二十一話 全裸の魔女と中身は子供の魔女
気が付けば僕はビルよりも高い場所から都市を見下ろしていた。糸が見えると答えて即座に結に抱え上げられて宙に舞い上がり、グラウンドと都市部を遮るフェンスの頂上を踏んだと思ったらまた次の瞬間には風景が変わり、立ち並ぶビルよりも高い場所にいた…………移り変わる目の前の光景に意識がついて行かない。
「陽、糸の先は見えるの?」
一番高いビルの屋上に着地して結が尋ねて来る。
「糸の先って言われても…………あ」
赤坂の身体に繋がっていた糸は切られると同時に消えてしまっていた。けれどビルの屋上から街を見渡すと一つの方向から大量の糸が伸びてきて街中に広がっているのが見えた…………防衛隊だけではなく全ての都民がもう人形にされているのかもしれない。
「あっち!」
「わかったの」
糸が伸びて来る方角を指さすと結は即座にそちらへと向かって跳ぶ。
「東都の外から伸びてるみたいだ!」
「ならこのまま防壁を超えるの」
東都を覆う最大の防壁である第一防壁はドーム状になっているので第二第三と違って飛び越えるようなことはできない…………はずなのだが以前も今回も結は空を模した映像を写す防壁へと跳躍し、そこに何もなかったようにすり抜けた。恐らくというか確実に彼女の力を使っているのだろうけど、何を伸ばせばそんなことが可能なのか僕には想像できない。
「見えたの」
第一防壁をすり抜け、第二防壁を足場にして第三防壁を大きく飛び越えるような跳躍をしたところで結が荒野の一点を見据える。残念ながら僕がいくら目を凝らしてもそこに人影は見つけられなかったけれど、彼女が嘘をつく理由はないし僕に見える糸もその方向へ向かって集約しているのは確かだった。
「陽、糸はわたくしたちの下にあるの?」
「え、うん」
最初糸は空から伸びているように見えたが、結が僕を抱えてビルよりも高いところを跳躍し始めた時点で糸の高さよりも上になっていた。
「ならここらでまとめて切っておくの」
呟くと同時に結は空いた左手を一振りする。都市中に広がっていた糸も都市の外に近づくにつれて一つの方向へと集約していたのでそれだけで全てが切断された。赤坂の時と同じように切断された糸は消えていく。
「全部切れた!」
「さすがわたくしなの。誉めてもいいの」
「すごい!」
「くふふ、なの」
落ち着いてものを考えられない状況に脊髄反射の返しをする僕だったが、結はまんざらでもなさそうな笑みを浮かべる。
「ではさらに褒められるために跳ぶの」
そう彼女が口にしたその瞬間に、宙で何を蹴ったのか目の前の光景が加速する。僕の動体視力がその加速した光景についていけなかったのは幸運だったと思う。
そうでなかったら一直線に地面へと突っ込んでいくという事実にひどく恐怖したことだろう。
ドカン
と、まるで大砲が炸裂したような音と破壊を撒き散らしながら結と僕は地面に降り立つ。その両足で荒野を盛大に砕いて土煙を巻き上げながらも、抱えられた僕には何の衝撃も伝わってこなかった。
「もー、早すぎるよ!」
そしてその土煙が晴れるよりも前に不満そうな声が聞こえて来た。
「もっとあの街のお人形さんで遊ぶつもりだったのにー!」
その声は本当にその言葉通りの事に対して拗ねているようだった。人形として操った人たちで僕らを仕留められなかった事でも僕らに目の前まで迫られてしまったことでもなく、まだ彼らを使って遊び足りなかったという事だけに対して。
「子供なのよ」
愕然とする僕に結がまた告げる。その一言で全て片付けて良いものかと僕は思うが、それ以外に納得できる答えが無いようにも思える。
「まあ、いいや。その分おにーさんにいっぱい遊んでもらおう!」
その切り替えの早さも子供らしい。
「残念だけど陽と遊んでもらうのはわたくしなの…………大人の遊びを希望なのよ」
「ちょ、結!」
いきなり何を言い出すのか…………大体自分を抑えられなくなるからと、まずは健全なお付き合いを提案して来たのは彼女の方なのに。
「冗談なの」
そんな僕の視線にフォローのようにそう口にするが、表情が冗談を口にしているようには見えない。以前に彼女は他の魔女が現れるようなら僕に配慮している余裕は無くなるようなことを口にしていたが…………正に余裕がなくなってきているのかもしれない。
「ねえねえ、大人の遊びって何?」
それにさらに少女が喰いつく。
「子供にはわからない遊びなの」
「もー、私子供じゃないよ!」
「子供はいつも子供であることを認めないものなのよ」
「お姉さん意地悪だー!」
ぷんぷんと擬音が聞こえそうな声で少女が怒り、それに合わせるようにして土煙が晴れてその姿を僕らの前に現した。
「声に反してエロい体してやがるの」
思わず素が出たというような声で結が呟く。けれどその言葉は僕としても事実としか言いようがなく、ようやく姿を目にした人形遣いの少女はその幼い言動に反してグラマラスな見た目をしていた。
赤みがかった金髪に大きく主張する胸。それでいて腰は細くお尻と太ももの大きさを強調していて正にモデル体型だ…………しかもその体をサイズが合っていないであろう子供用の服に無理矢理納めているものだから、裂けたりむっちりしたりと…………うん、エロいとしか言いようがない。
そんな恰好でなおかつ彼女は大きなクマのぬいぐるみを抱えているので、そのミスマッチもあってなんというかインモラルな雰囲気を醸し出している。
「陽、気持ちはわかるけど見過ぎなの。嫉妬するの」
「え、あ、ごめん」
そんなに凝視していたつもりはないが、指摘されると否定しきれないのも確かだった。
「というか思い出したの…………研究所に集められた中にクマの人形を抱えた不釣り合いに体型した女がいて目立っていたの」
「そ、そうなの?」
「わたくしの記憶が確かならそこの女は当時からあんなだったの」
「…………それは」
何とも答えに困る話だ。当時の状況を思えば見えざる魔女となる前でも何かしら幼児退行を起こすような悲劇に苛まれていても不思議ではないし、そうではない元からの性質だった可能性だってあるだろう…………いずれにせよ重要なのは目の前の彼女はその見た目に反して幼い思考をしているという事だけだ。
「やっぱり説得、できないかな」
思わず僕はそう口にしてしまう。
「陽、先ほどこの女があなたの同僚や都市の住民に何をしたか思い出してみるの」
「っ!」
「言っておくけれど、全員をほぼ無傷で保護できたのは切歌がいたからなの。わたくし一人だったら死なない程度にはするとしても大怪我はさせていたと思うのよ」
人形にされていた人々には自意識が無いように見えた。僕に見えたあの糸がそのまま彼らを操り人形としていたのだとすれば、殴って気絶させるというような解決手段はとれない。下手をすれば両手両足の骨を砕いても糸に動かされるままこちらを襲ってきた可能性もある。
もちろんそれを操る糸を切れば人形にされた人たちは解放できる…………だけど僕がその糸に気付けたのは同僚だった赤坂が襲って来た時だ。その前までに僕らを襲った千人以上もの防衛隊員を、仮に結だけだったならどう対処できたのだろうかと想像すれば嫌な光景が浮かぶ。
「この都市の住民を平然と人形として扱ったそこの女が、自分が守っていた都市をどう扱ったかを想像してみるべきなの」
「あ」
指摘されて僕の頭には恐ろしい光景が浮かぶ。
「ね、ねえ君」
尋ねるのも恐ろしく感じたけれど、聞かずにはいられなかった。
「君じゃなくて舞は舞だよ、おにーちゃん」
「それじゃあ、舞」
「うん。なーに?」
子供のような仕草で舞は首を傾げる。
「君の都市の住民はどうしたの?」
「住民ってなーに?」
不思議そうに首を傾げるその表情はふざけているようには見えなかった。
「舞がいたところに住んでいた人たちの事だよ」
「舞がいたところには誰もいなかったよ?」
「そんなはずは」
「陽」
結が冷静に僕に指摘する。
「彼女にとって自分を認識しない存在は人間ではないの」
「…………そう、だったね」
彼女にとって自分を認識できない都市の住民は全て人形なのだ。
「それじゃあ舞、君のいた場所いた人形たちは今どうなってる?」
「あの場所にいたお人形さん?」
「うん、そうだよ」
尋ね返す舞に僕は出来る限り平静な表情を取り繕って頷く。
「それならね」
そんな僕に舞は笑顔を浮かべ
「全部壊れちゃった!」
残酷な事実をとても嬉しそうに口にした。
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