十九話 人形遣いの魔女
「あは、あははは! ひどいこと言うのね、おねーさん」
「うるさいの」
嗤う人形に結が吐き捨てて手を振るとその首が跳ぶ。彼女の手にはいつの間にかナイフが握られていて、恐らくはそれを瞬間的に伸ばしてその首を刎ねたのだろう。しかしそれで人形が止まることもなくその口は動き続けた。
「あはは、無駄だよ! 人形はそれくらいじゃ壊れないから!」
「そんなことは承知なの」
答えて結が再び手を振ると人形の頭が縦に割れる。すると今度は首のない胴体部分が立ち上がって笑い声をあげた。
「だから無駄だよ! 私の人形はとっても頑丈なんだから!」
人を模しているからつい急所も人と同じ場所を連想してしまったが、別に頭を失っても動けるどころか喋ることも継続できるらしい…………とはいえそれは頑丈という話ではないように僕には思えるけど。
それに結も無駄な事をしているわけではなく、単にどの程度損壊させれば動かせなくなるかの確認をしているだけだ。
「切歌」
「う、うん」
結が切歌に声を掛けると同時に人形の胴体が地面へと沈む…………彼女の力で地面に潜ませたのだろう。そこからコンクリートを割って人形が戻ってくるわけでもなく、しばらくしても平坦な床は床のままだ。
「出て来ない、ね」
「なの」
結が頷く。
「切歌、中の様子はわかるの?」
「えと、動いて、ない……かな?」
「なるほど、なの」
納得したように結は人形の消えた床を見る。
「今の人形は遠隔操作だった可能性が高いの」
それを地面に潜ませたことで遠隔操作が切れた、そういうことだろうか。
「えっと、これで終わり…………?」
「そんなわけないの」
拍子抜けしたような僕の言葉を結が切って捨てる。もちろん僕だって遠隔操作というのは聞いたばかりだしそれを行っていた魔女が無事な事はわかっている。
ただ、それを戦闘開始の合図に次々と人形が襲い来るような展開を僕は想像していたのだ。しかし何も起こらないからつい余計な事を言ってしまった。
「口調の割に冷静なの、厄介なの」
面倒そうに結が息を吐く。
「えっと、どういうこと?」
「今のは時間稼ぎなの」
だから追撃が無いのだと結は言う。
「多分話している間に外で好き勝手やっていたのよ」
見えざる魔女が力を使えば同じ魔女ならわかる。だからすぐに対処させないために人形を一体僕らの前に送り込んで攪乱とした。
「好き勝手って…………」
「想像できるのはろくでもない事なのよ」
「それ、はっ」
確かにできる、出来てしまう。見えざる魔女の力を僕はまだ結と切歌のものしか知らないけれど、それが一つの言葉に纏わる力であることは説明されたし実際に確認している。
そしてその理屈からすれば今やって来た魔女の力は人形とか操るとかそういった類の言葉に関するもの…………会話の中に出てきた頻度を考えれば恐らく「人形」だろう。
そして人形遣いとか人を操るような特殊能力の持ち主が出てくる物語は少なくなく、だからそれをどういった使い方するかというのも想像できてしまう。
「この都市の住民を、もし…………」
「そうなの、生きた人間を人形として扱えるとしたら最悪なの」
僕が口にするのも躊躇った可能性を、結は現実を突きつけるようにはっきりと口にする。
「そんな残酷な真似」
「子供なら、子供だから平気で出来るの」
性根は子供のままに、それでいて蓄積された経験に基づいて行動している…………だからこそ厄介なのだと結は忌々しげに呟く。
「やめさせないと」
まだそうと決まったわけではないが、被害が出てからでは遅い。
「わたくしだってそのつもりなの…………これまで守って来たこの都市を他の魔女に好き勝手やらせるほどわたくしはお人好しではないのよ」
僕の事とは別にしても結は長い時をこの都市の守護者として過ごしている。一度は見捨ててしまったのだとしてもやはり愛着のようなものはあるのだろう。
「切歌、陽と住民の守りは任せるの」
「う、うん…………任せて」
性格的にも力の傾向的にも切歌は守りが向いている。潜ませることで遠隔操作を断ち切れるなら都民が人形にされているのだとしても無傷で解放できる。
僕としても情けなくはあるけど見えざる魔女と戦えると思うほど自惚れていない…………何よりも人の形をしたものを攻撃できる自身も無かった。守って貰えるのならそれに従う他ない。
「それじゃあ打って出るのよ。勝利条件は人形遣いの魔女をぶっ殺すことなの」
◇
「あ、そうだ」
まず支倉司令に連絡するべきだという事に倉庫を出てすぐ僕は気付いた。都民が人形にされているかどうかはまだわからないが、見えざる魔女同士の争いが始まるのならそこに一般人がいない方がいいには決まっている。
「繋がらない?」
けれど直通の番号にかけても支倉司令は電話に出ない。防衛隊の指令ともなれば当然忙しい身ではあるが、見えざる魔女に関連する話であれば何よりもその連絡を優先すると約束してくれている。
もちろん人間には生理現象もあるしスマホが手元にないタイミングはありえるだろう。しかし襲来した魔女がこの都市の人間に何かしているかもというタイミング重なると一抹の不安が頭に浮かぶ。
「来たの」
そしてその不安が解消されるよりも前に結がそう告げて、僕はスマホの画面から視線を外して前を見た。そこには見慣れた制服の姿…………顔には覚えがないが防衛隊員の男性が二人たってこちらを見ていた。
見て、いた?
いや、見ていない。その二人は確かにこちらに顔を向けているが視線はあらぬ方向を向いている。一般人には認識できない結と切歌はもちろんのこと、普通の人と変わらず認識されるはずの僕のもその視線は向いていなかった…………まるで人形の向きを変えただけのように。
「呆けている場合ではないのよ」
叱咤の声と同時に結の背中で視界が埋まる。僕のミスは防衛隊員の視線の違和感に気をとられて彼らがライフルをその手に構えていることに意識がいかなかったことだろう…………その銃声が鳴り響いてようやく僕はその事に気づけた。
「全く、いきなり目当ての相手を巻き込むとか本当に子供なの」
銃声が止み、握られた拳を結が開くとそこからライフル弾がパラパラと落ちる。とても人間業とは思えない真似だが、見えざる魔女である彼女ならばその力で必要な能力を「伸ばす」ことも可能だったのだろう。
「しかし僅かとはいえ魔女相手に戦力になる対象を真っ先に人形にする辺り、余計な知恵だけは本当に回るみたいなの」
「あ」
防衛隊では見えざる獣に効果があるとされている弾丸が使用されているが、それは同質の存在である見えざる魔女にも通用するという事なのだろう。
「それでも所詮銃弾は銃弾なのだけど、うっとおしいには違いないの」
対獣用の弾丸はあくまで見えざる獣に効果があるというだけで、威力そのものは通常の弾丸と変わりない。それでも個体性能そのものは高くない見えざる獣には充分な効果があるが、常人位以上の身体能力と特殊な力を見えざる魔女にとってはたいしたものじゃなかったようだ。
けれど全く効果が無いのと僅かでも効果があるのとではまるで違う。人間だって輪ゴムの鉄砲で撃たれても死んだりはしないが煩わしく思うし注意も削がれる…………それが命を懸けた戦いの中であれば致命的だろう。
「それはそれとして切歌は仕事が早くていいの」
「え、えへへ」
なんのことと、思って目を向けると今しがたライフルを撃って来た防衛隊員の姿が消えている。少し話している間に切歌が潜ませることで保護したのだろう。
「そして陽は油断し過ぎなの。元からあなたを戦力に数えていないし、むしろ戦力になろうとされても困るのは確かなの…………だけど自分を殺そうとする相手から目を離さない程度のことはして欲しいのよ」
「う」
その指摘はもっともで僕は苦い表情を浮かべるしかない。銃弾を掴み取った結に意識を向けてしまって、彼女が口にするまで僕は防衛隊員のことなど頭から抜けてしまっていた。
確かに僕は戦力外だし、結と切歌は僕を守ってくれるだろう…………だけどそれに甘えて何もしないならともかく足を引っ張るのは最悪だ。どうにもならない事ならともかく自分で何とか出来る事で二人の手を煩わせることだけはないようにしなくてはいけない。
「ごめん」
「わかればいいの」
素直に謝ると結は首肯する。
「ただそれでもひどいようなら切歌に保護させるの。今そうしていないのはこの戦いを見守りたいであろうあなたの意思を尊重しての事なの…………切歌、判断は任せるの」
「うん。王子様が、危なかった、ら…………潜ませる、ね」
向けられた結の視線に切歌が頷く。二人は僕に対して過保護であってもおかしくないのだから、この配慮は僕への気遣いゆえの二人の負担だ。命を懸けた戦いの中で僕の安否を気遣いその上で、僕が保護されて納得する状況か否かの判断を自主的に求められるわけなのだから。
何をやっているんだと僕は思う。
防衛隊に入ったのは守られる為ではなく守るためだったはずだ。もちろんこの状況で二人を守ろうとするのはその足を引っ張ろうとするのに等しい…………それでも、やれることを見つけようとする気概くらいは持つべきだった。
「女としては見惚れる顔なの…………ただ、無謀な英雄志願ほど戦場で迷惑なものはないのよ?」
そしてその決意すら百戦錬磨の魔女には見抜かれて苦言を弄される。
ただそれでも、守られるだけのヒロインではいられないと僕は思うのだ。
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