二十二話 純粋で残酷な魔女とその友達
「全部壊れた、って…………」
最悪の可能性は頭に浮かんでいたが、それが事実なのだと突きつけられると頭が眩むような衝撃を受けた。僕の暮らすこの都市でも五百万人以上の人々が暮らしている…………その全ての命が失われたというのは想像し難い現実だ。
「なにをしたら、そんな…………」
正直を言えば聞きたくない…………けれど聞かなければならないと僕は思った。それを聞かなければ僕は多分その決断ができない。
「いっぱい遊んだだけだよ?」
その体躯に似合わず、仕草だけは子供の様に舞は首を傾げて見せる。
「えっとね、お人形さんで色んなごっこ遊びをしたんだよ? おままごととか、お医者さんごっことか、ぼうえいたいごっことか…………あ、戦争ごっことか特に楽しかったよ!」
それが純粋な子供の発言であれば微笑ましくもあったかもしれない。けれど彼女はその言動が幼くとも超常の力を持った見えざる魔女であり、人形というのはその力で操られただけの人々なのだ……………そのごっこ遊びで何が起こって彼らが壊れたのかは想像したくもない。
「本当に一体も、残っていないの?」
「うん」
否定されることに一縷の望みを賭けて僕は尋ねるが、無邪気に舞は頷く。
「なんかねー、遊んでたらお人形さんたちが勝手に喧嘩するようになっちゃたの。それで沢山壊れちゃって、残りは壊れないように仕舞ってたんだけどね…………それも気が付いたら壊れちゃってたの」
見えざる魔女の存在を都市の住民は認識できない。そんな状態で人形として操られた人々がその意思に関わらず様々な行動を行えば、都市に混乱をもたらし人々に疑心暗鬼を生ずることは想像に難くない…………特に戦争ごっこは最悪の結果をもたらしたに違いない。彼女がその遊びに飽きて人形たちを放置した後もその争いが止んだかどうかは疑問だ。
もちろん支倉司令のようにその都市の上層部は見えざる魔女の存在を知っていた可能性はあるけれど…………知っていたからといってどうしようもない。都民に魔女の存在を明かして事件の元凶が魔女だと教えたところで舞をどうにかする方法はないのだ…………余計な混乱をもたらすだけだろう。
いずれにせよ何の解決法も見つかる事がないまま都市の人々の疑心暗鬼は限界に達した。人々は何が原因かもわからないまま疑念を抱いた相手を敵として争い始め、生き残った人々も舞の手によって捕まって…………壊れないように仕舞っていたと彼女は言ったが、人形としてしか見ていない存在に食事を与えたりはしなかったはずだ。
「でもここにはまだたくさん人形があるからいっぱい遊べるね! おにーさんなら人形が勝手に壊れたりしない方法だって知ってるよね?」
嬉しそうに、本当に嬉しそうに舞が僕を見る。そこに悪意などまるでなく、純粋に新しい玩具を見つけたことを喜んでいるだけなのだろう…………だからこそどうしようもない。彼女には自分が何をしてしまったのかを理解できていないのだから。
「陽、そろそろ諦めるの」
「でも…………」
「その女は速やかに殺してあげるのが一番マシなのよ」
結は睨むでもなくむしろ哀れむように舞を見た。
「むー、裸のおねーさーんはひどいことを言う」
「ひどくはないの」
拗ねるように頬を膨らます舞に結はナイフを構える。
「これはむしろ慈悲なのよ」
先程の哀れむような表情も今の言葉も、結の本心のように僕には見える。
「慈悲とか舞にはわかんない…………もういいや。欲しいのはおにーさんだけだしやっぱりおねーさんにはいなくなってもらうね」
「最初から襲っておいて今さらの話なの」
「さっきのは本気じゃなかったもん!」
そんな言い訳の仕方も子供のようだ。
「本気になるのが少し遅いの…………ここにはお前の人形になるような軟弱な人間は存在しないの」
「…………」
いや僕は二人に比べれば軟弱な部類と思わず口にしそうになるが、舞の目的が僕なら流石に操って結を襲わせるようなことはしないだろう…………もちろん都市内で僕ごと教われたことおは忘れていないし、子供の思考特有の気まぐれを見せる可能性はあるから油断はできないけれど。
「お人形さんが無くても私にはこの子がいるもん!」
枚は抱えていた熊のぬいぐるみを持ち上げて見せる。
「この子はね、私の一番大事なお友達なの…………名前はジャックって言うんだよ!」
それはモデルのような舞の体躯と比率がとれるような大きな熊のぬいぐるみだった。それこそ小さな子供くらいの大きさがあって、小さな女の子がそれをプレゼントされれば一生の宝物と思うかもしれない。
そしてその言葉通り舞はそのぬいぐるみを大切にしているのだろう。この荒野においても薄汚れた様子はないし、長く使っているだろうに古ぼけた雰囲気もなく新品のようにすら見える…………いや、流石にそれはおかしくないだろうかと僕は気付く。
確かに舞の性根が子供でもぬいぐるみの洗濯くらいはできるだろう。しかしそれでは清潔感を保てても経年劣化は防げない。あんな新品のような雰囲気は保てないはずだ。
もちろん実際に新品である可能性もあると思う。この東都にもぬいぐるみを製造しているメーカーはあるし、舞のいた都市にだってあっただろう。人がいなくなってもその在庫までは消えないだろうからそこから新しいぬいぐるみをおろしてきただけ…………可能性としてはそれが高いと思うけど、それにしてはあの熊のぬいぐるみに思い入れが強いように見える。
「そのぬいぐるみ、綺麗すぎるの」
僕と同じ違和感を結も覚えたようだった。
「ジャックはね、とっても綺麗好きなの! お風呂にだって一人で入れるんだから!」
「なるほど、大した熊公なの。褒めてやるの」
欠片も心の籠っていない賞賛を送りながら、すすす、と結が僕に擦り寄る。
「わたくしの予想が正しければあの熊はかなりやばいの」
「えっ!?」
「それでもわたくしの負けはないと思うけど、一旦退く可能性もあると意識しておいて欲しいの」
僕の目にはただのぬいぐるみにしか見えないのだけど、これまでずっと舞に対して好戦的だった結が一旦退く事すら検討するのはよほどのことだ。
「むー、おねーさんはおにーさんと離れてくれないと困るよー! ジャックが巻き込んじゃう!」
「さっきは平気で巻き込んでたくせによく言うの」
「えー、そうだったの! おにーさんごめんねっ!」
驚いたように大きく口を開けて謝罪を口にし、手にした熊のぬいぐるみに目を向ける。
「もー、ジャックだめだよ! おにーさんは巻き込んじゃ駄目って言ったじゃない!」
ぷんすかと擬音が聞こえそうなほどに頬を膨らませて舞はぬいぐるみを叱る。
「茶番なの」
本物の子供がやっていればそれは微笑ましいが、グラマラスな少女がやっているとなんというかシュールにも見える。しかしその間にという事なのだろう、距離を取れというように結が僕へと縦に手を振る。
「あ、離れたー!」
それに従って僕が結から距離を取ると、舞がそれに気づいて嬉しそうに声を上げる。
「じゃあジャックお願い! やっちゃえ!」
子供が遊びをけしかけるように舞がぬいぐるみへ話しかける…………その瞬間にクマのぬいぐるみの手が大きくなったように僕には見えた。それは一瞬のうちに舞と熊自身の姿すら覆い隠すほど大きくなり…………結目掛けて振り下ろされたのだ。
「うわっ!?」
轟音と共に地面が揺れて僕は身を守るように頭を抱えてしゃがみ込む。情けないことこの上ないが目の前の事象は僕の受けた訓練でどうにかできる範囲を超えている。
「手癖の悪い熊なの」
けれど見えざる魔女である結は別だ。不意打ち気味の熊の手もあっさり避けていたらしき彼女は、宙に飛び上がり巨大化した熊の手に向けて右手のナイフを横薙ぎにする…………一瞬だけ伸びたナイフが熊の手を両断し、内側の綿が溢れて舞い上がる。
「あー、ジャックの手が!?」
悲鳴のような声を舞が上げるが、結は地面へと降り立つ合間にさらにナイフを振る。再び伸びたナイフの手が正確に熊の首だけを刎ね飛ばした。
「あーっ!」
「次はお前なの」
さらに声を挙げる舞に構わず、結は着地と同時にさらにナイフを振るう。伸びたナイフは正確に舞の首へと伸びてそれを切断する…………はずだった。けれどその直前にクマのぬいぐるみから残る左手が伸びてそれを掴んで止めた。
「ジャック、そんな危ないもの没収しちゃって!」
結がナイフを縮めて取り返すよりもそれは早く、ジャックがナイフを握った手を上に挙げると結はナイフの持ち手を手放してしまった…………堪え切れないくらいあのぬいぐるみの力が強かったという事なのだろうか。彼女の手から奪われたナイフはその力の影響下から離れたことで刀身が収縮してジャックの手へと収まった。
「…………予想通りだったの」
呟きながら結はナイフを失った右手を痺れでも取るように振る。この場合の予想は当たって欲しくなかった方の予想だ。一旦退く可能性も意識はしておいて欲しいとは言われているが、逃げるのも結頼りの身としてはどうしたものかと思う。
「武器なくなっちゃったね! 降参するなら今の内だよ?」
「この程度で生意気なの」
鼻を鳴らして結は強気に言葉を返すが僕は舞の姿に、正確にはその腕の中のものに目を奪われていた。クマのぬいぐるみのジャック…………結に右手を切断されて首を刎ねられた筈のそのぬいぐるみはいつの間にか元通りになっていたからだ。
「道理で綺麗なわけなのよ」
結は驚くわけでもなく、納得がいったというようにジャックを見る。
「そのぬいぐるみが、お前の世界に刻み込んだ想念だったの」
見えざる魔女になる際に彼女たちが世界に刻み込んだという想念。魔女のその力はその想念に沿ったものであり結は「伸ばす」、切歌は「潜ませる」という言葉に絡んだ現象を引き起こすことが出来る。
けれどあのぬいぐるみが刻み込まれた想念というのはどういう事だろうか。てっきり僕は人形とか操るとかそういう言葉に纏わるものだと思っていた。
「ジャックはジャックだよ?」
そして僕だけではなくその当人すらその意味を理解できていなかった。
「まあ、そういう人間でもないとこんなことにはならないの」
結もあえて舞に理解させるつもりはないようだった…………その手には奪われたはずのナイフが握られていた。
「あれ?」
舞が首を傾げたのは、奪ったナイフはジャックがまだ握っていたからだろう。
「どちらにせよ、やることには変わりはないの」
新たなナイフをその手に、結は再び舞とジャックへと足を踏み出した。
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