二十五話 全裸の魔女とシスコンな魔女たち
もうすぐ舞は死ぬのだと結は告げた。その言葉に半ば呆然としながら注視してみれば、確かにジャックに抱かれる彼女の顔色はどんどんと血の気が引いて白くなっている。その首の出血自体はジャックが自身を紡ぐ糸で塞いだのか止まってはいるようではあったけど…………止まっているだけなのだろう。
表に出る血を止めたところでその内側の切り裂かれた血管がそのままなら時間稼ぎにしかならない…………正しく治療する知識を舞もジャックも持っていないのだ。
「後はこのまま対峙してるだけで勝手に死ぬの。楽なの」
「…………魔女も、不死身じゃない、から」
こちらが戦う姿勢を示してさえいればジャックは舞を守るために動けない。そして動けなければ舞の状態は変化することなくそのまま死ぬだろう…………それでいいのだと僕だって頭ではわかっているのだ。
「結、切歌…………今なら」
「駄目、駄目なのよ」
僕に続きを言わせず結が遮る。
「確かに今なら取り押さえるのは容易いの。あの熊のぬいぐるみが自律しているのだとしても舞の治療を引き換えにすれば大人しくはさせられるかもしれないの…………けど、傷が治れば彼女はまた同じことをするのよ」
なぜなら取り返しのつかない事をしたとは考えていないからだ。表面上は反省したふりくらいはするかもしれないが、内心では今回のことを子供らしく根に持って意趣返しの機会を伺う事だろう…………見えざる魔女の力は取り上げられないのだと、前に口にした言葉をもう一度結は僕に告げた。
「今回勝てたのはわたくしが強かったのもあるけど、切歌がいたのも大きいの。一旦は反省したふりをしてわたくしか切歌のどちらかしかいない時に襲って来ればどうなるかわからないのよ…………それに、一緒に過ごせばあなたにとって東都の住民が大切なお人形であることを悟られるかもしれないの」
舞が東都の住民を操りながらも僕への人質にしなかったのは、彼女にとって彼らは思い入れのない人形で僕も同様と思い込んでいたからだ。もしも僕が東都の住民を守りたいと考えていることを知れば、次は人質にとろうとしてくる可能性は十分にあるだろう…………それでも。
「落ち着いて話せれば…………彼女だって人間は人形じゃないってわかってくれるかもしれない」
「なるほど、その可能性は認めるの」
一貫して舞を殺すことを主張していた結は意外にもその意見に同意してくれた。
「確かにあなたが誠心誠意接して東都の住民が人形ではないのだと説明すれば舞はその現実を認める可能性はあるのよ…………そして自分が壊した人形たちの正体も自覚してしまうの」
「っ!?」
まるで考えていなかった可能性を指摘されて僕は思わず言葉を詰まらせる。けれどそれは確かにそうなのだ。
舞が人形と思い込んでいる存在が実際はただの人間だったのだと自覚してしまったとすれば、それはそのまま彼女が自分の守るべき都市の住民たちを嬲り殺しにしてしまった現実を自覚することになる…………取り返しのつかない行為を自分がしてしまっていたのだと知ることになるのだ。
「あのお子様がその現実に耐えられるとは思わないのよ…………耐えかねて自殺するならまだしも開き直る方向へ壊れられれば非常に面倒なことになるの」
人形遊びではなく、喜々として人を殺すようになる可能性もあるのだと結は告げる。
「だからここで死んだ方が幸せなのよ」
現実を知らないまま、自分が何をしたのか知らないままの方が幸せなのだと。
「うーん、お姉さんとしてはそれ反対だなあ」
不意に割り込んだ声に僕も結も切歌も目を向ける。いつの間にか僕らの後ろに見知らぬ少女が立っていた。舞ほどではないが高めの背丈に、癖毛なのか巻きぎみの茶色がかった髪が長く垂れている。
目を細めたその表情はとても穏やかそうで思わず安心感を覚えるようだった。
「だ、誰?」
「んふふ、お姉さんはお姉さんだよ」
とりあえず問いかけるとよくわからない返しをされる。もしかして結か切歌の二人の親族だろうかと振り返るが二人とも警戒心を隠さず険しい表情を向けていた。
「あなたは、確か…………」
「あ、ごめんなさいね」
やはり見えざる魔女なのだろう。切歌は見覚えがあったらしく浮かんだ記憶を口にしようとしたが、少女はそれを遮る。
「そろそろ間に合わなくなっちゃうから説明の時間は無いの」
申し訳なさそうに少女は笑みを浮かべると僕らから明後日の方向へと視線を向ける。
「夏妃、お願い」
そしてそう呟くとその姿が落下するように地面へと消えた。僕は思わず切歌の方を見るか彼女は戸惑ったようにふるふると首を振る。
「陽、あっちなの」
結が舞の方へと視線を向ける。僕もそれに従って視線を向けると先ほどの少女が何もない虚空から舞とジャックの前へと現れた。
不意にそこに現れたわけではなく、まるで宙に空いていた穴から落ちるように足の先から現れて地面へと降り立っていた。
「結ちゃん、あの人確か治療系、の」
「まさか、なの!」
焦ったように口走る結の視線の先で少女は熊のぬいぐるみへ何か交渉するように話しかけていた…………そしてジャックは助けを求めるように舞を少女へと差し出す。
「させない、のっ!」
そんなことはさせない結が止める間もなくナイフを振るい、
「地面へ落ちろ」
また別の少女の声が響く。すると伸びたナイフの刀身は地面へと吸い込まれるように狙いを外して荒野を切り裂く。
「また邪魔が入ったの」
不機嫌そうに顔をしかめて結は声の方を睨みつける。
「ネーサマの邪魔はさせない」
そこに立っていたのはショートカットで男物の服を着た少女だった。男装でありながらすぐに少女と分かったのは、その顔つきがあまりにも可愛らしいからだ…………もっとも先程の温和な雰囲気の少女と違って敵意を隠すこともない表情だったけど。
しかも気のせいじゃなければその敵意は僕に向けられている。
「そういえば、研究所で人目もはばからずイチャイチャしてるやつらがいたの」
思い出した、というように結は少女を見る。
「血も繋がってないのにネーサマネーサマ煩い奴がいると思っていたのよ」
「露出狂に言われる筋合いないから」
「どいつもこいつもファッキンなの」
結は少女へと中指をおったてる。
「わたくしが全裸を見られて興奮することとお前がシスコンな事に関係は無いの」
「…………頭おかしいんじゃないの?」
少女は居直る結に面食らったようにやや怯むと、
「ネーサマの隣に落ちる」
相手していられないというように地面へと落ちて行った。
落ちる
恐らくそれが今の少女が世界に刻み込んだ想念なのだろう。それがいかなる理由によるものかはわからないが、彼女はあらゆるものを「落とす」ことが出来るのだ。
そしてその効果が結たちの力と同様にまともな常識の範疇に収まっていないのは今目に見た通り。
普通なら狙った場所に物を落とす場合まずその高所に移動させる必要がある。
しかし彼女の力の場合は落とす場所を指定してしまえば世界の方が辻褄を合わせようとするのか、例え離れ場所であっても空間がねじ曲がってその場から目的の場所に直接落とすことが出来るらしい。
そしてその指定通りにお姉さまと呼ばれる少女の隣に彼女が落ちて来る…………けれど僕の目は彼女ではなく舞に向いた。結が与えた怪我のせいか意識そのものは失っているようだけど、その顔には明らかに生気が戻っている。僕らがショートカットの少女に気を取られている間に治療されたと考えるのが妥当だろう。
「余計な真似を、なの」
結が舌打ちする。彼女からすれば一度追い詰めた相手を助けられた形だし、そこに二人敵が増えたようなものだから当然だろう。
「呼んでる、よ」
切歌の声に視線を動かすと温和な少女がこちらへ手招きしている。その表情にはまるで敵意など含まれておらず、その隣のショートカットの少女の方は不機嫌でこちらへの警戒を隠していないのと対照的だった。
「えっと、どうするの?」
僕としては舞が助かってほっとした半面、先ほどの結の指摘もあってあのまま終わっていて欲しかったという思いもある。正直に言えばこの後また結と舞の殺し合いが始まるのだと思うと憂鬱な気分になる。
「…………悩ましいの」
結は二人の少女を睨みつけたまま呟く。あの二人が敵か味方なのかまだ読めない。ショートカットの少女の方には敵意があったけど、その彼女がお姉さまと慕う少女の方はその逆で友好的な態度だった…………けれど僕らと敵対していた舞を助けている。
先ほど結は舞に勝てたのは人数差のおかげもあったと口にしたけど、もしもあの二人も敵対するのなら今度はこちらが人数差で負けることになる。だから結も安易に近づく判断を下せないのだろう。
そうこうしている内に温和な少女の方が手招きをやめてジャックへと何かを話かけていた。結と切歌は即座に警戒した反応を見せるがジャックはこちらへ迫ってくることはなく、東都でもない方角へとすごい速度で走って行った。
「ぬいぐるみさんにはちょっと遠くに行ってもらいました」
そう告げて少女が再びこちらに手招きする。結の推測によれば舞の力は全てあのジャックという熊のぬいぐるみに集中しているから、それが遠くに行ったというのを信じれば舞は戦力外という事になる…………これで仮に二人が敵対しても数の上では同等ということになった。
「切歌、いつでも逃げられるようにはしておくのよ」
「うん、わかってるよ、えへへ」
切歌に声を掛け、結は僕を見る。
「いざとなったら切歌に飛びつくのよ?」
「あ、えと、うん」
舞の時と同じように、即座に逃げろという事だろう。
「では行くの」
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