二十話 操り人形と見える彼
「人形の兵隊さんだよ!」
防衛隊は都市の防衛とその為の訓練を行うので、本部の建物とは別に訓練場も併設されている。銃を使った訓練は専用の射撃場で行うが、単純な運動的な訓練を行う場合は概ねグラウンドで行う。そのグラウンドに防衛隊員が整列して集まっていた…………けれどその整列の仕方は僕が訓練で教え込まれたそれとは異なっている。
どこからか聞こえた少女の声を合わせて考えるのなら、彼らがすでに人形とされているのは明らかだった。
「数だけは多いの」
倉庫からグラウンドは近く、そのグラウンドを横断して柵を乗り越えれば正面からでなくとも防衛隊の施設を抜けて都市部に入れる。
集団に対しては死角の多い場所よりも開けた場所の方が守りやすいからと結は防衛隊の建物を通らない選択をしたが、相手はそれを読んでいたのか偶々なのかグラウンドに人形を集めていたらしい。
「まあ、それはそれとして行くの」
防衛隊員の集団は軽く見積もっても千はいる。しかし結はグラウンドに踏み入れた足を引き返すことなく前に進む。
人数差だけを考えればどう考えても無謀で僕は怯みそうになるが、その躊躇が二人の足を引っ張ることになるのだと遅れず続く。
状況に未だに追いついていない僕の常識を早急に修正する必要がある。結と切歌の二人にとって操られた千人の防衛隊員などものの数ではないのだ…………理屈ではなく感覚でそれを理解しなくてはならない。
「あはは、撃て撃てー!」
正面から向かって来た僕らに向けて無邪気な声が響き、人形にされた防衛隊員達が一斉にライフルを射撃し始める。先程もそうだったが人形にされたがゆえに彼らの射撃は正確無比だった。
離れた銃弾の一発一発がその反動を完全に抑え込んで正確に僕らに対して集中する…………けれどその瞬間には僕らはその場所にはいない。僕の手を掴んだ結は一歩の歩行距離を「伸ばす」だけで集団の後方へと移動していた。
「切歌」
「うん」
そして千人もの集団がそのやり取りだけで一瞬にして地面へと消える。「伸ばす」と「潜ませる」という二人の魔女の力は普通の人間に抗える力ではないのだ。正面から相対すればどうとでもなるのだから迷わず正面突破を選んだ結はどこまでも正しい。
「えっと、結?」
ただ一つの疑問が浮かぶ。
「なんなの?」
「もしかしなくても結の力なら都市の外まですぐに移動できるよね?」
そう、そうなのだ。以前に結はほんの僅かな時間で僕を都市から離れた荒野に連れ出したことがある。このグラウンドどころか都市の塀を超えることくらい簡単で、それならばここで待ち伏せに遭うようなこともなかったはずだ。
「できるの、ただそうすることは目的から逸れる結果となるの」
結が僕の芽を真っすぐに見つめる。
「わたくしたちは逃げるために外に出たわけではないのよ?」
「あ」
「わたくしたちの目的は人形遣いの魔女をぶち殺すことなの…………ただ、現状でわたくしたちはその魔女の居場所を知らないの」
人形は遠隔操作されていて魔女当人は声だけで姿を現していない。結と切歌の二人がその居場所を掴むよう力を持っていな限りその居場所はわからない…………そしてわかるならこんなことを口にはしないだろう。
「だからあえて操られる人たちを相手にしてるってこと?」
遠隔操作されている人たちは魔女の目であり口でもあるようだった。彼らを通して相手の魔女はこちらを見ているようだし、その反応を口にしている…………相手をし続ければその居場所のヒントになるようなことを口にする可能性はあるだろう。
それに遠隔操作の人形をあしらい続ければ焦れて当人が直接こちらを仕留めにする可能性だってある。居場所のわからない相手をつり出す選択肢としては悪くないはずだ。
「小賢しくても性根が子供ならすぐに苛立つの」
僕の言葉を肯定するように結が口にする。
「でもそれなら都市の外に出て追いかけさせるって手は?」
目的は僕なのだから逃げれば追いかけて来るのではないかと思う。そして遮る物のない荒野であれば追跡者を発見するのはそう難しいことではない。
「この都市を守るつもりが無いのならそれでもかまわないの」
けれど僕の意見に結はぴしゃりと冷水を浴びせた。
「こいつが追って来ればそれは確かに手っ取り早いの…………ただ、もし追って来ずに逃げられたことで癇癪を起こせば何をやるかは想像できるの」
癇癪を起した子供のやることなど容易に想像できる。やり場のない憤りを目の前にある玩具にぶつける事だろう…………けれどその玩具は生きた人間なのだ。
「向こうはこの都市の住民を人形としか見ていないの。そのおかげとして助かっている面もあるけど、壊すことには何の躊躇もしないはずなのよ」
「助かってる面…………?」
結が口にした言葉を僕は理解できずに口にするが、それを尋ねるよりも前に結の右手が目にも止まらず速さで動く…………止まったその手からぽろりと弾丸が落ちた。
「狙撃、なの」
「狙撃!?」
僕が驚いたのは防衛隊に狙撃兵などいないからだ。見えざる獣を認識できない一般人による防衛隊は面での射撃による制圧射撃が主な防衛方法だ。認識できない存在に対して狙撃など出来るはずもなく、狙撃兵の育成も行われていない。
「まさか警察?」
だとすれば防衛隊の外の人々も彼女の人形とされていることになる。
「この都市全員が人形にされているとしてもおかしくはないの」
最悪の想定をしておけというように結が告げる。
「んー、やっぱり人形の鉄砲じゃ駄目かー」
その後も数発の狙撃を結が防いだところで少女の声が響く。
「それじゃあ強くした人形さんならどうかなー」
その言葉と共に空から勢いよく人が降って来てグラウンドに土煙を立てる。その衝撃をものともせずに機械的に体を起こすその姿に僕は見覚えがあった。
「あ、赤さ…………」
「黙るの」
思わず同僚の名前を口にしそうになった僕を結が遮る。
「せっかく向こうが意識していないのだから弱みを見せてはいけないの」
「っ!」
弱み、確かにそうだ。ここで僕が知己である彼を心配するそぶりを見せればその命を握る相手が人質にしかねない…………いや、違う。そもそも向こうはなぜ最初から彼らを人質にしていないのかという話なのだ。
僕は防衛隊員でありこの都市を守るのが仕事だ。他の防衛隊員は仕事を共にする仲間であり同時に守るべき対象の一員でもある。例えそれが知己でなくともその命を盾にして要求を突き付けられれば拒否することは難しかっただろう。
「陽、この魔女にとって彼らは最初から人形でしかないのよ」
あえて詳しく説明せずに結が僕に告げる。最初から人形でしかないというのは皆を人形として操る前から人形としてしか見ていないということだろう…………比喩でもなくそのままなのか。
向こうは同じ見えざる魔女である結と切歌、そして例外である僕以外を人間と見なしていないのだ。そしてそれは僕らも同じだと思っている。
使い捨てのおもちゃの人形を人質にとっても従う人間なんていない…………だから人質に使用なんて発想が浮かばないのだ。
生き残っている見えざる魔女は誰であっても長い孤独の中でその心の均衡を保つためにおかしくなっているのだと前に結は僕へ説明した…………彼女の場合は露出狂となる事で自身を認識しない群衆の中で全裸となり、いつか認識されて見られてしまうかもという興奮を覚えることでその孤独を紛らわしていた。
それと同じなのだろう。この少女は自分を認識できない人々を人形と見做した。人形であれば自分を認識できないのは当然であり、人々の暮らしの中に自分だけが入り込めないという孤独を感じることもなくなるからだ。
「よっと、なの」
僕がそんな思考を巡らせている横で結が突進して来た同僚の赤坂とぶつかり両手でがっちりと掴み合いになる。その力は拮抗しているようでどちらも押し返すことが出来ずにその場に睨み合う…………これまで現れた操られた人たちを軽くあしらっていたことから考えれば手間取っているとすら見えてしまう。
「確かに強くはなってるの」
けれどその声に焦りはない。結は相手の両手を掴んだまま地面へと押し込むように体重をかけると、本当に赤坂の身体が足元から地面へと押し込まれていく。もちろんそれは物理的にめり込んでいるわけではなく切歌がその魔法で地面へと潜ませていっているのだろう…………けれどこれまでは一瞬だったのに明らかに遅い。
「抵抗、してる、よ」
それを肯定するように切歌が告げる…………しかしどうやってと僕には疑問が浮かんだ。踏ん張りを利かそうにもその足元から赤坂は沈んでいるのだ。掴む両手も押し込まれる形になっていてそれを起点に体を引っ張り上げているわけでもない。
けれど確かに赤坂は結の押し込む力に抵抗しているようで、しかし傍から見ればその姿は何かでその体を上から引っ張り上げられているようにも見えた。
「え?」
そうと意識したその瞬間に赤坂の身体に繋がる糸のような物が見えた。どこからか伸びてきているそれは彼の身体に何本も繋がっていて、それが赤坂の体を地面へと潜ませないように上へと引っ張り上げている。
「結、上から繋がる糸を切って!」
それが見えているのは恐らく僕だけなのだろう。そんな露骨なものが見えていたなら結も切歌も反応しているはず…………そしてその僕の言葉に対しての結の反応は早かった。即座に掴んだ両手を離すと一歩下がってナイフを一閃。赤坂の身体に繋がっていた無数の糸を一太刀で全て断ち切った。
すると赤坂の身体は不意に抵抗する力を失ったように地面へと落ちていく。
「糸が見えたの?」
「え、うん」
同僚が無事に保護されたことに安堵する間もなく結がじっと僕を見る。
「なら、その糸がどこから伸びていたのか教えるの」
細かい説明も理由など求めず、拙速に結は解答だけを求めた。
「えっと、あっちかな」
「わかったの」
糸は切れた瞬間に消えてしまったが、それがどの方向から伸びていたかは覚えている。その方向を指さした瞬間に結は僕の腰に腕を回すと抱え上げて跳躍した。
「まずはこの人形遊びを終わらせるの」
僕になぜ糸が見えたのかなんてことは後で確認すればいいだけのこと。終わらせるべきことをまずは終わらせる。
速やかに、時間をかけたことで余計な被害を生まないように。
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