゃないんだから」
窘めるように少しだけ強く言い、それに夏妃と呼ばれた少女が押し黙る。
「ごめんなさいね、夏妃ちゃんはちょっと人見知りだから」
「構わないの。お前達を信用する要素が一つ減るだけの事なの」
「あらあら、手厳しいのね」
温和な少女が苦笑する。
「そもそもわたくしたちの敵を助けた時点で信用ならないのよ」
結が二人の後ろで眠る舞に視線を向ける。一度は放っておけば死んでしまう傷を負っていたその少女が、今は何事も無かったように眠っている。僕もその瞬間は直接目にはできなかったけれど、夏妃が僕らの気を引いている間に温和な少女が治療したのは状況的に明らかだった。
「あら、お姉さんはむしろあなたたちを助けたのよ?」
しかし温和な少女はこちらの想定外の答えを返した。
「説明を求めるの」
僕は驚きを表情に浮かべたが、結は淡々とその先を促す。
「お姉さん的にはね、この子を今殺しちゃうのは短絡的だと思うの」
「わたくし的には危険だし、救いようがないの」
「うーん、救いようがないっていうのは同意しかねるかな…………生かすことにリスクがあるっていうのはお姉さんも同意するしかないけど」
意外というか、温和な少女の方もただ殺すのがかわいそうという理由で舞を助けたわけではなかったようだ。どうやらきちんとそのリスクを理解した上で助けたらしい。
「悪いとは思ったけど、お姉さんあなた達の戦いを横から見させてもらったのね」
その言葉に結が不快気に片眉を歪ませる。それはつまりぎりぎりのタイミングまでこちらの手の内を観察していたという事に他ならない。敵対の意思がないというのが本当だとしてもその事実だけで結からすれば不快になるだろう。
それでも文句を口にしないのは、そんなことが目の前の少女にもわかっていないはずがないからだ。不興を買うようなことをあえて自分で口にしたのだから、その先に有用な情報があるに決まっている。
「あのジャックっていう熊のぬいぐるみには意思があるとお姉さんは判断したの」
「…………異論はないの」
明確に喋ったりしたわけではないが、僕から見ても舞からの命令以外に自分で判断して動いているように見えた。舞が意識を失った後にも動いていたことを考えれば彼に自立した意思があるのはほぼ間違いないだろう。
「あのぬいぐるみには意思があって、その存在は世界に刻まれた現象となっているの…………その状態で持ち主である舞が死んだらどうなるかお姉さんは考えたくないなあ」
「む」
それは考えていなかったのか結が顔をしかめる。
「確かに、危険だったかもしれないの」
そして素直にその事実を認める。
「あ、そっか。壊せない人形が、暴走したら、怖い、ね」
切歌も納得したように呟く。確かに考えてみればジャックに自意識があるなら舞を死んでしまった後に動けても不思議ではない。そして舞を殺された恨みを晴らそうと僕らを襲ってくる可能性もあるだろう…………そして世界に刻まれた現象と化しているジャックは破壊してもすぐに元通りになる不死身の復讐者だ。それは厄介なんてレベルの存在じゃない。
「でも舞が死ねば動かなくなる可能性もあるの」
ジャックは舞によって世界に刻まれた存在だ。それはつまり両者の繋がりは大きいということで、その片方である舞が死ねば大きな影響を受けるだろう…………それこそただの人形になる可能性だってあるかもしれない。
「でも、ならないかもしれないわ」
温和な少女がにっこりと微笑んで返す。結局のところどちらも可能性の話でしかない…………けれど、それを確認するために舞を殺してしまうのはリスクが大きいと彼女は言いたいのだろう。
ジャックが暴走する可能性はリスクとしてとてつもなく大きい。
「だからお姉さんはどうなるかの確認はしっかりした方がいいと思うのね」
「…………認めるの」
悔し気に結は反論することを諦めた。
「ふん、ネーサマに意見するなんて百年早いのよ」
「夏妃ちゃん!」
鼻で笑う夏妃を温和な少女が窘める。
「その無礼も今は我慢してやるのよ」
舞を殺そうとした判断を過ちと認めたからか、甘んじて侮辱を受け入れると結は言い返さなかった…………けれどその分を内に秘めただけのように僕には見える。何かの拍子に再び彼女らと敵対することになれば、きっと結は今の分を上乗せして返すことだろう。
「そういえば名前を聞いてなかったの」
「うん、お姉さんもみんなの名前知りたいな」
みんな、と言いつつも彼女の目は真っ直ぐに僕に向けられていた。
「朝倉結なの」
その視線を遮るように前に出て結が名乗る。
「お姉さんは秋暮美優よ」
そんな彼女を微笑ましいように眺めて温和な少女も返す。
「夕凪、切歌」
その次に地面から頭だけ出した切歌が名乗った。
「あらあら、恥ずかしがり屋さんなのね」
「…………」
視線を向けられて切歌は完全に地面へと潜んでしまった。しかしすぐに僕の背後に現れると服の裾を掴んで来る…………結とは顔見知りだったからか最初から話せていたけれど、切歌は本質的に人見知りなんだろう。真っ直ぐに見られることに慣れていないのだ。
「んふふ」
「宗田夏妃」
そんな様子を楽しげに見る美優とは対照的に不機嫌そうに夏妃が名乗る。彼女の態度は一貫して僕らに好意的ではなく、今も仕方ないから名乗るといった様子だ。
「あなたは?」
最後は僕かと思っていたら待ちきれないというように結越しに美優が僕を見る。
「晴香からの手紙に書いてあったはずなの」
「それはそうだけど…………自己紹介は自分の口からするものだとお姉さんは思うな」
「えっと、結。大丈夫だから」
出来る限り二人から僕を遠ざけたい結の気持ちもわかるけれど、言い分は美優の方が正しいと僕も思う。問題が全て解決したわけではないけれど、とりあえず美優と夏妃の二人とは敵対しない形でこの場は収まりそうなのだ、礼儀として自己紹介くらいちゃんとするべきだろう。
「僕は昼月陽です」
「へー、陽君ね」
ぼくの名前を聞いて嬉しそうに彼女は頷く。
「ねえ陽君」
「なんですか?」
「お姉さんのことをお姉ちゃんって呼んでくれてもいいのよ?」
「は?」
いきなり何を言い出すのかと僕は呆気にとられる。
「ネーサマ!」
咎めるように夏妃が声を上げる。名字が違うのだから実の姉妹ではないのだろうが、彼女が美優のことを姉と慕っているのは見た通りだ…………恐らくは過剰なほどに。そんな相手が僕を弟として扱おうとしているのを見れば、それを怒るのも自然な流れだろう。
僕としてはそこにさらなる刺激をぶち込むのは遠慮したい。
「陽、呼んでやればいいの」
けれど結はいつの間にか僕の隣に来てそっと囁く。彼女からすれば美優もまだ信用ならない相手のはずだが…………だからこそかと僕は察する。
美優と夏妃の二人の僕に対する感情に温度差があるのは明らかだ。僕が美優の要求を受け入れることでその温度差が大きくなれば二人を仲違いさせることが出来るかもしれない…………それに夏妃には先ほど嫌味を言われた恨みがある。結からすれば彼女に対する嫌がらせとしても意味があるのだろう。
「どうせ断ってもこの先何度も要求してくるのよ」
それなら今受け入れしてしまって反応を見たほうがいいと結が囁く。僕としては夏妃を刺激したくはないのだけれど、ここで断って引き延ばせば逆に美優がもっと僕に構うようになって彼女を怒らせる可能性だってあるのも確かだ…………一度呼べばそれで満足してくれるだろうか?
「お、お姉ちゃん?」
正直に言えば誰かをそう呼ぶことに抵抗はない。僕も孤児院暮らしはそれなりに長かったので親しい年長の相手を姉と呼んで慕う事だってあったからだ。
「ん、ふふふ」
しかしこれまで僕が姉と呼んだ相手の表情があんな風に蕩ける事はなかった。個室で二人っきりだったら思わず見とれてしまうような表情だったけれど…………その隣の少女から向けられる凄まじい殺意の籠った視線に思わず怯んでしまう。
「うん、いい。思った通りとてもいいね」
けれど当の美優はまるで気にした様子もなく、僕に呼ばれたことを反芻するように幸せそうな表情を浮かべる。
「ねえ、弟君って呼んでいいかな?」
「調子に乗るのは隣の狂犬を大人しくさせてからにするの」
浮かれた様子で尋ねて来る美優に横から結がつっこむ。
「あ、ごめんなさいね。駄目だよ夏妃ちゃん、仲良くしなきゃ」
「…………はい、ネーサマ」
美優に窘められて夏妃は俯くが、その目から憤りは消えてなかった。
「えっと、とりあえず仲良くやりましょう」
そう締めた僕の言葉が、荒野に虚しく響き渡った。
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